久々の邂逅
その大きな男を見た時、セスは夢だと思った。
一番の理由は、彼に関して何も期待していなかったからだ。来るなら彼女だろうと思っていた。
「・・・ゼノン?」
薄暗い先に居ある、紅い瞳。暗闇で見ると目だけが光っていてどこか恐ろしい。
「ご無沙汰しています」
「彼女は」
「私も先程脱走したばかりですので、彼女の居場所は把握しておりません。まあ、すぐに見つけますよ」
そう言いながら牢を開けて入ってきたゼノンに、セスは目を見開いた。
「どうして、鍵を?」
「今日は質問が多いですね。手に入れたからに決まっているでしょう」
淡々と言いながら、今にも死にそうな顔をしているセスの腰に手を回した。
「うわっ」
まるで荷物を担ぐかのように肩に乗せられ、腹が痛い。
「この持ち方やめろ!」
「うるさいですよ。急いでいるんです。早くしないと彼女が大変なんですよ」
「そ、そうだ! アファナーシー・ニキータがもうすぐ来るんだ!」
嫌な予感が当たったと、ゼノンがため息をついた。
「かの御仁については、マーレ号の皆さんに任せましょう」
「やっぱりいるのか、あのピンクの変態」
「ええ・・・捕まっていなさい。上に行きます」
そう言って、信じられないスピードで走りだしたゼノンに、セスは必死にしがみついた。ただでさえ背の高いゼノンに担がれているせいで天井が近く、いつぶつけるか戦々恐々としながら、ぎゅっと強く目をつぶった。
「ぜのっまっ」
「黙りなさい。舌を噛みますよ」
この男を止められるのはプリーティアしかいない!
セスは心の底から彼女の存在を願ったのだった。
「そうなのですか。ユーランさまは、王都から・・・」
「ええ! これでも貴族の出で、しかし私は錬金術にハマってしまいましてね」
二人は北の神殿で、唯一多くの花が咲く温室でお茶会を楽しんでいた。木製のベンチに腰掛け、異常なまでに近い距離で彼女を見つめた。
近くには小さな木製のテーブルがあり、二人分のお茶と、わずかなお菓子が置いてある。甘い物はここではかなり高価だ。それだけに男の待遇がどれだけ良いものかわかる。
温室の中は汗ばむくらいの暖かさと、花の匂いが充満していた。
「錬金術って・・・なんだかよくわかりませんの。具体的にはどんなことをなさるの?」
ユーランと名乗った男は、どうやら百合の事を良く知らないらしい。彼はにこにこと嬉しそうな顔で彼女の右手を握っている。
本来プリーティアは神々の妻という役目だ。人間の、しかも神殿を脅かす男が触れて良い相手ではない。
彼女の後ろに控えていたプリーストがムッとしたまま立っている。何も言わず、しかし不快感を隠すつもりもないようだ。
男には彼の様子がまるで目に入らなかった。
「私は植物に興味がありましてね。ああそうだ、その青い花も私が研究しているのですよ!」
百合の胸元をまじまじと見つめる不躾な視線を遮るために、彼女はそっと花のネックレスに左手を添えた。
「素敵。わたくし、このお花を初めて見た時から心を奪われてしまいましたの。でも誰もこのお花の名前を知らないと・・・教えて下さる?」
「もちろんです。それは」
男はその時、はっと目を見開いた。何か悪巧みをたくらむ顔を浮かべる。
もう少し表情を誤魔化したほうが良いのではないのかと心配になる程だ。
「・・・よければ、本物をプレゼントしますよ」
「まあ! でも、とても高価なものなのでしょう?」
「あなたのためならいくらでも。実はこの温室にあるのです。好きなだけ持って行ってください。そうだ、お湯に解くと甘いお茶になるんですよ。飲んでみませんか?」
男の眼はどこか暗く濁っていた。
「お花が・・・お茶に? 甘いのですか?」
百合は気付かないフリをして、世間知らずな令嬢を演じ続けた。だがそろそろ限界だ。後ろにいるプリーストが怒りと恐怖で震えているのが視界の端に映る。
「楽しみですわ。でも・・・今日はもう戻らなくては」
「そんな!」
「わたくし、またあなたとお話がしたいわ。明日も会って下さる?」
百合が斜め下から覗き込むと、ユーランが興奮したように笑った。歪な笑みだ。
「もちろんです、ユーリ! じゃあ、また明日」
「ええ! お待ちしておりますわ」
ユーランはその返事を聞くと、まるで子どものように大きく手を振って、バタバタと足音を立てて去って行った。
「プリーティア、決してあれを飲んでは」
百合は先程までと様子が変わり、とても淡々とした口調になった。純粋そうな笑みも引っ込めて何やら考えこんでいる。
「わかっています。それにしてもあの男・・・随分と馬鹿力。手が痛いわ」
ひらひらと手を振ると、白かったそれは赤く腫れていた。
「冷やすものをお持ちしましょう」
「結構よ」
「だが・・・」
「遅かったわね、ゼノン」
百合がそういえば、セスを抱えたゼノンがそっと音もなく表れた。プリーストが驚いて目を見開く。セスに気付くと更に驚いたのか、ぽかんと口を開けて固まった。
「久しいわね、セス」
それは、久々の邂逅だった。




