真剣に戦ってください
祈りの歌は、セスにとって馴染みのあるものだった。幼いころから何度も聞いていた。優しくて暖かい歌。子どもでも歌えるほど、王国の民ならば誰もが知っている。だのに、今聞いているそれはまるで知らない曲だった。
歌い手でこうも印象が変わるものかと驚くほど、彼女の声には深い何かがあった。
隣で聞いているだけで鳥肌ものだ。全身の産毛が驚くほど騒いでいる。
ごくり、と誰かの喉が嚥下した。
祈りの歌は何度も、何度も繰り返し歌われた。
マーレ号のすぐそばに何発もの砲弾が落ちていくが、決して当たらない。それどころか敵は近づくことすらしない。いや、出来ないようだ。見えない何かに足止めされている。
矢を構える男が見えたが、その矢が刺さることもない。銃も同じように、決して彼女たちに近付けなかった。
これが、加護の力だ。
彼女が本気で願えば、何人たりとも手を出せない。
百合と、プリーティアは同一人物なのに、どうしてもそう思えない何かがあった。このままでは百合という女が消えてしまうような、そんな気すらした。
「ユーリ、もういい。敵は十分ひきつけた。やつらはこっちにやって来る。加護はこの船だけにして、あとはこっちに集中してくれ」
そうセスが言えば、一曲歌い終えた彼女が、今度は別の歌を歌いだした。
誰も知らない曲だ。彼女の世界の歌なのだろう。優しい祈りの歌とは違い、悲しくて寂しい旋律だった。
セスはその曲を聞きながら、とても悲しい気持ちになってきた。
これは彼女の心だ。寂しい、悲しい、辛い。苦しい。帰りたい。どうして。そんな思いが歌に溢れていた。
砲弾は何時しか止み、崖の上からも戦いの音は聞こえなくなっていた。
「ローレライだ・・・」
ガスが小さく呟いた。
少し前にさかのぼる。
アファナーシー・ニキータは足を負傷した手下の男の頭を片手でつかむと、力の限り持ち上げ、まるで物のように投げた。
「ぎゃあああ!」
叫びながら飛んでくる海賊を、フェルディたちも戦々恐々と避ける。
「噂通り、使えない手下は要らないようですね」
「いつものことだけど、あんな不細工な男と顔面衝突だけは嫌だ」
「・・・なかなか言いますね」
余裕の笑みで返しながら、ゼノンは猪突猛進してきた敵の足をはらい、体制を崩したところで首をはねる。続けてやってきた相手には遠心力を使って剣をふるい、悲鳴を上げさせることもなく倒していった。
フェルディは意外にも肉弾戦が得意なのか、銃剣を使いつつ素手で敵を撃破している。助骨の下を思い切り回し蹴りし、悶絶する相手の顎を銃で殴打すると、鈍い音が響く。
「ああ、後ろにいるようですよ」
「知ってるよ」
そう言いながら、後ろから羽交い絞めにしようとやってきた敵をわざと抱き着かせ、腰を少し落とすと思い切り肘で相手の頬を強打した。
「でも、どうせなら可愛い女性に抱きつかれたいんだけど。そういえばこのプリーストの制服いいね、暗闇でも敵と味方が区別できる」
言いながら、次はゼノンの後ろに潜んでいた敵を撃ち殺した。
「・・・今日はよく喋りますね」
「今のはお礼を言うべきじゃないか?」
「ご冗談を。あなたが勝手に倒したんですよ」
二人の声は終始穏やかだ。
「それにしても、こんなに弱い連中に負け続けるなんて、あなた。結構器用なんですね」
「なに、まだ気付いていないの。彼らをよく見ろ」
「は?」
ゆらり、と視界の端で何かが動いた。先程フェルディが撃ち殺したはずの男が立ちあがったのだ。
「ぁあ・・・あああぁあ!」
ゼノンが思い切り顔をしかめた。
「・・・気色の悪い」
「この状況でその感想。やっぱり君はプリーストに向かないと思うんだよね」
男は喉を打ち抜かれていた。だのに立ち上がったのだ。
「なんです、これは」
「薬の影響だと思う。アファナーシー・ニキータは自分の手下たちにも飲ませているみたいだから。でも全員じゃない。時々だよ」
確実に頭から上を攻撃して息の根を止めない限り、動き出すのだそうだ。
ちなみにフェルディが銃をあまり撃たない理由は、ただ単に銃弾は高値で売買されているため、無駄遣いをしたくないからだ。暗闇では狙いを定めることがとても難しい。
「はあ、面倒だ」
「珍しく意見が合うね」
「あんたたち! 遊んでないで仕留めなさいよ!」
遠くでガルテリオが叫んでいる。アファナーシー・ニキータは余裕の笑みを浮かべて、少し離れた場所から二人を見ていた。時折近くを通りかかった手下の襟首をつかんでは無造作に投げ飛ばしている。
「小僧。いつのまに転職したんだ?」
「貴様には関係ない」
ゼノンはおや、という顔でフェルディを見やった。
「にいちゃん、あんた良い腕してるな。その顔、同郷のやつかい?」
「・・・はじめまして、アファナーシー・ニキータ殿。とりあえず死んでください」
彼女のために、と心の中で付け足した。
「はっ! 威勢のいいやつぁ、嫌いじゃないぜ」
「私はあなたのような面倒な男は嫌いです」
何度も襲い掛かってくる敵に嫌気がさしながら、海から聞こえる美しい歌のために剣をふるい続けた。
「あんた、どっかで見たことがあるな」
ふむ、とアファナーシーが考え込む。
その間に、ゼノンは三人の人間を確実に葬った。
「この剣、もう少し使いやすいと良いのですが」
「頭蓋骨を切り刻む目的で作られた剣じゃないからね」
割れた頭蓋骨からは赤黒い血と、限りなく白に近いピンク色の何かがあふれていた。
「・・・もう少し綺麗に戦えないの」
「あなたには言われたくないですよ。何を手加減しているんです」
「だってこの制服は彼女とお揃いなんだぞ? 汚したくないじゃないか」
ゼノンの額に青筋がたったが、フェルディは気にしないようだ。向かってくる敵の顎を思い切り蹴り上げ卒倒させると、心臓を一突きした。
「やはり、気に入りませんね」
「それはこっちの台詞だ!」
「もういい加減にしてっ! ちゃんとやらないと、後で彼女に言っちゃうからね!?」
ガルテリオの本気に、二人はいったん言葉を止め、敵に集中することにした。




