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2人をつなぐもの

 ったく、なんてはちゃめちゃな学園長なんだ。おかげでこちらのペースを存分に乱されてしまった。


 それにしても、偶然出会った女の子と寝食を共にすることになろうとは。

 こちらに来てからはすべてが鮮やかで、生きている実感がわく。

 死んだように生きていたこれまでとは違う。新たな体験。人との出会い。それが、こんなにも楽しいことだなんて。紅樹には感謝しないとな。それに、自由を勝ち取れと言ってくれた、紅音にも。


 紅音。俺、決心してよかったよ。でも本当は、俺だけこんな自由の身になっちゃ、いけないんだよな。だって、俺は。


「どうかしましたか? 気分が悪そうに見えますが」


 下から心配そうな瞳がのぞきこんでくる。

 くそ、油断するとすぐこういうことを考えてしまう。これじゃ元いた世界での俺と変わらないじゃないか。


「いや、なんでもない。気分悪そうに見えるのは多分あれだ、学園長のせいだ」

「そんなこと言ってはいけませんよ。さて、それではいきましょうか。まずは1番近い図書室からご案内しますね」


 スタスタと歩いていく小さな背中を追いかける。歩くたびに肩にかかるくらいのツインテールがひょこひょこ揺れてなんとなく目で追ってしまう。

 ってそんなことしてる場合じゃない。フィアナに聞きたいことがあったんだ。


「なあ。ちょっといいか。どうして『片翼』に俺を選んだんだ? 同性の知り合いの方がよかったんじゃないのか?」


 ずっと気になってた。見ず知らずで素性もわからない俺なんかを『片翼』に選んだ理由はなぜか。


「あのときはそうするしかクロトを助けられなかったんです。あのままだったら憲兵の任務を妨害した犯罪者として国に追われることになっていたでしょう」

「そんなに重い罪なのかよ。憲兵にたてつくってのは」

「ええ。憲兵は国から強い権限を与えられていますから。でも、第5位という高位の『片翼』に任命されれば、たとえ仮契約であろうと国の保護、憲兵と同等くらいの権限が与えられます」


 あのときは様子見、情報収集していただけで俺1人だったら抜け出せたんだが、きっとその場はよくてもあとから指名手配やらなんとかで面倒なことになっていたのだろう。


「そうだったのか。助けてくれてありがとうな。そして、ごめん。『片翼』に選びたかった人は、他にもいたんだろ?」

「いいえ。わたしは誰も選ぶつもりはありませんでした。でもあのときは、わたしのせいで他人、クロトが犯罪者になるなど耐えられなかった」


 痛みをこらえているかのように、言葉をしぼりだす。

 誰も選ぶつもりはない。そう言う彼女の口調はきっぱりしていて、固い決意がうかがえる。俺はその決意、信念とも言えるそれを曲げさせてしまった。


「それは、ますます悪いことをしちまったな。そういうことなら、契約を解消しよう。俺は1人でもやっていけるから、あとの心配はしなくていいぞ。追っ手も振り切ってみせる」


 元々1人で生きていくつもりだったんだ。でも、俺は降ってわいた幸運に飛びついてしまった。

 学園長にあんな大見得を切った手前気まずいが仕方ない。

 足を止め、クルッと反対を向く。判断は迅速に。決断は思い切りよく。

 背中をむけながら、別れの言葉を吐く。


「じゃあな。短い間だったが、世話になった」


 フィアナとは反対方向に足を踏み出した瞬間、右手に小さな、温かな感触が訪れた。


「契約を解消する必要はないですよ。クロトもこの学園で生活した方が都合がよいのでしょう?」

「それはそうなんだが……フィアナは、それでいいのか?」

「ええ。『片翼』はずっとつくらないつもりでしたが、あなたなら信用できるというか、なんというか」

「曖昧だな。なぜ俺にそこまで言ってくれるんだ?」

「追われていた見ず知らずのわたしに何の理由もなく加勢するようなおバカさん、というのもあるかもしれませんが」


 おバカさんとは言ってくれるじゃないか。腰が低いように見えて実はそうでもないタイプだなこりゃ。


「そうですね、『片翼』に任命したときは直感に近かったのですが、強いて理由を挙げるとするなら……クロトの瞳、でしょうか。わたしと似てるような気がしたんです。形とか色とかじゃなくて、内包するものが」

「奇遇だな。俺も、はじめてお前の瞳を見たとき、同じことを思った」

「わたしたち、似たもの同士なのかもしれませんね」


 右手を優しく包み込んでいる小さな手を握り直し、再びクルッとターンしてフィアナの方へ向き直る。


「全くだ。そんな理屈じゃない何かでお互いこんな重要なことを決めてしまうなんて普通じゃない。お前の言葉を借りるなら、おバカさんだ」

「いやいや、クロトには敵いませんよ」

「そっくりそのままお返しする。……これから、よろしく頼む。俺に『片翼』が務まるかわからないが、フィアナのパートナーとして振舞えるよう努力してみるよ」

「はい。わたしの方こそ、よろしくお願いいたします。迷惑をかけないよう頑張ります」


 握手をしたままそんな言葉を交わす。


 フィアナの瞳には、相変わらずどこか影が差しているように見えたけれど、浮かべた笑みはとても自然なもので、俺もつられてしまう。今まで無表情でいることが多かったせいで新鮮な気持ちになった。上手く笑えているだろうか。


 フィアナの瞳に映っている俺の瞳は、やはり驚くほどに似ていた。


 今のところそれだけが俺たちをつないでいる。


 前は、自分を見ているようで嫌になるとか思ったが、そのことに気付いたとき、この瞳も悪くないかもしれない、そう思ってしまったのだった。

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