柵の中の花
そんなこんなで昼休み。
「さぁフィアナ、今日こそ私と昼ご飯を」
とか言ってるアイスさんをこなれた様子でスルーしたフィアナさん。俺はかわいそうな人を見るかのようにグレイステインを一瞥しつつ「そ、そんな目で見るな!」スタスタと歩いていくフィアナのあとをついていく。
クラスの友達と一緒に食べる、というわけではなさそうだ。まぁそんなことは今までのことからわかっていたが。
むしろ、フィアナの方から他人を遠ざけているフシもあるしな。そりゃ『片翼』だってつくらないか。
「なあフィアナ、どこに向かうんだ?」
「まずは食堂でお昼ご飯を調達します」
「やっと食料にありつけるぜ」
「クロトは飢えた獣ですか。ふふふ、でも楽しみです。『片翼』制度によって1番値段の高いお弁当も無料で提供されるんですよ」
一見地味だが、これが毎食となると相当デカいぞ。一文無しの俺にとってはありがたすぎて涙がでてくるよ。
「なんて素晴らしい制度なんだ」
「国からもらえる分はもらっておきましょう。わたしもこれを食べるのははじめてなので楽しみです」
教室にいるときとは違い、ちょっと嬉しそうな表情をしているフィアナ。そうしている方がよほど魅力的だし、こいつの性格なら友達とかもすぐできそうに見えるが、いかんせん本人がそれを望んでいないからな。
格式の高い廊下を進み、1階に降り、少し進んだところに、食堂があった。
海外の高級レストランのような豪華さである。学生の食堂にわざわざシャンデリアなんてよほど金が有り余ってるんだなきっと。
『片翼』の証明書を見せて弁当を受け取り、その場から移動する。どうやらここで食べるわけではなさそうだ。
俺も移動に賛成。食堂にいる生徒がやたらこっちをジロジロ見てくるから落ち着かなくってしょうがない。
数分の移動ののちたどり着いたのは、一面ガラス張りの大きな建物。
中には太陽の光をやわらかに反射している多種多様な植物たち。
温室だ。この学校にはこんなものまであるのか。
「この時間、ここにはほとんど人が来ないんですよ。日焼けするとか直射日光で暑いとか言って」
「いつもここで食べてるのか?」
「ええ。おかげで涼しくて過ごしやすい場所を見つけられました」
そう言い、勝手知ったる、といった風に温室の中をすいすい進んでいくフィアナ。
特に植物の密集した奥まったところに、小さなベンチがあった。大きな葉がまるで日傘のようにベンチの上の方に居座っている。ここなら日光も当たらないし涼しそうだ。
フィアナは先にベンチの右の方に座り、少しだけ頬を赤く染めながら、ここに座れとばかりに隣をポンポンと叩く。
あざといなあと思うのは俺だけだろうかしかし単純なことに少々ドキッとしてしまうのは男のサガ。
ポーカーフェイスをよそおいつつ大人しく隣に腰掛ける。
「この学校の授業をはじめて受けて疲れたでしょう? ここでおいしい空気を吸いながらゆっくり食べましょう」
この学校どころかこの世界のどこの授業も受けたことないんだけどな。
お言葉に甘え、ゆっくりと味わいながら食べる。
うまい。このお金のかかってそうな学校の、1番高い弁当だけはある。何の食材かは全くわからにがとにかくうまい。
数分間、おだやかな時間が過ぎる。
聞こえるのはもぐもぐ咀嚼する音と、温室の中にいる鳥の鳴き声のみ。
さっきの授業のときもそうだが、こういう風に過ごすのは本当に久しぶりで新鮮だ。軍にいた頃なんてスケジュールでガチガチに縛られていたし、食事も栄養やら超能力を向上させるためのうさんくさい成分やらで全く味気なく変化にとぼしいものだったしな。
弁当が半分くらい減ったところで、気になっていたことを聞いてみることにした。
「あのさ、さっき俺のこと、疲れてるって言ってたけど、フィアナの方が俺よりよっぽど疲れてるように見える。そんなに学校が嫌か? 他人と関わるのが怖いのか?」
「そ、そんなことは! ……ありません、けど。どうしようも、できないんですよ」
「よかったら、理由を話してはくれないか」
「話したくありません。特に、『片翼』であるあなたには。それに気持ちのいい話じゃないですから」
「そうか」
『片翼』である俺には特に、とはどういう意味だろうか。考えてみたが、わからない。
「……クロト、向こうの柵で囲まれた場所に、藍色の花があるでしょう?」
「ああ。あのちっこいのな」
「そう、あの小さな花。あれ、実は強力な毒を持ってるんです。一昔前はよく暗殺等で使われていたそうです。……あの花だって、人間を殺すために咲いてるわけじゃないはずです。ただ外敵から身を守るため自然と毒を持つようになっただけで、本当は、どんな生物も殺したくないのかもしれません。外敵のいないおだやかな世界だったら、毒を持つことなくただただ慎ましく咲いていただけでしょう。それが人をも殺すような毒を持ってしまったばかりに暗殺に利用され、今はその危険性から、ああやって柵の中に閉じこめられ、管理されている」
そうやって語るフィアナの横顔は哀愁に満ちていて、まるでそこに存在していないかのような儚さをたたえていた。
そして、前を向いていたフィアナは、ゆっくりとこちらに向きながら、つぶやくように言葉を吐き出した。
「わたしは、あの花を見るたびに無性に哀しくなります。でも、なぜか目が離せない。なんででしょうね」
「……さあ、俺に聞かれても」
実は、俺もあの花の話を聞いてから、目が離せなくなってしまっている。どうしても、かつての自分自身と重ねてしまって。
このタイミングでこういう話をするということは、そういうことなんだろうな、とぼんやりと見当がつく。きっと、はじめてこいつと会ったときに感じた、自分と似ている、という感覚は間違ってはいない。こちらの身の上話をすればもしかしてフィアナも話してくれるかもしれないが、そうはしない。聞いてて気持ちのよい話でもないしな。あ、フィアナと同じこと言ってる。
「そう、ですよね。すみません、変な話をしてしまって。お昼休みも残り少ないですし、急いでお弁当を食べちゃいましょう」
小さな手と口を一生懸命動かして食べているフィアナは、いつも通りの彼女に戻っていた。
俺もあわてて弁当を胃に押し込む。
こうしてこの学校でのはじめての昼休みは過ぎ去った。