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重なった偶然の果てに

挿絵(By みてみん)


「くそ、なんで転移して早々こんなことに……!」


 複数人から放たれる超能力カタストロフらしきものを避けながら思わずそうこぼす。

 本来、俺の戦闘スタイルはこういう森の中でこそ発揮されるものだが、それはあくまで1人で戦う場合を想定したもので、今回はそうではない。


 視界の端に、捕らえられている女の子が映る。

 これ以上援軍に来られたら厄介だ。一気にカタをつけなければ。


「『迅雷じんらい』」


 身体の中の光力オラクルを練り、複数の小太刀を具現化して放つ。

 それらは相手のふとももに突き刺さり、動きを封じた。


 残り2人。


 一息ついている間に俺は、光力が巡り強化された身体に意識を集中させながら、なぜこんな状況に陥ったのかを思い出していた。




 訓練が終わった。


 俺は訓練着から軍服に手早く着替え、そそくさとその場を後にする。

 毎日、この繰り返しだ。終わることのない訓練の日々。


 アザが1つに軽い擦過傷が2つ。これでも少ない方だ。昔なんて何度骨折したことか。

 傷を眺めながらだらだらと歩き、「第七研究室」というプレートがかかった扉の前で足を止める。


 もう、うんざりだ。


 2年前のあの日、生きる意味を見失ってから、ただただ何も考えずに日々を送ってきた。

 それも、今日で終わり。無価値で無味乾燥で無感情な日々にピリオドを打つ。


「――認証しました」


 手首に埋め込まれたIDチップを認証させ、扉を開ける。

 そこは、1人の研究員に与えられたものとは思えないほど規模の大きな部屋だった。


 チカチカと瞬く計器類に、何に使うんだかわからない鉄の塊。

 散らばった多数の書類からこの部屋の主がズボラだということがうかがえる。


 足元に散在する謎のパーツを踏まないようにしながら、奥へ奥へと進む。

 ここに来るのが久しぶりすぎて、まるで未開のジャングルを歩いている気分になる。


「おや、この部屋に来訪者とは珍し……ってクロトくん!? これは驚いた。君が僕に会いに来てくれるのなんていつぶりだろう」

「さあな。俺も覚えてない」

「だろうね。ところで、今日は何の用でここへ? ただ顔を出しにきただけってわけじゃないだろう」


 メガネをくいっと上げながらこちらにそう問いかけてくる。


 この男の名は柊紅樹ひいらぎこうきという。俺のよく知る人物の父親であり、国内きっての超能力カタストロフ研究者。

 ガリガリに痩せていて背ばかりひょろりと高い。光沢を失いぼさぼさになった赤髪を後ろで1つにしばっている。


「頼みごとをしに来た」

「君の頼みだ、可能な限り聞こうじゃないか」

「あんたがつくった、光力オラクルを多量に注ぎ込むことによって次元移動を可能にするっていう装置、あれの被験体になりたい」


 それを聞いた紅樹はガタッと音をたてながらイスから立ち上がり、信じられないようなものを見るかのような目でこちらを見てきた。


「君、自分が何を言っているのかわかっているのかい!? 通常の能力者ならまだしも君があの装置を動かしたら、下手したらこの星の外、別の惑星や、それこそ異世界にたどり着いてもおかしくな……もしかして、それが目的?」

「ご明察。さすが頭の回転が速いだけはあるな。その通りだ。俺は、俺の存在が知られていない、どこか別の世界に行きたい。監視の目がない世界に」

「……そうか。クロトくん、君の考えていることは、なんとなくはだが、わかる。本当に、なんとなくだけど。でも、あの子から君の世話を頼まれている身からしたら、おいそれと頷くわけにはいかないんだ」

紅音あかねは。紅音は、俺に、いつか自分自身の手で自由を勝ち取れと言った。でも、この世界に自由なんてない。自由どころか希望もない。このままいけば、俺はただの戦争の道具になるだけだ。だから、たとえ1%でもいいから可能性にかけたい」


