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麗しのプリーティア  作者: aー
第三章
102/203

その頃、セスは


 同時刻。セス・ウィングは薄暗い地下牢でぼうっと岩の天井を見つめていた。いつ作られたのか分からないほど、古いのだろう。ゴツゴツした岩がむき出しだ。だが不思議と寒さを感じなかった。ただベッドがあり、排泄用の壺が隅に置かれただけの場所だった。

 職業柄オーバーワークだったこともあり、実は地下牢の堅いベッドで休めることは、彼にとってはあまり悪い事ではなかった。

 神殿の最下部。数日前に聞き覚えがあるような男の無様な声が響いてきたが、あれはきっと拷問ではない。虫でも出て騒いだだけだろう。今でも時折響いてくるが、だんだん声に覇気が消えてきた。

 どうしてここにあの変態、いや海賊が居るのかは不思議だが、彼は疲れ切った体を癒すために眠り続けた。

 窓すらない地下牢の唯一の便りは、一日に二回交換される小さなランタンの明かりだけだ。すでに時間の感覚はないが、定期的に運ばれる食事で時間を推測することが出来る。神殿で出される食事には規則性があるからだ。

 先程運ばれたのは干し肉のスープだった。今は朝なのだろう。暖かいスープは朝と夜に出されることが多い。朝にはわずかなドライフルーツもつくので間違いない。

 暗いしじめじめしているが、出された毛布はそう悪い質のものではなく、むしろ快適だった。

 思えば西で発生した病からここずっと、彼は多忙な日々を送っていた。研究も並行して行わなければ来年の予算が貰えないので必死だ。頑張りすぎて背が一センチは縮んだ気もする。

「セス・ウィング」

 一日に三回。食事を運ぶ老人に彼は目を向けた。

「誓いなさい」

 いつも同じ言葉を言う相手は、とても悲しげだ。

「俺は、信徒ではない。神に誓いを立てるわけにはいかない」

「ここから出たくはないのですか」

「出て、ずっとお前たちのいう事を聞くのか? 神を信じているフリをして、それこそ神に対する冒涜ではないか」

 淡々とした声に、老人はそっと首を横に振った。

「神は、信じていてもいなくても存在します。それはあなたも知っているだろう?」

「知っている」

「ならば問題はないよ。さあ、誓いなさい」

 セスはようやく体を起こした。

「俺は、彼女を傷付けた神々を許すつもりはないし、この神殿で行われていることに目をつぶることもできない」

 薄暗く日に当たらない生活を強いられたせいか、彼の顔色は青白かった。だが、その瞳は怒りに燃えている。とても静かで熱い、青い炎のような怒りだった。

「この世界は変わらなければならない。あなたの友人である、麗しのプリーティアのこと、私たちも理解している。だが、神々がしたことには意味があるのだ」

「あんたらがやっていることにもか」

「全ての事に意味がある。セス・ウィング、ここで見聞きしたこと、全て他言しないと誓いなさい」

「断る」

 断固として首を縦に振らない彼に、老人は長く細い息を吐き出した。

「二日後の晩、アファナーシー・ニキータがあなたを迎えに来ます」

 その名に聞き覚えがあった。間接的に何度も関わってきた。だからこそ、許せなかった。

「やはり海賊とつながっているのか」

「彼は滅茶苦茶だ。だが、彼の願いは誰しもが一度は持つものです」

 あの診療所にはまだ回復しきれていない患者がいる。小さな子どもだ。大人になるまで体がもつかは誰にもわからない。

 亡くなったおばあさんの死に顔が綺麗だったことを、セスはまだ覚えている。おばあさんのために“彼女”がたった一人で摘んできた花を、その香りをまだ覚えている。

「知らない。俺には関係ない! 女子供や老人を苦しめて殺す男の願いなんて叶わなければい! げほっ・・・叶わせて、たまるかっ!」

 怒りが、声になった。

湿っぽい場所で突然大きな声を出したからか、セスは咽て何度も咳をした。苦しいが、そんなことすら彼の感情にはうかばなかった。

「ここには今、あなたの大切なプリーティアも居ます。あなたを探してやってきました」

 ハッ、と大きく目を見開く。

「な・・・で?」

「プリーティアにとっても、あなたが大切だからだよ」

 老人はもう一度彼の名を呼んだ。

「セス・ウィング」

 誓えば彼女を開放します、と悲しげな声が届いた。




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