久しぶりの教室
さて、一通り校舎を案内してもらったところで。
俺は教室の扉の前に立っていた。
フィアナはすでに教室に入り、先生と思われる長いローブを身につけた若い男性に事情を説明している。
5月に転校生なんて珍しいんだろうな。クラスのやつらも一様に驚いた顔をしてる。
話が終わったのか、フィアナがちょいちょいと手招きをしてきた。
教室に入るのなんて3年ぶりくらいだろうか。12歳の頃に超能力を発現してから今までずっと軍部で他の能力者たちとは別メニューをやらされていたからな。紅音とのマンツーマン指導というこの世の地獄メニューを。
扉を開け、物珍しそうな視線を受けながら黒板の前へと歩いていく。この手の視線はずっと受けてきたが、質が違って、これはなんというか悪くない。
「では、自己紹介をお願いします」
「転校生の神坂クロトだ。よろしく頼む」
自分でも簡素な自己紹介だとは思うが、他に言うこともないし仕方がない。休み時間に俺の周りに集まってくるであろう好奇心旺盛なやつらに記憶喪失とか話せば自然とクラス中に広まってくだろうし。
「え~カミサカくんはエタナリアさんの『片翼』に任命されたため、これから同じ授業を受けてもらい、演習もペアでやってもらうことになります」
その瞬間、クラス中の雰囲気が変わった。さきほどまでの純粋な好奇心ではなく、恐れ、みたいなものを含んだものへと。
よく見ると教室の1番後ろの隅の席に座っているフィアナにも同様の視線が注がれている。
なんだ。何をそんなに恐れている。
フィアナは特に顔色を変えるでもなく、普段通りの、何の感情も浮かんでいない、諦めきったような瞳をしている。
これは、何かありそうだな。
あとでフィアナに聞いてみようと思ったそのとき、真ん中くらいにいた女子生徒が、ガタンと大きな音を響かせながら立ち上がった。
長く、白と青の中間くらいの、薄い水色をした髪。
黄金色の、怒りに満ちた瞳がまっすぐにこちらに突き刺さる。もともと若干ツリ目気味なせいか、凄みが増しているように見える。
「なぜ、こんなポッと出の男が、フィアナの『片翼』なのだ!」
びしっと突きつけられる指。なんなんだこの威勢のいいやつは。
「いや、そりゃフィアナが俺を選んだからだろ」
至極まっとうな意見を返す。
ぐ、と一瞬ひるんだのち、視線を俺からフィアナへと移す。
燃えるような視線を受けても、フィアナは冷めた瞳を返すのみ。
立ち上がった女の子は若干涙目になりつつ再び俺の方を見ながら、
「私は認めないからな! 貴様みたいなのがフィアナのパートナーなどと!」
そう言うだけ言って、またもや大きな音をたてながら席に座るなんか青いやつ。
初日から変なやつに目を付けられてしまった。周りにいる生徒たちもその子から少し距離をとりつつ、またか、みたいな微妙な表情で見ていた。これだけでもう色々わかっちゃうよね。
あっけにとられていた先生は、俺がまだ立っているのに気付いて仕切り直すようにゴホンと咳払いし、席を指定する。
「カミサカくんはエタナリアさんの隣の席に座ってください。まだ教科書を持ってませんよね?」
コクリと頷く。教科書どころか筆記用具すら持っていない。
「では、今日のところはエタナリアさんに見せてもらってくださいね。カミサカくんが席についたら2限目の魔法基礎論をはじめます」
はい出ました専門用語。早速授業についていける気がしないんだが。
軍にいたころはキッツイ訓練の後にひたすら勉強させられていた。でも強制的にやらされていただけであって、自分から進んでやったわけではない。勉強は元々好きじゃなかったし、こっちの世界で監視する者もいない中、果たして授業についていけるだろうか。
いや、ついていくいかないとかじゃない。ここで生きていくために、戦闘で勝ち抜くためには知識が必要だ。そのための勉強なら、やるしかない。
あ~めんどくさいなぁ。
「そんなあからさまにめんどうくさそうな顔しないでください。ほら、教科書見せてあげますから、しっかり勉強しましょう」
一目で上質だとわかる高級感あふれるシックなデザインの机をくっつけて、1つの教科書を共有する。
てか羊皮紙と羽ペンとかはじめて見たぞ。
「でもさ、単語の1つ1つがわからないんじゃどうしようもないだろう」
「そういえば、記憶喪失でしたね……。なら仕方ありません。放課後、図書室かわたしたちの部屋で教えてあげます」
「お、それはありがたい」
「字は読めるんですよね? なら今は語感からなんとなく想像してみるといいかもしれません」
「そうするしかないよなぁ。または外でやってる演習眺めてるとか」
1限目のときに他のクラスの演習をちらっとだけ見た(邪魔した)だけだったから。もっとじっくり見ておきたい。
「いけません。それじゃ先生がかわいそうです」
「へいへい。まったく、優等生さんは言うことが違うねぇ」
「む。そういう言い方はよくないと思います。敵をつくっちゃいますよ」
「別に気にしない」
「はぁ、ひねくれてますね~」
とコソコソ話していたら、何かがこちらに向かって放たれる気配を感じた。
そくざに光力を練って小太刀を出現させ、飛来した小さな弾丸のようなものを防ぐ。
「そこ、いくら『片翼』同士だからといっても授業中に私語はいけませんよ。……にしても、極小とはいえ魔力弾を防ぐとは……。でもちょうどいいので、カミサカくんには15ページの3行目から読んでもらいましょうか」
うん。まあそういうこともあるよね。