 俺はここ2年で板についた無表情で、それでも決意を込めた瞳で、紅樹を見つめる。

 紅樹はそんな俺の視線を、逃げることなく受け止め、己の中で吟味するかのように目を閉じ、数十秒たったところで、答えを口にする。


「いいだろう。君に、この装置の被験体第一号に任命する」

「ありがとう。助かるよ」

「ただ、装置の起動はこれがはじめてだ。何が起こっても不思議じゃない。失敗して次元の狭間で一生さまようことになるかもしれないし、宇宙空間に放り出されるかもしれない」


 知ってる、だからこのタイミングで頼みに来たんだ。別の誰かが被験体になって失敗したり、装置が壊れたりしたらたまったものじゃないからな。


「わかってるよ。そうなってもかまわない。この生き地獄よりはマシだ。でも、無事にどこかの惑星、異世界にたどりつける可能性も、0じゃないんだろ?」

「もちろんだ。理論上なら確実にできる。君の光力オラクルならね」


 さすが研究者。自分の研究のことになるとムキになるようだ。そのくらいのプライドがないとやっていけないのだろう。


「その言葉で十分だよ。さぁ、準備をはじめよう。もう監視カメラにダミーは流してあるんだよな?」

「君がここに来たときからやってるよ。ただ僕の力を持ってしても長くはだまし続けることはできない。今後僕が君の失踪に関わったと疑われないようにするためにも、余裕をもってあと15分ってところかな」

「さすが世界トップクラスの研究者」


 適当に褒めながら、俺は紅樹の後ろにある、この施設の中で最も大きい装置の中に入る。


「お世辞はいいよ。その中にあるリングを両手首、両足首につけて。最後に、ヘッドギアを。時間がないからすぐに光力を吸い出す」

「あいよ」


 指示のままに装着して、俺の中の光力が吸い出されるのを静かに待つ。


 やっと抜け出せる。逃げ場のないこの世界から。


 紅樹は失敗する可能性もあるとか言っていたが、俺は確実に成功すると踏んでいる。


 だってこの研究者は、今まで1度も失敗したことがないのだ。普通の研究者はトライ&エラーを繰り返して成功に近づいていく。けれどこの男の頭の中の理論、設計図は、表に出したらたちまち成功する。1つの例外もなく。


 まったく、娘の方も分野の違いはあるとはいえ、この親子は化け物だよ。


 装置がゆるやかな駆動音を奏でる。身体に取りつけられた部分から光力が移動していくのがわかる。


「このペースだったら5分でフル充填できそうだ。まさかはじめての実験で最大エネルギー起動できるなんて想定していなかったよ」


 さっきまでシリアスモードだったのに今は上機嫌さが隠し切れないほど声が弾んでいる。やっぱり実験したくてたまらなかったんだな。

 そこを指摘するのではなく、俺は前々から思っていたことを口にだすことにした。


「なぁ、深読みしてもいいか」

「唐突だしそもそも許可を求めるようなものでもないね」

「この装置、実は俺に紅音を探しにいかせるためにつくったんじゃないか?」


 これも推測だが、おそらくこの装置を100%稼働させるためには、俺じゃなきゃ不可能だったはずだ。それはさきほどの発言からもわかる。


「それはない。僕は私情なんてはさまないよ。あるのは己の探究心だけさ」


 紅樹はこちらに背を向けているため、表情をうかがい知ることはできない。だから、それが嘘か真かは判断することができない。

 まあ真偽なんてどうでもいいのだが。ちょっとした好奇心だ。


「それを聞いて安心した。そんな任務まっぴらごめんだからな。間違った深読みをしてすまない」

「おや、これは意外だ。てっきりその深読みは君の願望に基づいたものだと思っていたのに」

「俺が、紅音を探しにいくために披験体に志願したっていうのか? バカなことを言わないでくれ。紅音はもういない。捜索班、果ては探知系の超能力カタストロフを使っても遺体を見つけられなかったんだ。仮に、紅音が生きた状態で異世界に飛ばされたとして、俺が偶然同じ世界に飛ばされて再会できるのなんて天文学的な確率だろう。そんな可能性を信じるバカはいない」

