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八月三日:うちのジジイはどこにいる?

 朝起きると、ジジイはどこにもいなかった。朝っつっても、もう昼だが。やることもないのでテレビをつけるが、テレビはNHKしか写らなかった。ぶっ壊れているらしい。これならNHKも気分よく集金が出来るだろう。見るのはNHKだけですからね。あははは。



 今日も太陽は元気がいい。爽やか過ぎる熱線をぎらつかせ、地面は焼けたように熱い。ジジイジジイと鳴くせみの声に、おお、お前もひいじいちゃんをジジイと呼ぶことにしたんだな、と呼びかける。

 カーキ色のキャップをかぶり、僕は外に出た。近所は歩いて五分もかかるから、家の周りに人の気配は無い。ジジイはどこに行ったのだろう。




 青々と繁った稲が波のように風でうねる。そこらじゅうから響いてくる蝉の声は止む気配すらない。どこからほっつき歩いてきたのか、首輪をした柴犬がハッハと舌を出しながら僕の横をすり抜けていった。

 たいして歩いてもいないのに、汗が額から落ちる。ジジイを探しにあぜ道を歩いてみたが、あるのは田んぼだけ。帰ってぐうたらしても暇だが、こうしてぷらぷら歩くのも暑くて嫌になる。

 受験勉強するか。……うむ。やる気が出ません。




「お、店!」


 十分ほど歩いていたら、店を発見した。そういや、三年前もこの店に来たっけ。駄菓子とかが売っていたはずだ。首を伸ばして店を見ると、店先にアイスが売ってあるのがわかった。僕は大喜びで店まで走る。

 ガラス戸をのぞくと、駄菓子と生活雑貨が所狭しと並んでいたが、人の気配は無かった。とりあえず、アイスを選ぼう。僕は真っ先にがりがり君をつかむと、ガラス戸を開けた。

「すいませーん」

「あら、ちい君?」

「え?」

「木沢さんとこの曾孫さんでしょ?」

「ああ、はい」

 久しぶりねえ、と笑うぐりぐりパーマのちょっと太ったおばちゃん。この辺に若い子はいないから覚えていたのだという。

 僕はがりがり君をその名の通りがりがりしながら、おばちゃんに問いかけた。

「うちのジジイ、知りませんか?」

「あら、さっきお饅頭買っていったわよ。まだその辺にいるんじゃない?」







 かくしてジジイはいた。田園風景に不釣合いな広すぎる道路。その脇にあるお地蔵さんの横で、置物のように座っていたのだ。

 ツバが異様にでかい麦藁帽子をかぶり、トレードマークですか? と聞きたくなる赤いTシャツを着て。饅頭をむしゃむしゃ食べる姿は、さながらお供え物を勝手に食べている子泣きじじいだ。饅頭はさっきの店で買ったやつなんだろうけど。


「ジジイ、なにしてんだよ」

「見てわがんねえか」

「地蔵の饅頭を盗み食いしてる」

「ばかじゃねえか。休んでんだよ」

 イラッと来ますね。こうイライラッと。ムラムラッとじゃないぞ、間違っても。






 ジジイを連れて、僕は来た道を戻った。ジジイはよたよた危なっかしく歩くから、仕方なくジジイの腕を取る。ジジイの歩調は極めて遅い。家に着くまで何十分かかるだろうか。とめどなく流れる汗は僕のTシャツをじっとりと濡らす。最悪だ。


「おじいちゃん、見つけたのね」

 あの雑貨屋の前を通ったら、ちょうどお店のおばちゃんがいた。おばちゃんは「よかったわねえ」とジジイの肩をさすっている。

「おじいちゃんねえ、久々に曾孫さんに会えるって言って喜んでたのよ。ちい君はおじいちゃんのこと大切にしてくれてるみたいだから、安心したわあ」

 僕は思わずジジイを凝視してしまった。ジジイは僕の視線に気付いているのかいないのか、モゴモゴと口を動かしているだけで何も言わない。


 ツンデレならぬ、デレツン?








 どこか遠くから風鈴の音が聞こえる。田舎の夜は涼しい。時折、時間を間違えた蝉が「ジジイ」と鳴く。うんうん。やっぱジジイは「ジジイ」と呼ばなきゃな。

 僕は縁側に座り、真っ暗な空を見上げていた。人口の明かりが少ない田舎の夜空は墨で染めたように真っ暗で、星は空一面に広がっていた。

 ケータイを取り出し、カノジョに電話をかける。昨日はジジイに驚かされっぱなしでカノジョに電話出来なかったから、怒ってないといいが。


『もしもし』

「あ、理子。ごめん、昨日は電話しなくて」

 すぐに侘びを入れると、理子は「しょうがないなあ」と笑ってくれた。ちくしょう、かわいいやつっ! 理子と付き合いだしたのは一ヶ月前。お互い受験生だから付き合うことに悩んだけれど、やっぱり好きあってんのに付き合わないのはおかしいだろうと、告白から三ヵ月もしてから付き合いだした。待たされたせいか、僕たちはおしどり夫婦なみに仲良しだ。


『どう? そっちは? 楽しい?』

「それがさあ、ジジイがもうめちゃくちゃでさぁ……。疲れるよ」

 電話の向こうでくすくすと笑う声が聞こえる。ああ、会いたいなあ。学校で毎日会っていたから、ほんの数日会わないだけで恋しくなる。


「花火、ごめんな」

『ううん。帰ってきたら、別の花火大会に連れてってよ。それで許したげる』

 理子とは花火を見に行く約束をしていた。だが、ジジイのところに行くはめになったせいで中止になってしまった。

 くそ。花火。理子の浴衣姿。理子のうなじ。理子の顔。見たかったっ。


 ふと、なにか忘れている気がした。喉の奥につまって出てこないけれど、何か誰かと約束をしていたはずだ。誰とした約束なのかも内容さえも思い出せない。胸にちくちくとささる。なんだろう? なんなんだろう?

 思い出せないということは、きっとその程度の約束。どうでもいいようなことなのだろう。僕は理子との会話に専念することにした。



 理子と十五分ほど話した後、「おやすみ」と言ってケータイを切る。早く帰りたい。理子に会いたい。縁側に寝そべり、理子の顔を思い浮かべる。長い黒髪をお団子にしたかわいい理子の顔が目の前にある気がした。

「おやすみはーとってか。きもぢわるいやつだな」

 理子の顔が子泣きじじいに変わった! 理子が、僕の理子が!


「って、ジジイ!」

 ジジイが僕の顔をのぞきこんでいた。理子の顔が子泣きじじいになるなんて、なんつー恐怖。真夏の恐怖はこんなところに健在だ。

「花火」

「は?」

「dpれ‘*@tp@+*」

 また宇宙語だよ。何つってんのかさっぱりわからねえ。

 ジジイは宇宙語をしばらくしゃべった後、唇を梅干みたいに尖らせて家の奥に行ってしまった。

 なんなんだよ、一体。


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