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麗しのプリーティア  作者: aー
第三章
106/203

全てのはじまりの象徴


 百合は手当を受けながら、薄汚れたセスを見下ろしていた。先程から一度も目が合わない。あえてそらしているようだ。ささくれ立った彼の指先が、少しぶっきらぼうに彼女の手に包帯を巻いていく。

「何で来たんだ、ユーリ」

 責めるような言葉に、百合はふっと笑みを浮かべた。

「大切な友人を探しに来たのよ。悪いかしら?」

 一見穏やかに微笑んでいるように見えたがその実、とても怒っているようだ。セスは喉をごくりと鳴らした。

「お、俺のためにこんなところまで来たのか」

「悪いかしら」

「・・・悪くない。ありがとう」

 ようやく素直になった彼に、百合は立ち上がる。衣擦れの音が心地よく響き、青白い顔の彼に手を伸ばす。骨と皮だけの背中は、見えなくても痛々しい。

「心配したのよ」

 そっと、母が子にするように優しく抱いた。

「・・・うん。悪かった」

「何があったのか教えなさい」

「わかってる。ちゃんと、全部話すから」

 セスも、彼女の小さな背中を抱きしめ返した。

「だから、もう二度と危ない真似しないでくれ」

 悲鳴のように、懇願する声が全身から発せられた。

 傍らで見ていたプリーストが悲しげな顔をしている。百合も、眉をぎゅっと寄せて彼の気持ちを抱きしめた。

「ええ、もちろんよ。約束するわ」

 危ないのはどちらもだ。ゼノンは二人を見ながら思ったが口には出さなかった。取り急ぎ気になるのは他の事だからだ。

「ところで、そのネックレスはどうされました?」

 白いワンピースに揺れる青い花を指さすと、ゼノンは気に入らないという顔を隠しもせず聞いた。

 それを見たセスはぎょっとして、しかし百合に抱きしめられたままなので逃げることもできない。

「全てのはじまりの象徴なの」

 セスの口が、無意識に「はじまり?」と音も出さず呟いた。

「話は長くなるわ。セス、疲れているところ悪いけれど、時間がないの。“私”に手を貸して」

 それまで聖母のような女は、だが今、ただの女に戻った。

「これ以上、あの薬を作らせるなんて絶対に、絶対に許さない」

 宝石のような瞳に、怒りと悔しさをにじませて。





「セスは無事だったんですね、良かった」

「ガルテリオも無事みたいよ。担当するプリースト達が本気で嫌がって毎回賭け事で誰が行くのかを決めるのですって」

 フェルディは夕食を食べながら、ふっと笑った。

「ガルテリオたちは心配していませんでした。むしろプリーストに申し訳ないですね」

 甘いマスクの下に鬼の顔を隠しているフェルディが、日々しごいてきた部下たちだ。彼にしごかれた男たちが簡単に屈服するはずはない。

「ふふ、ガルテリオは虫が苦手なのね。一日に何度も叫んでいるから、そろそろ声も出なくなってきたみたいよ」

「・・・あれでも一応凄い奴なんですよ」

「知っているわ。とても紳士で素敵な人よ」

 それはそれで微妙だ。フェルディは大人しく、差し出されたスープを飲んだ。いい加減己の手で飲みたいものである。

「百合は、ガルテリオをどう思っているのですか?」

「可愛い人よ」

 フェルディが思い切り顔をしかめた。

「・・・可愛い? あれが?」

「ええ。どんな言動をしていても、常にあなたの部下であることを忘れない。随分と一途な人ね、元軍人というのもうなずけるわ。骨の髄まで染み込んでいる」

「確かに・・・しかし、一途というのは誤解を招きそうなので勘弁してください」

「あらどうして? 彼は、全てをあなたにかけているわ。それは恋愛的な意味ではないけれど」

 きょとんと首を傾げる百合に、フェルディがふっと笑う。

「それを聞いて安心しました。僕は普通に女性が良いです」

「・・・いくらガルテリオでも、あなたを襲う度胸はないと思うわ」

「でもあいつは、アンドレア・カルロを襲ったことがあるんですよ? 返り討ちにされましたが」

「彼も必死で抵抗したのでしょうね、目に浮かぶわ」

 南方騎士団団長アンドレア・カルロは、以前世話になった人物だ。

 常に半裸という騎士には見えない出で立ちだが、その実力は本物である。太陽に反射した眩しい程の赤毛が印象的だった。

 ちなみに現在妻とは別居中で、ガルテリオに求愛されていながら全力で拒否し続けている男でもある。

「いい加減諦めればいいのに」

「どちらがですか?」

「もちろん、あの団長さんよ」

 迷いのない瞳で言い切った女を、フェルディはまた眉を寄せてみる。

「勘弁してください。あんな半裸男を船に乗せるなんてまっぴらごめんです」

 そうとう嫌なのか、鳥肌を立てた彼はごそごそと居心地悪く腕をさすった。

「どうして彼とは仲が悪いの?」

「どうしてって・・・いや、初対面の時からなんだか気に入らなくて」

 そもそもフェルディは海賊で、アンドレアは騎士という立場だ。仲がいいはずがない。

「でもフェルディは近々海賊じゃなくなるでしょう? 仲良くしていても良い相手だと思うけど。ほら、このままガルテリオに頑張ってもらって」

「視界の暴力は勘弁してください」

 これだけは譲れないらしい。しばらく二人は見詰め合い、そしてどちらかともなくため息をついた。

「あなたって意外と頑固よね」

「頑固以前の問題です。あと、意外なのはあなたもです。見た目は清楚で愛らしいくせに、中身は楽しいことに目がないなんて」

「あらいやだ。私、普通でしょう?」

「大っぴらすぎてびっくりです」

 だんだん遠慮がなくなってきたことに、フェルディは己を不思議に思った。以前はあんなにも清楚で美しい女性だと思っていたのに、今ではただの可愛い女性だ。プリーティアの恰好をしているからそう見えるだけであって、彼女は普通の女だった。

「神聖さをどこに置き忘れてきたんですか」

 思わず呟くと、百合はムッとして上目使いに睨んできた。

「あなたの前で、どうしてイイヒトを演じる必要があるの? せっかく二人きりなのに」

 色々と誤解を招くのでやめてもらいたい。しかし大変正直な話、とても嬉しいので口元がにやけそうになり、全力でそれを押しとどめた。口の中を噛んで我慢すればするほど、目の前の女が不審な顔をして彼を見ている。

 黒い宝石が己だけを映している姿に、彼は降参した。

「すみませんでした。とっても嬉しいです」

「分かればいいのよ」

 言いながら、そんな話をしていたかしらと首を傾げた。

「ねえ、それより、お願いがあるのだけど」

「あなたの願いならなんなりと」

 少し恰好をつけて言ってみると、嬉しげに女が笑った。無意識に目を細めて彼女の姿を焼き付ける。

「私を浚ってほしいの。セスと一緒に」

「わかりました」

 フェルディは何も考えずに頷くと、たっぷり十秒程経った後に口を開けた。

「・・って・・・・・は?」



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