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麗しのプリーティア  作者: aー
第三章
121/203

あと、ちょっとだけ。

「きゃあ!」

 花嫁は悲鳴を上げてゼノンに抱き着いた。逞しい腕に抱かれてホッとしたような顔を見せると、ふと相手の男を見上げた。

 赤い瞳に見つめられると思っていた花嫁は、しかし男が一切己を見ないことに気付く。まるで何か物をつかんでいるように、なんのアクションも見せない。

「ゼベリウス様?」

「・・・下で爆発が起きたようです。何か燃えていますね、焦げ臭い」

 小さく呟く男の瞳はうつろだ。まさかこのタイミングで薬が切れたのかと焦っていると、慌てた様子で私兵が二人、雪崩れ込んできた。

「下が燃えています! お早く!」

「すぐに脱出してください!」

 叫びに背を押されるようにゼノンが立ち上がる。

「ゼベ・・リウス?」

「参りましょう、我が花嫁殿」

 うっすらとほほ笑んだその顔は、どこか冷たく機械じみていた。

「は・・・はい!」

 花嫁は男たちに引きずられるように部屋を出た。

塔の上にある部屋から地上までは長い階段を下りなければならないが、下は煙の海だ。こんな場所に行くというのか。足が竦む。

「花嫁殿、足元に気を付けて」

「でも、でも、ゼベリウスさまっ」

 煙はもうそこまで迫っている。

「さあ、これを口元に充てて行くのです」

 濡れた布を口元に押し当てられ、兵に連れられて階段を駆け下りた。煙とともに熱がおそってくるように熱い。目から涙があふれた。煙のせいだ。痛みもあるが我慢して足を進めた。

 ふと振り返る。

「ゼベリウス様?」

「姫様! 何をしているのですか、お早く!」

 夫となったはずの男の姿は、どこにもなかった。




 爆発が起こる前日。ゼノンは見慣れた男が持ってきた食事に手を付けていた。

「で。とりあえず明日決行するんでよろしく」

「明日までの我慢という事ですか。まあいいです。とりあえず彼女の絵姿を見せて下さい」

「あんた、俺の話聞いてました?」

 男は私兵の恰好をしている。肌は浅黒く瞳は赤い。少し長めの黒髪は後ろで一つに縛っている。

「しかしお前、生きていたのですね」

「隊長、今更過ぎますよ。あんたが国を捨てて出てってくれて安心してたのに、たった一年ちょっとで連れ戻されるとか馬鹿ですか」

 男は先の大戦で部下だった。死んだと思っていたのだが、戦争が終わってからは私兵として雇われていたらしい。ゼノンの兄は男の正体に興味がないようで、まさか顔見知りとも思っていないようだ。

「今この塔の警備兼見張りは俺らの役目なんで、ある程度楽に過ごしてもらえると思いますよ。はい、絵姿」

 男から絵姿を受け取ると、ゼノンはホッとしたように表情を緩めた。だが一瞬だ。

「いくら美人さんだって、ここの連中、とくにあんたのオニーサマは認めないでしょ。いいんですか?」

「何故兄に認められる必要があるんです。俺はもうゼベリウスではない。そんな人間はあの戦争で死んでいる」

「はいはい。そーですね」

 白い肌の黒い瞳の女は、絵姿として彼の前に再び現れた。

「薬の効果がこうも簡単に切れるなんて、あんたやっぱ化け物ですよ」

「プリーストにはいくつかの守護が付与される。薬物はあまり効かなくなるようだな」

 興味なさそうに言うと、美しい女の頬をそっと撫でた。

「お前は、こんなことがばれたらどうなる」

「あ、大丈夫っす。俺らすでに再就職先決めてあるんで」

「・・・そうか、ならいい」

 不器用な優しさに、男はそっと視線を逸らした。照れているのか頬が少し赤い。

 ゼノンはいつも淡々としていて表情があまり動くタイプではなかったが、決して人の心を忘れたわけではない。

「その美人さん、きっと隊長に会いたがってますね」

「・・・そうだといいな。むしろ今は怒りで誰かに八つ当たりしていそうだ」

「え、そういう女っすか。俺聖女って聞いてたんですけど」

「あの街の人間にとっては聖女だ。俺にとっては神だ」

 男が微妙な顔をしたが、ゼノンは食事を食べきりもう一度そっと紙の中の女を撫でた。

「これを書いた人間を褒めてやりたいものだ。よく似ている」

「あー・・・今度伝えときます。多分」

 男は空いた皿を持って部屋を出よとして、最後に一度振り向いた。

「では、また」

 “明日”と、声に出さずに呟いた。ゼノンも頷く。

 あと一日。明日になれば彼女の傍へ戻るチャンスがやってくる。もどかしい時間だが、これまでの日々を考えれば許せる範囲だった。

 あと少し。もう少し。あと、ちょっとだけ。

 絹のような柔らかな黒髪に、真珠のような滑らかな肌。桜色の唇に頬。はっきりとした二重の奥にある闇よりもなお深い、闇色の瞳。少し高い声。整えられた爪は健康的な色をしている。

 どれをとっても最高で、どれをとっても変わりなどいない、特別な存在。

 はやく、彼女の傍へ帰らなくては。

 ゼノンは耳の奥で彼女の声を思い出し、そしてぎゅっと拳を握った。その表情は戦場の猛者たちも全力疾走で逃げ出すくらい恐ろしい顔をしていた。


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