クスコの変~仲成海外移住記~
「チュリ=アルチ・ウマカイを皇帝に任命する。」
遂に、俺が玉座につくこととなった。日本では冷遇され、暗殺されたことになっている俺が皇帝となったのだ。
事の発端は、薬子の変である。平城上皇と嵯峨天皇の争いで、上皇側についた俺は謹慎の身となり暫くは籠っていた。しかしながら、死の予感を感じて船にのって逃亡した。
これが大当たりだった。天皇側は、何処の者かもわからぬ人を藤原仲成と称して暗殺したのだ。
これを聞いたときは国内にいたが、いずれ見つかってしまうと思い、船を未知なる東の方へ向かわせた。
まだ夏ではなかったため、水不足になることはなかった。
未知なる大地に足を踏み入れ、草花を採取しながら、ついにこの帝国に辿り着いたのだ。
一つ問題が生じた。辿り着いたのは良いものの、言葉が分からなかった。唐には中国語がある。それは重々承知していた。勿論、近くでも言葉が通じないのだから、他にもあるのだろうとは予想していたのだ。
このままでは結婚も出来ぬ。一体俺の人生なんだったんだ。
暗殺犯から逃れる為だけだったのか?この渡航はよ。
俺は、どうせ出世できないならあの時点で暗殺されてしまえばよかったんだ。とも思っていた。
しかし、あの人が現れたのだ。
「この人に衣服を分け与えて下さいませんか。」
その男は現地人と話をして衣服を貰い、俺に手渡してくれた。
「貴方は日本人ですよね。」
「日本語が話せるんですか?」
「勿論、私も日本から逃げてきたものでね。」
「お名前は何と言うのでしょうか。」
「山田与七郎と申すものです。貧しさに耐えかねて此処まで来てしまいました。」
「俺は、藤原仲成と言うものだ。」
「まさか!あの藤原が何故だ!黙っていても天下人で居られるのに。」
「山田さん。天下取りは藤原北家のみですよ。我ら藤原宇合の藤原式家は疎まれる一方で。」
「そうなのか。さてはインカ帝国の皇位でも狙いに来たのか?」
「皇帝?帝は天皇と中国だけにしかおらんのでは?」
「ワシもそう思っていたがこの地には呪術的手段で治める皇帝が居る。」
「どうりで、顔が似ているわけだ。」
「似ているって何が?」
「邪馬台国の人々とだよ。俺達とそっくりじゃないか。」
「でもそんなことはない。言葉が通じないのだから。」
「もしかして、邪馬台国の人々が使っていた言葉かも知れませんよ。それより、山田先生、この国の言葉を教えて頂けませんか?」
「良かろう。だが、約束してほしい。必ず、皇帝になった暁には日本国と通商をして、税の引き下げをするよう求めることを。」
「勿論です。ここにはここの良さが、日本には日本の良さがありますからね。」
そうして、俺は、山田与七郎を先生にして基本的な言葉を話せるようにした。この頃より日焼けしてインカ人と見間違われるようになった。『チュリ=アルチ・ウマカイ』と名乗ったのもこの頃である。ウマカイの子孫という意味だ。頑張って言葉の習得を重ねていった。
五年もすればだいぶ話せるようになっていた。最早、誰も外国人だとは思わないだろう。貴族の世界で色々と学んでいたので、頭の良さは冴えていたのだ。
そんな中、彼は、日本で言うところの太上天皇、政治を司るところの王となった。神官の座は当然インカ帝国の皇帝の子供である。上には一人居るが政治を司るところに彼が就いたのは異例であった。
「我が皇帝だ!何故。インカ帝国の旧塵に屈さなければならん。」
それを不服としたチュリ=アルチは、神官の位を得ようとして、革命を起こした。クスコの変である。
それをよく思わなかった臣下に諫言され、結局、彼は副王の座に就いた。
在位期間が短いというのもあるが、行為によってその存在を認められていないのである。