テンカウント
『纏雷』
身体の中心で練った光力を全身にくまなく供給し、肉体を強化する。紅樹にもらった靴にも光力を流すことにより、機動力をさらに向上させる。
『疾雷』
出現させた5本のクナイをすべて放ち、詠唱を中断させる。
『紫電』
バックステップで後方に移動した相手を瞬時に追い、出現させた刀を首元に押し当てる。
「戦闘終了だ」
「……くそっ!」
ドロシーとかいう金髪の生徒は、静かに両手を上げ、降参の意を示す。
他の生徒たちが今の戦闘を見て一斉にざわつきはじめる。
「おい、まだ10秒も経ってないぞ」「あいつ詠唱してなくね?」「ドロシーは魔法に頼り過ぎてるからもっと体術を磨けとあれほど」
それらの声を聞き流し、ドロシーから刀を放してすぐ近くで戦闘を行っているフィアナの方へ視線を移す。
ちょうどお互い詠唱が終わり、魔法と魔法が正面から、ぶつかる。
そして、その決着も一瞬でついた。
明らかに、フィアナの放った魔法の方が巨大だった。デュランとかいうこげ茶の髪の男が放った水流を、その倍以上もある大きな炎の塊がすべて蒸発させる。
炎の塊はあわやデュランを飲み込む寸前に爆散し、吹き飛ばす。
「そこまで!」
教師の一声で演習が終わる。
1分にも満たない時間だった。
「おつかれ、フィアナ。俺の助けなんて必要なかったな」
「いえ、クロトがドロシーを早く倒してくれたおかげで、安心して自分の戦いに集中できました」
「にしても、フィアナってわりかし強いんだな」
まだ比較対象がそんなにあるわけではないが、最初にこの学園にきたときに見た他クラスの演習、そしてこのクラスの演習の中で、フィアナほど詠唱終了が早く、かつ威力の高い魔法は見たことがなかった。
「ドロシーとデュラン、2人とも魔術師ランクはDですから、力の差があるのは当然です。グレイステインさんが相手だったらもっと苦戦していたでしょう。それにドロシーをあんなに早く倒したクロトに言われても……ここまで早く決着がつく演習、今まで見たことがないです」
「俺の場合ちょいと特殊だからなぁ」
超能力者と魔法使い(いや、魔術師か?)が戦う場合、1体1なら発動の早い超能力者の方が有利だ。しかし多対多となると話は変わってくる。
「そこの2人、いつまでもしゃべってないで早く後ろに下がりなさい。まだまだ他の生徒の演習は残ってるのよ~」
おっと、少し話しすぎたか。
おとなしく演習の被害がでない位置まで下がる。
味気なかったな。もう少し骨のあるやつとやらなきゃ訓練にならない。紅音くらい強いやつじゃなきゃな。まあのレベルとなるとこの学園には学園長と副学園長くらいしかいないだろうけど。
さて、もううちのクラスの演習はほとんど終わっている。次が最後の組だ。
陽光をキラキラと弾く水色の髪をたずさえながら、優雅に歩くその姿。
瞳には必ず相手を倒すと言わんばかりの強い意志が宿っている。
アイス・グレイステインさんである。手には白銀の長剣型アークが握られていた。
その彼女は定位置につくなりこちらに振り返り、剣の切っ先を突きつけながらやたら力強い声でこう言い放ってきた。
「見ていろ、カミサカ! 私がキサマより優れていることを証明してやる!」
「オーケーオーケー、しっかり見といてやるから安心しろ。熱くなりすぎて溶けるなよアイスクリームさんよ」
「な、何だその言い方は私を侮辱しているのかぁー!」
「してないしてない。ほら、もうすぐ演習はじまるぞ」
「フン! ……フィアナ、この演習で私の方がカミサカよりも優秀だと証明してみせるから、『片翼』の件、もう1度考え直してほし」
「それはないです」
「そんなぁ!」
う~ん、なんだろうな。きっとフィアナ関連じゃなきゃこんな残念感はでないんだろうなと思わざるを得ない。
「グレイステインさん、そろそろはじめますよ~」
「……はい」
さきほどとは打って変わって真剣な表情になる。
両手を胸元に、長剣を縦に構える。剣道の八相の構え、野球のバッティングフォームに似てるな。
「戦闘、開始!」
グレイステインが勢いよく飛び出し、相手に斬撃を加えようとする。
棍棒型のアークを持った相手も応戦するが、防ぐので精一杯のようだ。
両者はアーク、武器での戦闘を行いながら同時に詠唱していた。
今までの演習ではちらほら見られた光景だが、グレイステインほどレベルの高いものは見たことがない。たいていは武器での戦闘か詠唱、どちらかがおろそかになっていた。現に今も相手の方は剣を防ぐのに精一杯で詠唱がおぼつかない。
よって、相手より遙かに早くグレイステインの魔法が完成する。
「凝固せよーー冷たき鎖」
剣との接地点である棍棒から手、腕と急速に凍結していき、瞬きする間に相手は全身くまなく氷漬けにされてしまった。
「そこまで! 魔法を解きなさい!」
グレイステインはその長い水色の髪をしゃらんとなびかせながら相手に背を向け、指をパチンとならす。
その瞬間、魔法が溶けた。
対戦相手は四つん這いになり、呼吸もままならない状態だ。即座に保健室へと移送される。
大口を叩くだけはある。強い。見たところこのクラスではこいつとフィアナの2強だな。
「あいつ、他の生徒とは比べものにならないくらい強いな」
「あれでも一応この学園に6人しか存在しないSランク魔術師の1人ですからね。あれくらいできないと困ります」
相変わらずアイスさんには手厳しいことで。
ほら、当の本人はどうだとばかりに大きな胸をはってらっしゃいますよ。
もちろんフィアナはそちらを見向きもしない。
また何かギャーギャー言ってるが教師になだめられてすごすごと下がっていく。
うん、まあアイスさんのことはいいとして。
こうやって実戦を通して魔法というものを知ることができてよかった。願わくばグレイステイン、フィアナとも手合わせしていみたいものだ。2人とも頼んだらそれくらいしてくれそうだけど。
……ダメだな、まーた戦闘脳になってる。いまさら穏やかな生活など望むべくもないが、自ら進んで荒っぽいことに首を突っ込むことはないじゃないか。
でも、もしフィアナがまた憲兵等に追われたとき、殺さず無力化しつつ追い返すことができるだろうか。
もっと訓練が必要だ、今まで自分は偏った訓練を受けてきた。1対1で相手を確実に殺すことや、多人数を纖滅する方法などなど。
この学園で演習を重ねればきっと戦闘スタイルを変えることができる。相手を殺すのではなく、生かしつつ無力化するような、そんな戦い方ができるようにならなければ。
『それだけは! それだけは、やめてください。わたしのせいで人が死ぬのは、もう、耐えられないんです』
あのときのフィアナの言葉を思い出しながら、密かに決意を固める俺であった。