その出会いは必然か、それとも
目覚める。真っ先に思ったのは、まだ生きている、ということ。
息もできる。少なくとも宇宙空間に放り出されたわけじゃなさそうだ。
おそるおそる、目を開ける。
飛び込んできたのは、生い茂る木々と、突き抜けるような青空。
ここは、どこだろう。外国とかだったりして。いや、まだ国内かも。
飛ばされた直後で身体が痛むため、しばらく大の字に寝転がったまま空を眺めることにした。
もう随分と青空なんて眺めてこなかったから、何の味気もない景色さえ新鮮に映る。
そう、何の味気もない。ただ青い空と、白い雲と、何か巨大なものが飛んでいるだけ。大きな翼、竜のような頭、それはさながらワイバーンのようで……ん⁉︎ ワイバーン⁉︎
おいおいおい、嘘だろ。見間違い、じゃないなアレは。どこからどう見ても翼竜、ワイバーンだ。
ちなみになぜ竜、ドラゴンではなくワイバーンと形容したかというと翼はあっても腕がなかったため。一般的にドラゴンと呼ばれるものは翼と腕が両方存在しているがワイバーンの翼は腕が変化したもので……ってこれ以上はいいか。
幻覚を見ているか、はたまた機械仕掛けの何かか。
あえて楽観的で希望的な考えをしよう。
喜べ柊紅樹とかいう研究者。あんたの実験、大成功だよ。
本当に、来てしまった。異世界に。
注意深く周囲を見渡せば、確かに元いた世界とは違うことがわかる。世界中の植物を頭に叩き込まれてきたが、ここにある木々や草花はそのどれもが一致しない。
身体から次元移動の反動が抜けてきたところで、よっと立ち上がる。
筋肉、関節、すべて正常に動く。後遺症の心配はなさそうだ。
自由を手に入れた感想を聞かれれば、まだ実感がわかないとしか言いようがない。
まずは当面の生活基盤を整えなければ。近くに町かなんかあれば、下働きなりなんなりで金を稼いで、自立できるよう貯金する。
なければ探しに行くまでだ。この森で狩りや採集を行い、何日か食いつなげるよう旅の準備をする。
もし、この世界に人間や知能の高い生物がいなければアウトだが、そのときはそのときだ。孤独には慣れてるし、1人で自由気ままに生きていくとしよう。
何にせよ、まずは探索だ。近隣に町があればラッキー程度に考え、第一目的は肉、魚、水、木の実。何日もアマゾンに物資なしで放置されたときの経験を生かしてこれらの確保を迅速に行うとしよう。紅音が考えたあの地獄のアマゾン訓練がこんなときに役立つなんて当時は想像できなかっただろう。
早速、紅樹からもらった靴に光力を送り、近くで一番背の高い木に登る。
ふーむ。ここからじゃひたすら広がる森ぐらいしか見えないな。
一通り見まわしてから、とりあえず北に進もうと木を降りたそのとき、耳に爆発音のようなものが飛び込んできた。
「『迅雷』」
即座に光力で二振りの小太刀を生み出して構え、姿勢を低く保つ。
発生源は南南東。
複数人の怒号が、徐々にこちらに迫って来ている。
「追え、逃すな!」、どうやら誰かが逃走し、それを追う者がいるようだ。
ん、ちょっと待て。この言語は……英語、だろうか。イントネーションが少々異なるが、聞き取り、理解することができる。
異世界なのは間違いないはずだ。なのに英語を話すものが存在する。これはどういうことだろう。俺以外に先にこの世界に来た者がいた――いや、それはない。次元移動の研究は紅樹が基礎理論のほんの一部をごく最近公開したくらいだ。
他に考えられるのは、こっちの世界も、俺がいた世界と同じような歴史をたどってきたため、自然と言語も同じようなものになった、という可能性。
これは都合が良すぎるような気もするが、事実は小説より奇なりっていうしな。
ともかくトラブルに巻き込まれるのだけはゴメンだ。
再び木の上に登ろうとしたとき、行動に移すのが遅かったことに気付いた。
人が、飛んでくる。
避けることは簡単だ。普段の俺なら間違いなく避けていただろう。
しかしこの世界ではじめて接触する人間に興味がわいてしまった。
「きゃあ~」
よわよわしい悲鳴をあげてふっ飛ばされて来たのは……女の子?
勢いを殺しながら身体を支えてやる。俺より10cmくらい背が低いからか上手く受け止めることができた。
白髪とは違う、ツヤのある銀髪。
突然のことに驚きまんまるに見開かれている、エメラルドのような翠色の瞳。
目と目がばっちり合う。
思わず見とれてしまいそうになるくらい、いや、それは今関係ないか。
「よっと」
ずっと腰に手をまわしたままというのはアレなので、肩をつかんで立たせる。
「あなたは、なぜこんなところに……いや、今はそんなことより、早く逃げてください! このままここにいると、巻き込まれてしまう」
そう訴える様子は切実で、つい従ってしまいそうになる。
ここで関わってしまえば、本人の言う通り面倒に巻き込まれるのはわかっていた。
でも、逃げることはできなかった。
目だ。
俺と、そっくりだった。鏡を見るたび嫌な気分になる、目。
すべてを諦めきった目。一縷の希望さえ信じることの許されない者の、目。
「お前、追われてるんだろ。助太刀してやる」
「何を言っているんですか!? わたしとあなたは初対面のはずですよね!? それにあの人数です。わたしたちだけでは、敵いっこありません――」
「やってみないとわからないじゃないか」
俺はすでに前方に意識を向けていた。
うわぁ、足音だけで判断してもゆうに20人は超えてるぞ。
「もう、危ないって言ってるのになぜあなたは……どうなっても知りませんからねっ」
「心配するな。何かあってもお前のせいにすることはないから。ほら、そろそろくるぞ。戦えるか?」
「……はい、おそらく」
すぐ隣の女の子は1本の小さな短剣を手に、瞳を閉じていた。
集中力が熱をもっているかのように、肌に伝わってくる。何をしようとしているんだ?
――まさか。
遠目に複数の追っ手が見えたところで、女の子は目をカッと見開き、呪文のような言葉を放つ。
「呼応せよ――地神の怒り(グランド・ウェイブ)!」