頼もしい友人
セス・ウィングが最後に目撃されたのは北の神殿であった。
植物調査の依頼が舞い込み神殿へ出向いたセスは、その翌日に姿を消した。神殿は彼の姿を探したとされているが、依然情報は掴めていない。
神殿が立っている崖の下には珍しい花が咲くと昔から有名で、しかし場所柄簡単に調べることもできなかった。花は幸運の守りとして人気が高く、街では高値で売買されている。その花を模したアクセサリーなどを意中の相手に送ると、恋が成就すると若い人の間で流行っていた。
「可愛らしいネックレスですね」
フェルディと百合が再開した三日目。腕が大分回復した彼は、彼女が手ずから食べさせようとするのを頑なに拒否し続けた結果、惨敗した。
「あーん、してくださいな」
「・・・楽しんでいませんか」
「されるのは慣れているけれど、するほうは新鮮なの。楽しいわ」
あーん、ともう一度言えば、彼は諦めて口を開けた。
「その花は、この街で人気のあるものですよね。セスはそれを調べに来たんですか?」
「そのようね。あなた、これの実物をみたことは?」
「・・・あります。ただ、遠目だったので本当にその花だったのかは自信がありませんが、あれはとても危険な場所に生えているんです。この街の人はどうやってあれを手に入れたんでしょうか。手に入れないとそんなに精巧なものは作れませんよね?」
言いながらまた口を開けさせられ、彼は諦めの境地で食べ続けた。
「そうね。実物も高値で取引されていることだし・・・だけど、場所はこの神殿の下よ。一般人が普通に入り込めると思って?」
「神殿が売買に加担していると? そもそも神殿がそれをする理由はなんでしょう」
食べ終わると、百合が食器を盆に置いて彼の口元を拭いた。
「あの、そのくらいは自分で」
「この花を直接貰うと、意中の相手を好きになってしまうのですって。なんだかおかしな話じゃないかしら?」
「聞いてください・・・」
「何か花そのものに、相手を操れる作用があるならば、高値がつくのはわかるわ。あなたの宿敵がこんなさびれた何もない場所に来る理由も理解できる」
とても丁寧に口元を拭かれて恥ずかしさで悶絶しそうな己を戒めつつ、そんな姿をさらせば彼女を喜ばせそうな気がして全力で我慢した。
「確かに、その可能性がありますね。でもセスが消えたのはここに来た翌日。いくらなんでも無理があります。彼が何らかの証拠をつかむのに、それだけの時間でできるでしょうか?」
白い指先が、彼女の口元に持って行かれた。腕を組む姿がとても綺麗で優雅に見えた。フェルディは直視してしまったことを後悔するも、もう遅い。
「そう・・・よね。考えすぎかもしれないわ」
「少し冷静になって下さい。セスが心配なのはわかります。でも、あなたに何かあったらきっと彼は凄く自分を責めますよ」
諌めるような口調に、百合が初めて反省したような顔を見せた。
「ごめんなさい。焦っているみたい。ゼノンはまだ地下牢の中だし、情報は全然ないし、私一人では何もできない」
悔しいの。その言葉が落ちた時、なんだかいじらしくて、こんな時だというのに彼は少し嬉しかった。
こんな風に素直な言葉を向けてくれたのは、彼が彼女の名前を知っているからだ。
わたくし、とお淑やかな言葉使いも美しいと思うが、彼女が己の事を私、と言うのは新鮮だった。きっと限られた人間の前でしか見せない、本当の姿だ。
「百合、大丈夫です。もう少し回復したら僕も動けます。きっとあなたの助けになります。セスは僕の友人でもあるんです。信じて下さい」
真剣なその言葉に、彼女もそっと息を吐きだし肩の力を抜いたようだった。
「ありがとう、フェルディ」
「海賊船「マーレ号」の船長として、お約束しますよ」
「そこは、私の友人としてではないの?」
「使えるものは海賊でも使ってくださいという意味です」
「ふふ、頼もしいわ」
二人はふっと笑いあい、そして、フェルディは気付いた。
「ところで、そのネックレスは誰から?」
「ここのプリーストに貰ったのよ、私は外に出してもらえないの。あなたのお世話をする、一日三回だけ部屋から出してもらえるの。だから、私が寂しくならないようにですって」
それにしても女性にネックレスを送るとは・・・そう考えて、目を見開いた。
「百合、そのプリーストと話が出来ますか?」
「ええ、今外にいるわ」
「いえ、僕じゃありません。あなたが、プリーストと話をするんです」
怖いくらいに真剣な表情だった。
百合は驚いたようにぱちぱちと瞬いて、そして彼女も真剣な顔で頷いた。




