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麗しのプリーティア  作者: aー
第三章
118/203

青い花


 ゼノンの情報は意外な人物からもたらされた。

「ゼノンが花嫁を泣かせたらしい」

 淡々とした口調で言いつつも決して目線を上げないセスは、王都から早馬で駆けてきたばかりだったようで、全身汗と泥にまみれていた。

 出された温い茶を二杯飲みきって、彼は話をはじめた。

「は、花嫁?」

 西方騎士団の訓練場近くにある応接間。百合は無言でお茶を飲み、副団長のフラジール・アンドレは菓子を手にしたまま不自然に固まり、団長のオースティン・ザイルは裏返った声を出し、そして迷い人の少年バッカス・メイフィールドは首を傾げた。

「プリーストって、結婚できるの?」

「できないわ。違法ね」

「フェルディが海賊の残党を追っていて知ったらしい。なんでも、結婚式の真最中に泣かせたことで街中その噂だらけらしい」

 セスはちらりと百合を見上げた。

「どうする?」

 百合の瞳は驚くほど凪いでいて、慌てて視線をそらす。

 なんだ、その瞳は。この状況でどうしてそんなに静かな瞳でいられる?

 わけもわからず、セスの心臓がばくばくと音を立てた。何か嫌な予感がする。

「あの国には、フェルディたちはどうやって侵入したの?」

「い、一応外国との取引のために、一部の街は解放されているそうだ。でも今ゼノンがいる街からはかなり遠い。入り込むことは出来るが、バレるのは時間の問題だ」

「連れ戻す方法はないの」

「ゼノンは、この神殿で洗脳されていたことになっていて、現在は治療中という扱いのようだ。でも実際は高い塔の上に監禁されている。兄弟間はあまりよくないようで、ゼノンを連れ去ったのは兄の部下ではないかという話らしい」

 短期間でよくそこまで調べたものだとフラジールは感心した。

「鷹便を使ったのですか、よほど彼も心配しているのですね」

「フェルディが心配しているのはユーリのことだけだろう。文には、今のところ大きな怪我はないようだと書いていた。ただ、一つだけ気にかかることがあると」

 そこでセスはいったん言葉を止めた。言うべきか迷っているように視線を泳がせ、そして小さく息をついた。

「あの青い花を、国の各地で育てているようだと書かれていた」

「まさか、あの花ですか? あの海賊たちが怪しげな薬を作った?」

「ああ、フェルディが言うくらいだから本当だろう」

 終わったと思ったのに、終わってなどいなかったのだ。

「まあただし、あの花の生息地は特殊だから、すぐにどうこうなるとは」

「花の育成なんて、いくらでも出来るわ。環境さえと整えばいいのでしょう」

 百合はセスの言葉を強引に止めた。バッカスがちらりと彼女を見やると、静かな瞳がそこにはあった。

 静かだが、激しい何かがある瞳だ。昔、父が祖母を怒らせたときこんな瞳だったと思い出した。分かりやすい怒りよりも静かな怒りの方が怖い。

「結婚したってことは、相手がいるんだよね? どんな人なの?」

「貴族の姫君らしい。国でも一、二を争うほど容姿に優れているらしいが・・・ゼノンがこっぴどく振ったという事で悲劇の姫君として人気が出ているとか。俺にはよくわからないが、夫婦仲は悪そうだ」

 結婚式のさなか振られた花嫁には同情するが、そもそも強引に略奪したのは相手側なので仕方がないだろう。

「ユーリとどっちが美人?」

 場の空気が凍る音を聞いたような気がしたが、セスは力強く頷いて「ユーリ」と答えた。

「ふうん。でもさ、何でゼノンは大人しく監禁されてるの?」

「ゼノンは武人ですが、彼以上の武人もあの国にはたくさんいます。それにもし薬物などを使用されていたら、さすがに彼だって逃げられないでしょう」

 フラジールが悲しげに伝えた。

「・・・セス、お願いがあるの。聞いてくれるわね?」

 それはもはやお願いではないが、セスだってゼノンが心配だから早馬で駆けてきたのだ。もう一度力強く頷く。

「なんでも言ってくれ」

 しかし、彼女の願いは到底叶えられるものではなかった。




 十五回目の朝を迎え、ゼノンはいい加減イラついていた。

 毎夜やって来る花嫁は、飽きもせずゼノンを誘おうと必死だ。だが彼は反応すらしない。

 だいたい、ほぼ毎日百合の裸を見てきて反応しなかった男だ。どれだけ容姿に優れた相手から誘われても意味はなかった。そしてそんな弟を見て兄は不能なのではないかと疑いはじめた。酷い勘違いだが、最近はゼノンももしかしてと思うようになった。

「・・・はあ」

 むき出しの下半身に蹲る女の頭に向かって重いため息をついた。

「もう結構。やはりお前ではない」

「・・・今夜は特別なものをお持ちしましたの」

 赤い唇をぬぐって、女は笑みを浮かべた。

「この青いお花、とても愛らしいでしょう?」

 見覚えのあるそれを、珍しく見開いて彼は見つめた。

「この国にもあったのですか」

「あら、ご存じ?」

 ねっとりと絡みつく声に思わず腹に力が入る。まるで大きな黒い蛇のような女だ。初めは震えて淑女のように見えたのに、今では鎖に繋がれた夫を見るたびに被虐心がそそられるらしい。

 嫌な女だ。

「このお花から作ったお薬は、とっても、とおってもあなた様を素直にしてくださるのよ」

「ほう」

 喉が貼りついた様な感覚に、緊張している己に気付く。こんな経験は戦場でもめったになかった。今。たった一人、小柄で何も身につけていない女に緊張するのか。ナイフでも銃でもなく、得体のしれない薬に。

 そして理解する。あの薬にはきっと勝てないことを。

 ふと、百合の横顔を思い出した。

「・・・」

 彼女の横顔が、凪いだ瞳が、形の良い唇が、白い指先が。全てが眩しい思い出だ。

 だから。

「ゼベリウス様? 怖がらなくてもよろしいのよ」

 そっと閉じられた瞳の奥で、百合が笑った気がした。

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