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麗しのプリーティア  作者: aー
第三章
120/203

ニコニコ笑うゼノンって気持ち悪いと思う

「セス、お願いがあるの。聞いてくれるわね?」

 その言葉にセスは、なんでも言ってくれと応えた。しかし次の言葉を聞いた瞬間、無理だと叫ぶ。

「なんでも言って、と今言ったじゃない」

 不満そうな顔も整っていてあざとい。フラジールとオースティンはあいた口が塞がらないとばかりに、間の抜けた顔をさらした。バッカスが苦笑してそれを見つつお茶のおかわりを入れに外に出た。

「どうしたらユーリみたいな目立つ女をこっそり他国に侵入させられるって!? あんた、自分が目立つ存在だっていい加減気付けよ!」

「別に侵入とまでは言っていないわ。ちょっと会いに行きたいだけよ」

「いや、それが侵入だから!?」

「国境付近まででも良いわよ」

「その後は!?」

「なんとかして乗り込む」

「あんた実は馬鹿だろう!」

 だんだんと声が大きくなる二人に、戻ってきたバッカスがねえ、と声をかけた。同時に振り向く二人がちょっとだけ怖い。

「あ、えっと、その国の人に協力とか頼めないの?」

「・・・ちょっと前まで戦争してた相手だぞ、どうやって頼むんだ。一応フェルディがどうにか出来ないか頑張っているようだが」

「奴隷制が今でもある国ですから、人の恨みは買いやすいでしょう。しかし、だからこそ余談は許されない相手です」

 フラジールが難しい顔で言うが、バッカスは言葉を続けた。

「奴隷にお願いできないの? 解放するとか約束して」

「奴隷は人間とみなされません。解放はつまり、所有者から所有物を強引に奪う行為になる。戦争が終わってまだ一年と少し。今、国同士のどんなわずかないさかいも起こってはいけないのだ」

 フラジールはわずかな間前線に立っていた。両国の遺恨そのままに、それでも終戦したのは多くの犠牲があったから。

「奴隷だって、人間でしょう? どうしてそんな酷いことするの?」

 少年の、当然の疑問を誰も答えることは出来なかった。

「ゼノンはわたくしのもの。それを奪ったのは彼らだわ」

「あちらはそう思わないでしょう」

「・・・ゼノンはプリーストとしての祝福を受けているの。もう、こちらの人間だわ」

 静かな瞳が不穏に揺れた。




「き、気持ち悪いですわ」

 うう、と口元を抑えた花嫁は、顔色を真っ青にしてよろめいた。すかさずゼノンが腰に手をそっとあて耳元で囁く。

「大丈夫ですか?」

「ひっ」

「ああ、麗しい方。こんなに震えて、いったいどうなさったのです」

「いえ、あの、いえ」

 ゼノンの変貌ぶりは別人としか思えないほどだった。

 情熱的以上に、暑苦しい熱を帯びた瞳。まるで獲物を前にした野獣のように血走って見えるそれを、花嫁は恐ろしく感じた。

「ああ、私が爪を整えましょう。さあ、あちらに腰かけて下さい」

 丁寧な口調だが逆らうことを許さない男は、言いながら花嫁をベッドへ誘導した。

「いえ、爪は侍女に全て任せておりますから!」

「何をおっしゃるのですか。あなたを美しくするのは私の役目。あなたに触れて良いのはこの私だけなのです。さあ、麗しい方。その“白い”御手を私に」

 浅黒い肌の花嫁は顔をこわばらせた。誰の手が白いのか、いったい誰を見ているのか。己を通した誰かに囁くそれはすらすらと流れる言葉。言い慣れているのだ。言い慣れるほど、誰かに言ったのだ。

「わ、わたくしは・・・あなたの妻で・・・」

「あなた様が私の妻になってくれるはずがない。さあ、お戯れもほどほどに。愛らしい人だ」

 意味が分からない。妻ではない女をどうしてこうも口説くのか。この男はこんな男だったのだろうか。常に冷静に淡々と喋る印象しかなかった。切れ長の瞳がセクシーだったはずなのに、今それに映ることが恐ろしくてたまらない。

 暑苦しい瞳の奥には何やら怒りや憎しみすらありそうだ。だのに、言葉は逆のことをいう。

 ちらりと、男の足を繋ぐ鎖が見えた。

「ゼベリ・・ウス・・・様」

「ゼベリウス?」

 ふっと笑った男の瞳が恐ろしくて見られない。

「麗しい方、どうかいつものように“ゼノン”と」

「ぜ、ゼノン?」

「ええ。あなたが下さった名です。私の、大切な名です」

「で、でも、あなた様はゼベリウス様ですわ。わたくしの夫、愛しい方」

 わずかに首を傾げて目を瞬かせた男は、笑みを深めた。

「あなたは、私の妻になるはずがない」

「婚姻の儀を執り行ったではありませんか!」

「ではなぜ、私はここに居るのですか? 本当にあなたが私の妻になって下さったのならば、まるで罰を受けるかのように閉じ込められる理由はどこにあるのです」

「そ、それは・・・」

 花嫁はハッとして目を見開いた。薬で相手が誰かわからないからと言って、場所や現状の把握までできていないわけではないのだ。この現状に納得しているはずもなかった。

「で、では、あなた様の子種をわたくしに下さいませ。そうすればお義兄様もきっとお許しになられますわ」

「麗しい方、淑女がなんてことを言うのです。なりません」

「で、ですから、わたくしはあなた様の妻なのですから、恥ずかしがっていては話が進みませんわ! だいたい、ここから出たくはないのですか、いつまでもこんな鎖をつけられたままなのですよ?!」

 ヒステリックに叫ぶと、外で待機していた私兵が二人侵入してきた。

「大丈夫です・・・・か?!」

「いったい何が・・・・」

 彼らは見てしまった。

 ベッドに腰掛け叫ぶ女が、男の足につけられた鎖を踏みつけている。男の方は嬉しそうな顔でニコニコと笑って跪いていて、正直理解に苦しむ状況だ。

 とりあえず、二人は見なかったことにして部屋を出ようとした。しかしそう簡単ではなかった。

「ああ、そこの兵たちよ。この麗しい方にワインを持ってきてくれ」

「は・・・は!」

 爽やかな笑顔で命令されて、私兵たちは慌てて今度こそ出て行った。

「ゼベリウス様? どうしていきなりワインなど・・・」

「ワインがお好きですよね。ああ、それとも花茶でもご用意いたしましょうか。高級茶葉を使ったお菓子も良いですね」

 言葉を紡がれるたび、ぞっとするような寒気を覚える。

「・・・・ゼベリウス様。わたくしの名を、呼んでくださいませ」

「名を? できません」

「ど、どうして?」

「私は・・」

 言葉の続きを聞くことは出来なかった。建物の外で大きな爆発音が響き、塔が酷く揺れたのだ。

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