帰還
瞼を開けると、ヤニで汚れた歯と黒い眼帯が目に飛び込んできた。
「目が覚めたか、結」
「――和人」
現実。
ここは現実の世界だ。
頭も体も酷くだるい。
「――柚は?」
濁った頭をフル回転させて、ようやく一言ひねり出した。
「錯乱しちまったから、鎮静剤打って部屋に寝かせてるよ」
「――そうか」
口寄せ稼業をやるかぎり、依頼者の錯乱はつきものだ。
最悪の事故を防ぐためにも、仕事の時は常に鎮静剤を持ち歩いてる。
〝それにしても鎮静剤を打つなんて〟
俺は憑いてる間、何を喋ったんだ?
「和人、ICレコーダー貸して」
依巫は、喋った内容をほとんど覚えていない。だから自分が何を喋ったのか、確かめるにはICレコーダーに頼るしかない。
「聞くのか、結?。 正直お奨めしないぞ」
和人は出し渋った。
「聞くよ、自分の仕事だもん」
「仕事ならもう終わってるよ。あとは依頼者を病院に放り込んでお終いだ」
和人は拒否した。
「――和人、組むとき決めたろう。相手が要求したときICレコーダーを渡すって」
「――そうだったな。忘れてたよ」
和人はICレコーダーを放り投げた。
俺は飛んできたICレコーダーをキャッチすると、再生ボタンを押した。
・・・・・・
「――ろくでもないな」
「自殺するような奴はろくでもない奴なんだよ。あの碧って子にしたって、ようは姉ちゃんと親父に嫌がらせしたくて自殺したんだだろう?。そんなことするぐらいなら逃げ出すなり、ぶん殴るなり、いくらだって手があるだろう。それをよりによって自殺するなんて」
――ろくでもねえ。本当にろくでもねえよ。
和人は吐いて捨てる。
「人殺しもか?」
和人は一人殺してる。
――自分の弟分を。
「ああ。俺も碧と変わらねえよ。殺さなくてもいくらでもやりようがあったんだ。それなのに殺しちまった」
――俺もろくでもねえ。
和人は自嘲した。
〝俺も和人を笑えない〟
姉と死ぬことを妄想し、現実から逃げていた。姉の無残な死を見た今も、心のどこかで死に焦がれている。
――俺もろくでなしだ。
「――柚はどうなんだろうな」
あいつも俺達と同じように、ろくでなしなんだろうか。
「そりゃあお嬢ちゃんが決めることだ」
――まっとうで強い人間なら、ちゃんと生きるよ。
アラームが鳴り響く。
「おっと。そろそろ鎮静剤が切れる時間だ」
和人は見た目も性格もアレだが、根は神経質な人間なので、仕事に関してはしっかりしている。
「さて、お姫様の様子を見にいこうかい」
和人の後ろについて部屋を出ると、斜め向こうのドアに姉さんが――。
違う、柚だ。
柚がドアの前に座り込んでいる。
柚の姿はすぐに消えた。
〝やばい〟
俺は和人を押しのけると、ドアを押し開あけた。
むせ返るような血の匂い。
柚は血の滴るカッターを握りしめ、自分の血の上で眠っていた。