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麗しのプリーティア  作者: aー
第三章
114/203

無事を祈る

 プリーストやプリーティアの力は、決して代償がないわけではない。それでも、人々の心を癒したり、慰めたりする程度なら大した問題ではなかった。

 百合が行ったのは現実の事象を無効化する能力だ。歌うことで声を届け、目には見えない精霊たちに力を借りる。そんな行為にはとても危険な代償が付きまとう。

 主に、力を行使した後は体力も精神力も尽き果ててしまい身動きが取れなくなるのだ。もし戦場でそんなことになったら無事ではすまない。

 そもそも百合はそんなタイプではなかった。

 楽がしたい。時々誰かがちやほやしてくれると嬉しい。美味しいものが食べたい。働くのは嫌だ。

 綺麗なものが好き。美味しいものも好き。楽しいことが好き。嬉しいことが毎日あればいいのに。でも一番は平和な日々。神殿での生活は少し退屈だけど、慣れるととても楽だった。

 誰もが熱に浮かされたように百合を見つめうっとりとほほ笑む。冷静に考えると少々気色の悪い事態だが、時間が経つうちに気にしなくなった。

 穏やかな時間は静かに流れ、このままこの世界で終わるのだと漠然と思っていたころ、しかし世界は彼女を放っておいてはくれなかった。

 西の街で奇病が流行りだした。解決したら今度は国王に呼ばれた。なんだか腹黒そうな人物だった。そのあと変態に捕まって、ああ、時間が経つのは早いものだ。

 海の街を守る半裸集団にも会った。紳士的にふるまう海賊とも知り合った。

 空を飛んで移動する街もあった。そこでは同じ世界からやってきた少年にも出逢った。かわいそうに、彼は自分の置かれた現状を理解することもなく檻の中に閉じこもっていた。

 時間が経つのは早い。

 ふわふわとした意識の中、百合はそっと瞳を開けた。身体がゆらゆらと揺れているようだ。潮のにおいがする。

 傍らには青白い顔のセスが床に座り込んだまま眠っている。

 かすかに景色が揺れているのは、天井から吊るされた小さなランタンが揺れているから。

 百合は体を起こそうとして失敗した。指先すら動かないのだ。動かそうとすると米神のあたりから痛みが襲う。最初は内側からじんじんと。段々中から誰かに殴られるような激しい痛みに変わった。

「大丈夫か、ユーリ」

 いつの間に起きたのか、セスが不安げな顔で彼女を覗き込んでいた。

「ここはアンドレア・カルロの船の中だ」

 名前の人物を思い出そうとして、しかし激しい痛みに邪魔される。

「お前が倒れた後、俺たちは船であの街を出た。でもすぐにアンドレア・カルロたちが沖に待ち伏せていたんだ」

 セスが状況を説明してくれようとしているが、いかんせん内容が頭に入って来ない。

「北の神殿にはすぐに王都から救援が来る。あの男もすぐに捕縛されるはずだ」

 ガタっと音がして扉が開いたようだ。ギイギイと蝶番の音が響く。

「目が覚めたか。話を聞かせてもらうぞ」

 聞き覚えのある声だ。その主を思い出そうとして思い出せず、百合はそっとまた瞳を閉じた。

「ユーリ?」

「あ? どうした」

「・・・無理だ。また眠ってしまった」

 その会話がなされる頃には、すでに眠りの世界へと旅立っていた。深い、とても深い眠りの世界では夢など見なかった。




潮風が頬を撫でた。ぼんやりと空を見上げる。

ふと、一羽の鳥とすれ違った。高い位置に飛んでいる、大きな鳥だ。北に生息している珍しい鳥で、深い緑の羽が下から見ると黒曜石のようで印象的だった。

今から北に向かうのか、真っ直ぐ前に進む姿は勇ましい。そんな姿に彼女を思い出した。今頃百合やセス、ついでにゼノンは遥か南の海だろう。

 最後に見た彼女は酷く憔悴しており、何度呼びかけても応えはなかった。医者に見せた方が良いと言ったが、ゼノンが厳しい顔で拒否した。

 これは医者では治せないと言って。

「百合・・・」

 ぽつりと零れる彼女の名を、何度呼んだかわからない。

 まるで死体のように、体がどんどん冷たくなる彼女を見るのは辛かった。どうしていいかわからず呆然としていたら、初めてゼノンが彼に頭を下げた。

「西まで運んでください。神殿に戻れば、きっと大丈夫です」

 頭を下げられる理由も分からず、しかし何も考えず指示を飛ばした。

「これより西へ向かう!」

 部下たちの声が海を激しく揺らすようだった。

 ほんの一刻程航行した頃、見慣れた船を見つけた。南方騎士団団長アンドレア・カルロ率いる騎士団の船だ。白とオレンジに彩られた美しい船には半裸の男たちが乗っていた。

「討伐ご苦労。そこにプリーティアがいるはずだ。引き渡してもらう」

 赤毛に金の瞳の大男が剣を肩に担いでいた。

 真剣に騎士の定義を問いたかったがそんな場合ではない。

「西に連れ戻す。そうしなければ危険なんだ!」

「知ってる。王都の神殿長からのお達しだからな」

 え、と目を見開くと、大男は初めて彼らに笑いかけた。

「後は任せろ。最速で送り届けてやる」

 その毒のない笑顔は、海の男らしく日焼けしていたがとても爽やかだった。

 ゼノンは彼らを見て一瞬動きを止めたが悩む理由すらなかったのか、船を移動した。

「僕たちを捕まえないのか」

「海賊やめたんだろうが。もうてめーらに用はねえ」

 そんな馬鹿なとは思ったが、今は誰もが疲弊していた。

「彼女を頼む」

「おう」

 言葉は短かったがとても力強かった。

「フェルディ」

「え?」

「世話になりました」

 ゼノンが深々と頭を下げた。

「こちらこそ」

 短く返すと彼は頭を上げ、しかし表情は穏やかとは言い難かった。

「しかし先程の呼び捨て行為は無視できません。いずれ決闘を申込みます」

「いや、僕元軍人だから決闘とかありえないんだけど」

「遠慮なさらないでください。こちらは遠慮しませんので」

「してよ?!」

 そんな会話をしていたら、セスがこっそり手を振ってくれた。

「ああセス、また」

 まるで唯一の癒しだ。

 そして彼らは去って行った。

「いつの間にか仲良しじゃない」

「ガルテリオ、海に落とすぞ?」

「いやん。お顔が怖いわ」

 そんな会話を続けながら、彼女の無事を祈った。


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