フィアナ・エタナリア
うん、まあこの制服を着させられた時点でなんとなく察してはいたんだけど。
元いた世界では軍学校高等部に入学予定だったが、まさかこっちの世界で高校生活(?)を送ることになろうとは。
「一応、理由を聞かせてくれ」
「君がフィアナ・エタナリアの『片翼』に選ばれたから」
エタ、ナリア? 今エタナリアと言ったのか?
ドクンドクンと心臓が脈打つ。
指先が震えそうになるのを必死に抑える。
違う。偶然だ。変な勘繰りはよせ。
エタナリア。
元いた世界で、その単語が意味するものは――。
「どうしたんだい? 顔、真っ青だよ」
「い、いや、なんでもない。その、『片翼』っていうのは?」
学園長がその問いに答えようとしたとき、コンコンと、扉をノックする音が聞こえてきた。
「失礼します」
小さな声で入ってきたのは、フィアナだった。
「フィアナちゃん、いらっしゃーい。ちょうどよかった、彼に『片翼』について彼に説明してあげてくれなーい?」
「あの、わたしの処罰については……」
「んー、貴女の場合は特別なんだよねー。こっちの独断で処罰をくだすのはできないの。後日、国の方から連絡が来るとは思うけど、まあ多分大丈夫でしょ」
「そう、ですか。わかりました。では、わたしの口からこの人に説明しますね」
学園長が、自分の学校の生徒なのに、罰則を与えることが許されない。大量の、そして有能な追っ手が、わざわざフィアナだけのために動く。これらのことから察するに、この子は国にとって重要な存在なのだろう。
真っ先に頭に思い浮かんだことは、王族とか貴族とかいうセンだが、特別敬われているような雰囲気は感じない。今は一生徒として見ているからか、はたまた俺の考えていたことは見当違いで全く別の何かなのか。あとで直接聞いて確認してみたいところだ。
今は『片翼』とやらの話を聞くのが先決。
「話をする前に、まずあなたのお名前をうかがってもよろしいですか?」
「かたっくるしい話し方だな。俺の名前はクロト。神坂クロトだ」
「少々変わっていますが、良い名前ですね。わたしの名前はフィアナ。フィアナ・エタナリアです」
「そちらこそお上品な名前で。ちなみに、その、エタナリア、っていうのはお前のファミリーネーム(名字)なのか?」
声が震えそうになるのをなんとか抑える。
俺がその質問をしたら、フィアナの唇がほんの一瞬ひきつった。やはり、何か特別な意味があるのだろうか。
「なぜ、そんな質問をするのですか」
「さっき名乗ったら、変わってるって言ったよな。あれ、神坂の方が名字なんだ。俺の出身地はちょっと特殊でね。どっちが名字なのか判別できないからだよ」
「そ、そうですか。質問返しをしてしまいすみませんでした。ええ、『エタナリア』がわたしのファミリーネームですよ。できれば名前、フィアナの方で呼んでもらえると嬉しいです」
大きな翠色の目がせわしなく転がっている。あきらかに動揺していた。
この様子だと追求しない方がよさそうだ。
知りたい。いつかまたもう1度同じ質問をしてみよう。
「わかったよ、フィアナ。さあ、お互い自己紹介も済んだし早く『片翼』とやらの話をしてくれ」
「はい、クロトさん」
「呼び捨てでいい」
「わかりました、クロトさ……クロト。『片翼』とは国の定めた制度の1つで、端的に言うとパートナー関係を結ぶことです。この制度を使うことができるのは国から認められたごく1部も生徒のみで、その数は大陸中でも100に満たないほどです」
「そのパートナー関係を結ぶとどうなるんだ?」
「『片翼』にも種類があって、制約の小さいものや大きいものがあるのですが、今回わたしが結んだのは第5位、最高位のものなので、その、えっと」
「どうした?」
言いにくいことなのか、下を向いてもじもじとしている。
見かねた学園長がここぞとばかりにふんぞり返って口を開いた。
「衣食住を共にするんだよ! だから君たちには『片翼』専門の寮部屋に住んでもらいまーす! いやぁあそこが使われるのはもう何年ぶりくらいになるかねぇ」
「……マジで?」
「マジもマジ、大マジですよ。男女間で『片翼』関係になる例はあんまりないからテンション上がるわー。あ、クロトくん、同じ部屋だからってヘンなことしちゃダメだよ? まあしてもわからないんだけどねあははー。でももしデキちゃったら大変なことになるからそこだけは注意してね☆」
「何を言ってるんだあんたはぁぁああ! んなことするか! そして学園長としてその発言はどうかと思う!」
「怒ったクロちゃんこわーい」
「変な呼び方すんな!」
はぁはぁと息を荒げながら幼児体型な学園長をにらむ。ここまで調子を狂わせられるなんて。紅音にからかわれたとき以来かもしれない。
「ご、ごほん! 話を戻してもいいですか?」
「あ、ごめんごめん、続けて~」
だからニヤニヤしながらこっちを見るんじゃない学園長。
「先ほどエレーヌ学園長が説明してくださった通り、その、この学園に在籍している間はわたしと一緒に暮らしてもらうことになります。ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
「いや、むしろ安全な寝床と食料が手に入るしありがたい」
「……ワケ有りのようですね」
「まあな。いつか話す。でも今は無理だ」
俺が異世界から来たという事実は隠しておいた方がいいだろう。誰にかぎつけられるかわかったものではない。かぎつけられたあとは、監禁、実験、とにかくタダではすまないはずだ。
元いた世界で、特殊な超能力を発現したやつの末路は、2つに1つだった。戦場で華々しく勝利をかざり英雄となるか、モルモットとして実験材料になるか。
かくいう俺自身も半ば軟禁されていたようなものだったしな。
「それより、お前こそいいのか? ロクに知らない男と生活することになるんだぞ?」
「わたし自身が決めたことですから」
整った顔立ちに浮かぶのは、やはりどこか諦めたような表情。
自分自身を見ているようで嫌になる。そして同時に、知りたい、という抗いがたい欲求が湧いてくるのも感じた。
どうしてフィアナは、こんな諦めきった目をしているのだろうか。
もしかしたら。もしかしたら、俺と同じような体験をしてきたのかもしれない……。
と、ここまで考えたところで思考をストップさせる。
他人に期待するな。勝手に自分が期待して、その通りにならなくて、裏切られたような気分になることなんて、もうまっぴらごめんだ。
俺が口を開きかけたところで、またしてもエレーヌとかいう学園長モドキが口をはさんできやがった。
「だいじょーぶだいじょーぶ、さっきの反応からするとクロちゃん確実にどーてーさんだから!」
「だから何を言ってくれちゃってんだこのロリババアアァァァア!」
「あーまた禁句をっ! 今度こそ許さないぞ! クロリアちゃん手伝って!」
「子どものケンカに付き合うほど私はヒマではありません」
「クロリアちゃんまでぇぇ! 見た目をディスるなんて最低だこの陰気どーてー少年に性悪メガネ!」
「「見事すぎるブーメランだな!(ですね)」」
ちなみにフィアナさんは、どーてーってなんなんでしょうとか言いながらひたすらオロオロしていた。ごめんな、こんな醜いやりとりを見せちゃって。