さっさと排除しておこう。うん、そうしよう。
百合という人物は基本的に、行動力抜群というわけではない。むしろ楽がしたいのだ。とにかく楽を愛している。努力はしたい奴がすればいいという考えである。
一見美しかろうが、麗しのなんたらと呼ばれようが、彼女の本質は変わらない。
その百合がまず考えたのは、いかに確実に危険な海賊から逃げるかという事だ。
目的が定まれば自然と行動は決まってくる。無理なく確実に、西に帰れば無事が保障されている。そこまで逃げおおせればいいのだ。
彼女がここまでやってきたのはセスを救うため、海賊退治は彼女の役目ではない。しかし、現実は彼女が思っていたよりも過激に進んだ。
ゼノンが残って海賊を壊滅させると言い出したのだ。
はじめは反対したが、今後同じことが起こらないとは限らない。フェルディたちを信用していないわけではないが、どうやら相手はかなりの曲者。しばらく考えた彼女は決心した。
こ こまで来たら今後のためにもさっさと排除しておこうと、考えを変えたのだ。別に考えることを放棄したわけではないが、多少やけになっていたのかもしれない。
それに何より、ゼノンは海賊を倒す気満々のようなので多少心配はあるが任せることにした。神殿のプリーストたちの助けは期待できないが、こちらの邪魔をすることもないだろう。
そうと決まれば行動は早かった。予想通り、プリーストたちはマーレ号の船員が堂々と逃げ出すのを黙ってみていた。
この日は珍しく快晴だった。夕陽が神殿を染める頃、不気味な黒い点が遥か海の先に見えた。風にあおられながらも、百合はその点をじっと見つめる。
「ゼノン。本当にいいのね?」
「お任せください。必ずや悪しき海賊を根絶やしにしてご覧に入れましょう」
その発言は決して神に仕える者の言葉ではなかったが百合は満足そうに頷いた。すぐ近くにいるセスとフェルディが眉を寄せて微妙な顔をつくる。
彼らの後ろにはマーレ号の船員が整列しており、少し離れた場所でピンクの髪の大男がゲッソリと疲れ切った顔で立っていた。
「フェルディ、本当に武器を貸して下さるの?」
「こちらも、彼の腕は期待したいですからね。武器ぐらい安いものです」
そう言うと、フェルディはゼノンが手にしている剣に目をやった。実用的なそれは飾などなく、特別な品物でもない。だが使いやすく、重すぎず軽すぎないため長年マーレ号の船員たちは愛用していた。彼らが軍人だった頃からの大切な武器だ。
「ガルテリオ、フェルディ。彼をよろしく頼みます」
「あーん・・・こんな時でもなければ思いっ切りあなたに愛を囁いてあげるのに!」
ガルテリオは枯れた喉で言うが、内容も声も痛々しい。
「・・・なんか、ごめん」
「・・・」
フェルディが謝るも、ゼノンはまるで何も聞こえていないという態度で二人の事を完全に無視した。
「ゼノン、きっとわたくしのもとへ戻りなさい」
「はっ!」
百合が鼓舞すれば、彼は珍しく嬉しげに、そして力強く頷いた。
「冷たい。でも好き」
「もう黙ってくれ・・・」
フェルディは本心を呟いて、整列している部下たちを見やった。
「ガス。貴様の部隊は二人を守りきれ。沖に出れば奴の船がある。ギリギリまで隠れていろ。キジャータ、貴様らはここに残り敵を殲滅する」
その眼は冷たく光っているようだった。作戦を前にした男の顔だ。そこに紳士など存在しなかった。
誰もがにやりと人の悪い笑みを浮かべ頷く。返答はこれだけで十分だ。
「プリーストの衣装を用意しました。ここに残るものは全員着替えて下さい」
淡々と言うゼノンにも、男たちは頷いた。
「ガスは戦闘も得意です。安心して彼のそばにいてください」
「ありがとう、フェルディ」
「すまない、助かる」
未だ顔色の悪いセスの肩を、フェルディは軽く一回叩いた。
「任せてくれ。船が気に入ったらそのまま一緒に旅をしてくれてもいいぞ」
にっと口元に笑みを浮かべた彼に、セスはふっと笑みを浮かべた。
「考えておく」
「ああ」
「考える必要なんてないわ。今すぐうちの子になればいいのよ! そうすれば毎日服を作って着させてあげるわ!」
凄まじい勢いで二人の前に飛び出してきたガルテリオを、フェルディが振り向きもせず腹に一発蹴りを入れた。まるでカエルが潰された時のような声を上げ吹き飛ぶ彼を、セスが呆然と見やる。
「い、いいのか?」
「ごめん、今のは気にしないで」
爽やかな笑みの下に何か黒いものを見たような気がして、セスは慌てて頷いた。
「じゃあ、そろそろ始めようか」
フェルディの一言は大きな声ではなかった。しかし落ち着いたそれは、どこか重い響きを持っていて、全員の耳に届いた。
「ガルテリオ。これが終わればセスも彼女も、ついでにそこのゼノンも手に入るので頑張るように」
「なんですって!?」
腹を抱えて蹲っていた男が、水を得た魚のように飛び起きた。らんらんと輝く瞳はゼノンに向けられている。
「なんの話です」
「はは」
笑ってごまかしたフェルディは、右手を左胸に軽くあて身を屈めた。
「ずっと、奴を殺すことだけを考えていました。でも今は少し違います。僕は、僕の中で決着をつけるために戦う」
真剣な瞳で見つめる先は、黒髪を靡かせ微笑を浮かべる女。
「あなたたちの勝利を祈ります」
百合はフェルディの前で膝を折り、そっと瞳を閉じた。手を組み美しい声で祈りの歌を歌う。まるで世界が祝福するように彼女の身体がわずかに光った。
「・・・!」
それを間近で見た彼は、無意識に息を飲む。なんて美しい光景だろうか。光は全員が目にした。しかし歌が終われば光も終わる。終わったそれを寂しく思った。
彼女は静かに立ち上がると、優しく目を細め、笑みを浮かべて口を開いた。
「世界の祝福を、あなたたちへ」
最後の戦いが、これから始まるのだ。




