契約内容
肩で息をしながら、仕切りなおす。この学園長が話すたびにどれだけの時間をロスしてきたことか。次はガン無視してやろう。
「その制度に関する質問なんだが、選ばれた側の拒否権はあるのか?」
もちろん拒否するつもりはない。ただ疑問に感じただけだ。嫌なやつに選ばれたらどうするんだろう。
「基本的にはないですね。ただ犯罪行為等が行われ、国に訴えた場合、監査次第で解除が可能な場合があります」
「滅多なことがない限り拒否はできない、ってことか」
「そうなんですが、今まで解除が行われたことはほとんどないんですよ」
「なぜだ?」
「第4位まではせいぜい一緒の授業を履修し、演習、大会等でペアになるのが必須などで、多少行動に制限がかかる程度で、もし性格的に合わなかったとしてもなんとかやり過ごせるレベルです。まあもともと仲の良い者を『片翼』に任命するんですけどね。この制度はとにかくメリットが大きいんです。契約した位に応じて毎月お金が支給されたり、優先的にランクの高い魔法顕現器が与えられたりと一般の生徒とは大きな差がつきます」
「なるほどな。デメリットに比べメリットの方が大きいわけだ」
とりあえず今は魔法なんちゃら器とかの単語はスルーする。
大体は把握することができた。つまり俺はこの学園に入学して、フィアナの『片翼』、パートナーとして過ごすってことか。
「他にも細かい規定があるのですが、おおざっぱに言うとこんな感じです」
そこで何やら書類の山をごそごそあさっていた学園長が声をかけてきた。
「はい、フィアナちゃん説明おつかれー。これで概要はつかめたことだし、次は本登録かな」
また新しい言葉がでてきたぞ。
「本登録、ってことは今は仮登録の状態か」
「そーそー。フィアナちゃん本人の権限では仮登録まで。第5位契約となると学園長の承認と推薦が必要なのよ。支給される額が額だし、ランクの高い魔法顕現器も貴重だしね。ということでボクが国の方に推薦状と承認証、それに履歴書みたいなの送らないといけないからクロっちの情報教えてちょー」
おっと、そうきたか。これはマズいぞ。なんと答えたものか。
「……実は俺、記憶喪失なんだ。この近くの森でフィアナと出会う前の記憶がすっぽり抜けちまっててな。いやあ困った困った」
ウソにしてもクオリティが低すぎるだろ俺。もっとこうあるだろう何か。
エレーヌ学園長はその憎たらしくも愛らしい顔に疑惑の表情を浮かべながらこちらを見る。
「ふーんそうなんだ。ま、いいや。ならボクがそれらしく書いとくね。えーと出身地はガイアス地方、転校前は王立ガイアス学園に所属していた、っと」
「勝手にそんなことしていいのか?」
「問題ナッシン。ガイアスもここ、グロリアス系列の学園で、そのトップはボクだから」
「……本当に、いいのか?」
ここで俺が言った「いいのか?」は、この単純なウソを容認したことに対してだ。
すると学園長は、にたりと目を細めながら笑って、ささやくようにこう言ったのだ。
「ボクはね、君がさっきグラウンドで使ったあの力に興味があるんだ。大陸随一の分析魔法使いのクロリアに調べさせたけど、なんなのかわからなかった。これっぽっちも。だからだよ。君がその力を使い続ける限り、ボクは君を保護しよう。だから、この学園で戦い続けてね。いつかボクと互角に戦えるくらいになってくれると嬉しいな」
ふざけた感じなど毛頭なく、底冷えのするような目線を投げかけてきた。
学園長の本性の一部をかいま見た気がした。油断すると急所を攻撃されるのではないかと思わせるオーラ。本能がコイツは危険だと警告している。
無意識に体内の光力を練ろうとしていたことに気付き、やめる。何を焦ってるんだ俺は。ただ会話をしているだけじゃないか。
「いいとも。この学園でどんなことが待っているかはわからないが、戦い続ける。無論、自分のために。その様子をじっくり眺めてればいいさ」
「お、頼もしいね~。その意気その意気! 学生はそのくらい調子にのってるくらいがちょうどいいからね~」
「をい」
「んじゃフィアナちゃん、クロクロに学園を案内したげてー。30分後に2限目はじまるから、その時間にクラスの方に合流するということでー」
おいこら学園長呼び方統一しろや。
「わかりました、学園長」
「あ、それと」
再び目つきが鋭くなる。この人はオンオフがわかりやすいな。わかりやすい人間ってのは得てしてつけこまれるものだが、その得体の知れなさでつけいる隙を与えない。
「フィアナちゃん、どうして荷物も持たずに寮から逃げようとしたんだい? ただ単に授業をサボりたかったわけじゃないんだろう?」
「……わたしだって、サボりたくなることくらいありますよ」
「わざわざ憲兵と交戦してまでサボりたい授業があるとは思えないけどね~。あ、ケガ人はこっちで治癒しといたから大丈夫だよ。……役目を放棄したい、投げだしたいという気持ちからの行動じゃないのかい?」
フィアナの顔から少しずつ表情が消えていく。
「違います。責務から逃げるつもりなどありません」
くすんだ翡翠のような瞳をしたフィアナを、学園長は数秒見つめてから、にかっと笑って声を弾ませた。
「どうやらボクの勘違いのようだったね。変なこと言ってめんごめんご。クロちゃんのこと、よろしくね~ん」
「はい。失礼しました」
「じゃあなロリバb……エレーヌ学園長」
「またねーこのクソガk……クロトくん。学園生活を楽しみたまえ~」
そう言って俺たちは、学園長室をあとにした。