「何も僕はそこまで言ってないんだけどね。まあその通り。これでお互いこの実験は自分自身のために行っている。そう言えばいいわけだ」

「言い方がむかつくけど、そうだ。契約内容確認みたいなものか」

「はいはいわかったよ。さあ、もうそろそろチャージ完了だ。最後に確認するけど、いいんだね? 戻れなくなっても」

「いい。こっちの世界に未練なんてこれっぽっちもないからな」

「……しっかりと、データをとっておくよ。IDチップから座標を割り出せるかもしれないし、迎えに行けるかもしれない」

「それは不要だ。俺のデータを使って今後の研究に役立ててくれ。この研究が上手くいけばテレポートできるかもしれないんだろ? 世界的な発明じゃないか。その被験体第一号になれるなんて幸せだなぁ」

「そんな棒読みで言われてもなぁ。あ、もう大丈夫だよ。このボタンを押せばいつでもいける」

「頼む。押してくれ」

「あ、その前に」


 紅樹が何かを持ってこちらに歩いて来た。


「おい、何してるんだ」

「ちょっとしたプレゼントだよ。だって今日は、君の誕生日じゃないか」

「そういえばそうだった。忘れてたよ」

「もっと自分に関心を持たなきゃダメだよ。16歳の誕生日、おめでとう」

「あんがと。あんたは自分大好きだよな」

「そうそう、僕は自分が大好きで……って今は君の話だよ! そう、僕はちゃんと覚えていてこうやってプレゼントも用意していた。今日君が来てくれなかったらどうしようかと思っていた。まさかこんなことになるとは思わなかったけど。さて、装着完了!」

「これは、靴か?」

「ただの靴だと思うかい?」


 今までプレゼントと称して色んな発明品を受け取ってきたが、ジョークグッズばっかりでうんざりしてきたものだ。訓練で使おうと思ってた銃から花吹雪が舞い散ったときにはこの男の命を散らしたくなったのも良い思い出。


「まさか。でも、ジョークグッズとかだったら普通のやつの方がマシかも」

「ギクッ、なーんてね。今回は珍しくホンモノだよ。光力を流し込むことによって移動速度の向上はもちろん、短時間なら壁や水上を走ったりなんかも可能だ。きっと、君を助けてくれる」

「それは便利そうだな。俺の戦術にもピッタリだ」

「そうだろうそうだろう。さ、これで僕にできることはすべてやった。あとはこのボタンを押すだけ。……最後に、君に言いたいことがあるんだけど」

「聞く」


 そんな父親みたいな顔するなよ。嫌いなんだ、その表情。


「僕が言えたガラじゃないけど、いつまでも紅音にとらわれないでほしい。背負うべきでない罪を、自分のために背負うのは、やめてほしい」

「紅音のことを吹っ切ったからこの実験に参加することにしたんだ。でも、俺のせいで紅音が」

「それ以上言ったら怒るよ」

「……ごめん。世話になったあんたの言葉だ。肝に命じておく。もし、異世界にたどりつくことができたら生まれ変わったような気持ちで過ごすよ」

「それがいい。昔のことなんて忘れてしまうのが君にとっての最善だ。君はこっちで十分苦しんだ」

「どこに行っても生きている限り苦しみは続くけどね」

「環境は人を変える。良い方向に変わることを、僕は信じている。それにしても君のその子どもっぽくないところはどうかと思うけどね」

「余計なお世話だ。んじゃ次は俺の番だな。時間もないし手短に言う」


 こんなことを他人に伝えるのはいつ以来かな。やっぱり2年前からだろうか。もう自分がどんな性格だったか忘れた。


「今まで、本当に、世話になった。あんたは、この場所で唯一信頼できる大人だったよ。ありがとう」


 紅樹はまた目をまん丸にしてこちらを見ていた。今日はよくその顔するな。


「君がそんなことを言うなんて……こちらこそ、ありがとう。こんなおっさんを信頼してくれて」

「さあ、ボタンを」


 次の瞬間に訪れるであろう衝撃に備えマウスピースをはめ、目をギュッと閉じる。


「じゃあ、押すよ」


 最後の最後に俺の頭を軽くなでてから、紅樹は装置から離れる。

 くそ、頭をなでられるの嫌いだって知ってるくせに。でもまあ、最後くらい、いいか。


 装置から発せられる駆動音が大きくなりはじめる。


 それに伴い、身体が徐々に徐々に重くなっていく。


 途切れそうになる意識の中で、俺は、何を考えていたのだろう。


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