悲鳴にも近い声が響いた
軍隊ならば、敵の大将が撃たれたら戦争は終わる。しかし、海賊のような荒くれ者は違う。いかに生きて自分だけが逃げるかが大事だ。捕まれば問答無用で死罪だからだ。
そして彼らも例にもれず、ほとんどが同じ行動を取った。
「逃げ出した奴は裁判にかけます。全力で捕まえなさい!」
ゼノンがいつになく大きな声で指示を出し、次の言葉を続けた。
「かかってくる奴は頭を狙え、決して生きて彼女の前にさらすことはしない!」
薬に侵されている者たちは、状況を判断することが出来ず相変わらず突進してくる。ゼノンは遠慮なく相手の頭部を狙い攻撃するが、剣はすでに多くの血肉がこびりつき、刃物としての威力は出ない。代わりに鈍器として殴るという原始的な方法で攻撃した。
フェルディは動かないかつての敵をジッと見据えた。
これで終わりなのだろうか。やけにあっけない。まさか死んだふりをしているのだろうか。手を伸ばして喉元に触れる。脈はない。
額からはどくどくと赤黒い血が流れ、あたりに小さな池を作っている。そろそろ血も止まるだろうか。
歌声はいつの間にか止んでいた。
喧騒がうそのように静まり返り、ふと後ろを振り返ると部下たちが整列していた。
「ご苦労だったね。ありがとう、みんな」
その言葉はするりと落ちた。
ガルテリオたちが誇らしげな顔で頷いた。
白かったはずのプリーストの制服は、誰もが泥と血で汚れた。ゼノンは全員に服を脱ぐように言い、そして慌てた様子で崖の下へ走った。
「ゼノン?」
「歌が聞こえない!」
彼の焦る声を初めて聞いたなとぼんやり考え、そして言葉の意味に気付いた。
「百合!」
ハッとして叫んだフェルディを、ゼノンが信じられないものを見るような目で見た。
結論から言って、彼女の言った通りになった。
防御は彼女の力で、残りの人員は攻撃に転じたのが幸いした。セスが慣れない様子で舵を取り、ガスたちは船底にある大砲を何度も撃った。大砲も本来ならば何人もの人間が協力して打つものだが、今回は人手が足りない為、わずか四人で二台の大砲を操作した。一人が球を詰め、もう一人が撃つ。本来ならば有り得ない判断だ。しかも大砲の弾は信じられないくらい重いのだ。全てが終わった時には、弾込をしていた方は力尽きて腰が抜けた。
セスも緊張と不安から足腰の震えが止まらず、船の底から響く震動と巨大な音に何度も飛び上がりそうになった。
「俺は、しばらく船はいい!」
叫びながらも舵を握り続けた。船を動かさない為の舵だ。
敵からの攻撃はすぐになくなっていたのだが、彼らは攻撃を止めなかった。そのうち、崖の上も静かになって、何人かが小型の船で逃走をはじめた。
「セス、彼らを捕縛するわ」
「どうやって?!」
「あなた、弓ぐらい撃てるでしょう?」
「自慢じゃないが、そんなものは持ったこともない!」
「じゃあガスを呼んできて。彼らの意識をこちらに集中させて、動きを止めるからその間に捕縛してもらいましょう」
そう言われて、震える足で動き出した。しかし二歩ほど進んだところで動けなくなり、這って行こうとしたところ、呆れた顔の彼女に見つめられていることに気付いた。
「ガス、ちょっと着て頂戴。敵が逃げそうなの。捕まえるのを手伝って!」
「はい!」
下からガスの声がして、セスはホッと息を吐き出した。
「もう、手のかかる子ね」
百合は、いつもセスに歌ってくれる子守唄を歌いだした。優しくて、暖かい歌だ。これを聞いていると眠くなる。
瞼が重い。足も、腕も、身体全体が重くて仕方がない。目を開けていられない。
セスはいつの間にか眠りに落ちていた。
しかしそれは逃げ出そうとしていた敵も同じだったようで、小型船の上では数人の男たちが無様にいびきをかいていた。
「プリーティアって凄いんですね・・・・」
ガスが戦々恐々とした声で呟きつつ、縄を繋いだボーガンで小型船を打ち抜くと、回転する機械にそれを巻いて回収した。
「上も終わったみたいですね」
ガスが敵の数を確認して、他の男と協力し縄で縛りあげると、百合はセスの傍に座っていた。
黒髪が床に流れて、頭はかくんと落ちていた。
「姫さん?」
声をかけても返事はない。
不審に思ったガスが足音を立てて近付くが反応もない。何かおかしいと思い手を伸ばす。細くて小さな肩だ。
髪はどこか冷たいのにさらさらと柔らかく、まるで猫を撫でているようだった。
ほんの少しだけ指先が肩に触れた瞬間、身体がぐらりと傾いた。
「ぐえっ」
セスの上に倒れ込んだのだった。
「姫さん!」
悲鳴にも近い声が響いた。




