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八月四日:饅頭大好き!

 今日もからっからの晴天。白い雲は高い空の上で悠々と風に吹かれている。風があるせいか、昨日よりも涼しい気がする。空は果てしなく青く。大地はどこまでも緑色。そんでもってジジイはまたもや行方不明。


 昨日も行った雑貨屋に行くと、ぐるぐるパーマのおばちゃんがタダでアイスをくれた。

 ラムネ入りのアイスは口の中でしゅわしゅわして、うまい。

「あの、うちのジジイ、知りませんか?」

 また同じ質問を繰り返すことになろうとは。

 おばちゃんはそろばんで売り上げの計算をしながら、「饅頭買ってどこか行ったわよ」と苦笑いした。


 どんだけ饅頭好きなんだよ。


「……いつも饅頭買ってるんですか?」

「ほぼ毎日かしらね。ほら、木沢さんちのおばあちゃん、お饅頭好きだったから」

 そうだったの? 知らなかった。言われてみれば、毎年遊びに来るたびにお饅頭が出てきた気がする。年寄りってそういうもんだと思っていたから、気にも留めてなかったな。

「二つ買ってくのは、おばあちゃんにお供えするためなのかもしれないわねえ」

 おばちゃんは独り言のようにそう言って、またそろばんをはじき出した。





 オニヤンマがさあっと僕の耳のすぐそばを横切り飛んでいく。

 小さいころはあのどでかいトンボを捕まえることに命をかけていたが、今となっては、でかすぎてキモイ。

 そう、小さいころは、ここは僕にとって楽園だった。カブトムシもクワガタもトンボもいたるところに生息していて、持参した虫かごは虫天国になっていた。虫からすれば地獄だろうが。

 いつの頃からか、ここの魅力は僕の中で消えていき、ここを訪れることが億劫になっていった。

 僕が中学二年の時、ひいばあちゃんが亡くなった。

 ひいばあちゃんは優しくて温かい人で、僕はひいばあちゃんが本当に大好きだったから、ひいばあちゃんがいない田舎なんて信じられなかった。

 中三になって、僕はひいばあちゃんのいないここを訪れ、心の中にぽっかり穴があいてしまったような空虚感を初めて感じた。その人が在るべき場所に在るべき人がいない。それはまるで心に穴を穿ったような、冷たい風がひゅうひゅうと抜けていくような空しさ。

 

 人が死ぬということは、そういうことなんだ。


 僕は怖かったのかもしれない。ここに訪れるということは、またその空しさを味わうということを意味するから。

 まあ、ジジイのせいでそんなこと感じる暇もなかったが。

 僕とジジイはそれまではあまり接触のない関係だったように思う。ここに来ても僕はひいばあちゃんとばかり話していたし、ジジイはいつも家の奥か畑にいて、顔を合わすこともあまりなかった。ジジイの人間性を僕はほとんど知らなかったことに、今更気付いた。







 ジジイはまたもや地蔵の横で、もしゃもしゃと饅頭を食べていた。だからさ、口は閉じて食べようよ。あんこがジジイの金歯と金歯の間から見え隠れ見え隠れ。


「ジジイ、帰るぞ」

「まだ食べ終わってねえだろが」

 そう言って、もしゃもしゃ。僕はジジイにわかるようにわざとでかいため息をついて、ジジイの隣に腰を下ろした。膝に肘をつき、頬杖をつく。


「いつもどこに行ってんだよ、饅頭買って。心配するだろが」

「P;*?\\=〜%だ$ばL#;+」

 また宇宙語だし。もうまじで意味わかんねえ。

「食べ終わった?」

「まだ噛んどる」


 こうさ、頭をポンとどついてさ、あんこを口から出してあげたいね。

「お前は幸せもんだ」

「は?」

 もぐもぐと口を動かしたまま、ジジイはよっこいせと腰を上げ、よたよた歩き出してしまった。僕は慌ててジジイの横につく。腕を取り、ジジイの歩調に合わせて歩く。支えてやらないと、すぐに倒れてしまいそうで、どうにも怖い。

「おりゃあ、幸せもんだな」

 ジジイはジジイの腕をつかんだ僕の手を二度軽く叩いた。

「お前はいい曾孫だ。物忘れが激しいごと以外は」

「なんだよ、それ」

 けっけっけ、とジジイは妖怪みたいな笑い声をあげ、ずりずりと足をひきずるように歩く。

「俺のほうがお前より、色々覚えでる。お前、俺より年上だろ、本当は」


 いや、それ、ありえませんからね。僕はそしたら何歳だよ。僕は妖怪か? ジジイの方がよっぽど妖怪だっつーの。

 だけど、ずいぶん意味深な言葉だ。僕、何か忘れてる? 

 あ、買い物行くの忘れてた。







 夕方、涼しい風が吹き出す頃、僕はトマトときゅうりを取りに畑にやって来た。スーパーにある買い物かごがなぜか一個置いてあって、それに取った野菜を入れて来いとジジイの命令。 夕飯を買い忘れたから、材料が無い。今日は自家製野菜がメニューだ。


 スーパーに置いてあるようなきれいな形の野菜なんてここには無い。思い思いに好き勝手な形に巨大化した野菜たちが僕を出迎えた。

 ていうか、なんでどいつもこいつもこんなに巨大? ジジイの野菜作りは謎に包まれている。

 手の平よりもでかいトマトは、二つになるはずのトマトがひとつに合体し、ハート型になっている。理子に見せてやりたい。

 この巨大なきゅうりは、「ヘチマです」と言われても僕はきっと疑わないだろう。

 ナスはヘタの付近はイガイガしているらしく、ヘタには触らないようにして取れ、と言われた。



 トマトにナス、きゅうりにみょうが。トウモロコシに枝豆。夏の旬野菜が勢ぞろい。ザ・田舎を満喫しているようで、なんとなく楽しい。

 お母さんも言ってたな。世の中には受験より大切なものがあると。本当に大切なのは、こういうことを学ぶことじゃないのかね、そこの君。ってどこの君だよ。

 ま、こんなに旬野菜が取れたところで、僕が作れるのは野菜炒めだけなのだがね、そこの君。だからどこの君だよ。




 僕はいつの間にか、それなりに田舎生活を楽しみ始めていた。ジジイはジジイで好き勝手に生きてるし。こういう夏休みも案外いいかもしれない。



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