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二人部屋

「ふぅ、さすがに疲れたな」


 新しい環境で過ごす1日は特に疲労を感じる。


 日課のトレーニングもすましてきたし、後は教科書を読み直して寝るだけだ。

 習慣というものはおそろしい。一旦刷り込まれてしまうとなかなか書き直すことができない。習慣が変われば人生が変わるって言葉、あながち間違いじゃないかも。そのせいでこっちは毎日毎日からだがぶっこわれそうなくらい自主訓練しちゃうしもう大変。


 俺とフィアナに与えられた部屋は、学生が住むには少々大きすぎるくらいだった。20畳以上はありそうだ。

 フカフカの絨毯に高級感のあるテーブル、イス。照明なんか小さめのシャンデリアですよ。オサレなランプもいくつか。

 しかも授業中に学園のスタッフが掃除しておいてくれるそうだ。いたれりつくせりだな。『片翼』制度おそるべし。


 でも、将来優秀な兵士になるかもしれない生徒に高待遇を、というのはわかる。生徒側もここまでしてくれる国のために頑張ろう、ってなるかもしれない。


 ん、待てよ。ここは兵士、魔術師を育てる学園だ。ならゆくゆくはフィアナも兵士に?

 憲兵に追われているときフィアナは一瞬、戦いに躊躇する素振りを見せた。それに、自分のせいで誰かが死ぬことは耐えられない、とも。

 そんなフィアナが兵士になれるのだろうか。戦場で人を殺せるのだろうか。その辺どう考えてるのか聞いてみないとな。なんてったって俺の進路にも関わることだから。


 元の世界みたいにまた戦争の道具にされるかもしれないが、このどこか頼りないフィアナを支えてやるというのも悪くない。

 そもそも、元の世界でだって、紅音と一緒なら戦争の道具になることだってかまわなか……考えても仕方ないか。


 今は自由を満喫する。それでいいじゃないか。

 さて、汗かいたし風呂でも入ろうか……んっ?


 シャワールームから音がする。音程外しまくりの変な鼻歌も。

 部屋の中にいないと思ったら先に入ってたのか。

 仕方ない。先に歯でも磨いておくか。

 洗面所のすぐ横にシャワールームがあるから、声をかけておかないと。


「お~いフィアナ、今からちょいと洗面所使うからまだでてくるんじゃ」


 ガラッ。


 あ。


 お互い何が起こったのかわからず石のように固まる。


 やめろ。フィアナの目から視線を外すな。視界の端にわずかに映る流麗な曲線など気にしてはならない。そう、戦場においても視線がぶつかった際に先にそらすと


「きゃっ!」


 フィアナは恥ずかしそうにそう小さく叫ぶと、その場にちょこんとうずくまった。


 ……なんというか罪悪感がすごい。大きな声で叫ばれるか、殴られるか、魔法をぶっぱなされるか(この学園ではいついかなるときもアークを携帯する義務があるそうで、なんと風呂にまで持ち込んでいる)と思ったが、まさかこんな反応をされるとは。


「す、すまん! わざとじゃないんだ!」


 元の世界では非常事態でこそ冷静になれとたたき込まれてきたが、こういうのはなんか違う気がする。いや、ハニートラップに属すのか?


「それはわかってますから、あの、その」

「そうだよなオーケーすぐ離脱する!」


 デンジャーエリアから脱出完了。指令、次の指示は。

 ――さきほど記録した映像を本部に送れ。

 どうかそれだけは!

 ――キサマ独り占めする気か!


 なんて、アホ極まりないことを考えるくらいにはパニック状態に陥っている。


 急に飛び跳ねはじめた心臓と、脳裏に焼き付いたフィアナのまっしろなほにゃららを思いだそうとする脳ミソを必死に抑えるために深呼吸を繰り返す。

 ある程度落ち着いてきたところで、以前にもこんなことがあったなあと思い出す。


 あれはいつだったか。俺専用の風呂場を勝手に使ってた紅音とまさに同じ状況になり、そのときは特大の超能力を喰らって、あれ、記憶が混濁してき、て、いや違うんですごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


 今度は身体が急速に冷えてきたため、心を無にしてやりすごす。


『片翼』として一緒に住むにあたって気まずくならないようにこういう事態は極力避けるべきだったのに初日からこれか。


「もう着替えたので大丈夫ですよ」


 ピンク色で、よくわからない動物のキャラが描かれたかわいらしいパジャマを着たフィアナがおずおずとやってきた。


「その、なんだ、さっきはすまなかった」

「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。クロトが洗面所に入ってきたことに気づいていれば」

「いやいやあれは完全に俺の落ち度であって」


 というようなやりとりを何度か繰り返し、お互い言い疲れたところで、どちらともなくのろのろとベッドの方へ向かう。


 事前に決めてあったわけではなかったが、2段ベッドの下の方にフィアナ、上の方に俺と自然に移動した。


 フィアナは読書、俺は予習とそれぞれ一言もしゃべることはなく、ゆったりとした時間が流れる。


 時計の針が0時を指した瞬間に、俺とフィアナは同時に教科書、本をパタンと閉じ、就寝の準備に入った。こういうところだけ無駄に『片翼』っぽいな。


「そろそろ灯りを落としますね」

「たのむ」


 部屋の中の灯りが1つ、また1つと消えていき、ついに光源は月光のみとなった。


 驚いたことに、模様、クレーターの形こそ違うが、月がある。なんという偶然だろう。


 月は、太陽の光がなければ輝くことができない。大きさも太陽とは比べものにならないほど小さい。


 だからこそ、俺は月が好きだ。この世界にも月があって嬉しく思う。


 ちょうど満月なのか真ん丸なそれをベッドからぼーっと眺めていると、下の方から、少し高めでか細い声が聞こえてきた。

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