強制的に黙らせますよ
その時、ぽん、と間抜けな音が響いた。アファナーシーが何かをひらめいた様に手を叩いたのだ。
「そうか、あんた・・・ティーダ家の次男坊だな?」
ぴくりと、ゼノンが動きを止めた。
「へえ、こんなとこで行方不明の英雄に会えるなんてな。あんた、ゼベリウス・ティーダだな? その顔、張り紙で見たことがあるぜ」
「ティーダ?」
「ちっ」
盛大な舌打ちが返事だった。
「あんたの家族、今もあんたを探してるぜ。なんなら会わせてやろうか」
「必要ありません。私は、そんな人間ではありませんので」
「照れんなよ」
アファナーシーがゆっくりと足を一歩踏み出した。
「この国は退屈だろう? 自然は豊かだが退屈すぎる。あんたみたいな伯爵家の次男坊が骨を埋めるような場所じゃないだろう」
ゆらりと、男は銃剣を構えた。
「俺が連れて帰ってやるよ」
「必要ないと言っている。それに、私はこの国を気に入っています」
ゼノンも剣を構えた。隙のないその身のこなしに、アファナーシーが舌なめずりして目を細める。
「こんな国のどこがいいんだ? 神々の加護があるからと怠けた連中じゃないか。あんたは人にかしずかれて育ったんだろう? 今の生活に不満がないわけがない」
「はっ」
嘲笑。ゼノンは本気でアファナーシーを笑ったのだ。
この国には他にはないものがある。百合という存在だ。彼女のために全てを捨てて生まれ変わった彼にとって、彼女の居ない世界などなんの価値もない。退屈などするはずがない。なぜなら、彼にとって彼女が世界の全てだからだ。
「意外だ」
ぽつりとこぼれたような声に横を見ると、フェルディが呆然とゼノンを見ていた。
「女に跪くのが趣味だと思っていたのに」
「強制的に黙らせますよ」
低い、唸るような声だった。
そして彼らはハッと目を見開いた。
「加護が消えた」
放心したようなゼノンに、アファナーシーが怪訝そうな顔をする。まさかこの状態で警戒を解くなど、不自然だ。
「歌が、止まった・・・? まさか、彼女に何か!」
フェルディは別の事に気を取られた。つい先程まで聞こえていた歌声が聞こえないのだ。
「いえ、加護の対象を変えたのでしょう。こちらのことは我々に任せたつもりだと思います」
「最初から任されていたと思うけど!?」
「敵の数が減っている。彼女のもとへ言ったのでは・・・こちらは今のうちに終わらせましょう」
ふいに何発かの砲弾が光った。しかに何かが壊れるような音はせず、水に落ちる音だけが響く。
「加護か・・・ますます気に入った」
にやりと男が笑った。
「敵は十分ひきつけた。でもこれからが問題だ・・・このまま敵が俺たちを狙い続けるとは限らない」
セスが焦ったように言えば、ガスも顔色を曇らせる。
「でも、このままひきつけることが出来れば、フェルディさんたちの助けにもなる。こちらも大砲を打ちましょう。ただ・・・今この船は本当に最低限で動いているんです。攻撃に転じれば動きが取れなくなる」
二人は真剣な表情で考え込む。その時、一曲歌い終わった百合の身体がぐらりとよろけた。
「ユーリ!」
「姫さん!」
二人は慌てて百合に手を伸ばす。倒れこむ直前でなんとか支えることが出来た。
今彼女の力を失ったら一貫の終わりだ。
「大丈夫よ・・・上はフェルディとゼノンに任せましょう。きっと大丈夫。ここは、わたくしが守ります。あなたたちは攻撃の準備を。なるべく敵を引き付け続けましょう」
かすれた声で言う百合の頭を、セスはそっと撫でた。首から下げて服の中に隠していた小さな包みを取り出すと、かさかさに乾いた口元に優しくあてた。それを見たガスが慌てて水を用意してくれる。良くできた男だと頭の隅で感心した。
「喉に良く効く。飲んでくれ・・・今、加護の力を失うわけにはいかない」
己が何を言っているのか、どれだけ酷いことを頼んでいるのかわかっていた。それでも、今ここでつかまれば全員無事ではすまないし、何よりあの危険な薬の製造をこれ以上許すわけにはいかなかった。
「ありがとう、セス」
細められた黒曜石の瞳には、泣きそうな己が映っていた。
百合は薬を飲み込むと、苦い草の味に眉をひそめた。
「次は甘いお薬にしてね」
「薬に頼るな」
苦笑する彼を見つめた彼女は、ふっと笑みを浮かべてもう一度立ち上がった。右をセスが、左をガスが支えてくれた。
「さあ、守りだけでは足りないわ。反撃開始といきましょう」
黒曜石の瞳が力強く輝いた。




