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麗しのプリーティア  作者: aー
第三章
125/203

帰ろう、ゼノン


「では帰りますので船を貸してください」

 すでに離れた場所では兄の本気の絶叫が響いている。ガルテリオが腹を空かせた野獣のごとき兄を組み敷いているのが見えたが気にしないことにした。

「僕が言うのもなんだけど、君って最低だよね」

「あの人のせいで毎晩女に襲われかけたんですよ。必死で回避した私の苦労を思えば、あの程度何という事もないでしょう。相手は男だから子が出来る心配もありませんし」

 そういう問題ではないが、主の悲鳴に私兵たちが目覚めたようだった。

「いいわよ、全員まとめて可愛がってあげるからかかってらっしゃい!」

 おーっほほほほほほ! と野太い笑い声が響くと、ゼノンがはじめてガルテリオに笑みを浮かべた。

「使い方次第では役に立つので便利ですね」

「・・・じゃあ、行こうか」

 フェルディは、きっとトラウマになるだろうなと思いながら助けを求めるユゼリウスを見やり、しかし彼女の事を思い出して少々イラついたので放置した。

 迷い人を奴隷扱いする人間は多少罰を受ければいいという思いからだった。

 マーレ号はすぐ近くに停泊していた。見知った顔を見ると、ゼノンは知らず肩の力を抜く。部下たちが馬を預けながら、おや、と首を傾げた。

「ゼノンさん、お帰りなさい」

「ご無沙汰しています、ゼノンさん」

「あ、ゼノンさん。ご無事で何よりです」

 元海賊とは思えない礼儀正しさに、フェルディが満足げに頷いた。

「みなさん、また世話になります」

 ゼノンが黙礼すると、誰もが誇らしげに笑う。

「隊長、本当に元海賊とつるんでいたんですね」

「人聞きの悪いことを言わないでくれ。たまたま共闘したことがあるだけだ」

 部下たちの視線に何か含みがあったが気にしないことにした。そうこうしていると、見慣れた顔が必死な顔で走ってきた。

「ゼノン!」

 勢い余って体当たりのようになるが、ゼノンは体躯が良いので軽く揺さぶられた程度だ。

「セス、わざわざ迎えに来て下さったんですね」

「無事か? 怪我をしたんじゃないのか?!」

 セスは数か月前より日焼けしていて、肌も艶やかだった。今まで顔色の悪いところしか見てこなかったので少し意外だ。

「怪我はもう完治していますよ。もともと大した怪我ではありませんでしたし」

 セスはそう言われても信じられないようで、しきりに視線を上下に動かしていた。

「それより彼女は?」

「・・・あいつなら今は、お仕置き中だ」

「おや、何をしたんです?」

「神殿と騎士団の連中に薬を盛って一人で抜け出そうとしたらしい。お前を助けるためにかなり無茶をしたようだ」

 奇妙な生き物を見るような目で、ゼノンは何度も瞬きする。

「・・・私を助けるために?」

「お前はあいつにとって所有物だ。手を出されてよっぽど腹に据えかねたんだろう。だが危険だからとバッカスの檻の中に閉じ込めている」

 セスとバッカスは仲がいい。バッカスにとってセスは少しだけ年上の友人という扱いで、ともに聡明な頭脳を持っているからか話も合う。特に百合に関する話はつきないため、会うたびに話し込んでは時間を忘れてしまう。

「・・・そうですか」

「団長には下剤まで盛ったらしいぞ。さすがにバッカスが呆れていた」

 日頃のうっぷんが溜まっていたのだろうか。女とは怖い生き物だ。

「おいゼノン、笑い事じゃないぞ」

「笑ってはいません」

「何を言ってるんだ、そんな顔して。あ、フェルディおかえり」

 首を傾げたゼノンは口元に手をあてた。確かに口角が上がっている。もしかして嬉しかったのだろうか。彼女が心配して無茶をするということが?

 はてと考えて、そのまま思考が停止した。

そんな様子に気付かずセスは後ろで怪訝な顔をしているフェルディに手を振った。

「ああ、ただいま。今の話は本当なのか?」

「さっき鷹便が届いた。大分反省したみたいだけど、ゼノンが戻るまでは檻から出さないって」

 いや、下剤の話といいかけてやめた。ゼノンがにやにやと笑っているのが実に気色悪くそれどころじゃなかったからだ。誰もが目を背けるほどの威力があった。

「・・・ガルテリオは後から来るから、先に出港しようか」

「あ、ああ、そうだな」

 ようやく気付いたセスも、見なかったことにした。部下たちも、もちろん見なかったふりをする。

 そして船は動き出した。

 だんだんと離れていく故郷の地を、ゼノンはなんの感慨もなく見つめた。なにもわかない感情に驚くほどだった。

 穏やかな波の音が耳に心地よく、名前も知らない鳥が空で鳴いている。

 ふと、セスが隣に立った。

「帰ろう、ゼノン」

「ええ・・・帰りましょう」

 静かに頷いた先には、もう故郷は小さくなっていた。

 




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