憑霊
姉川碧の部屋は、男臭さが匂わない小綺麗な部屋だった。
本棚には英語の童話、サリンジャーの小説、太宰治の小説、それに少女漫画。壁際には沢山のぬいぐるみが置かれていた。
部屋の隅にはデザイナーズチャアが置かれていた。その高価な椅子にはウサギの人形が座っていた。
〝人形ごときに、そんな高い椅子座らせるな〟
自分でも小さいと思ったが、腹が立った。
人形の座っている椅子は、俺が前から欲しかったヤツだった。
「そのウサギの人形。小さい頃お父さんが碧にプレゼントした奴なんだ」
柚が俺の視線に気づいて言った。
〝もう少し男ぽいの送れよ〟
だからあんなカマぽい男になるんだよ。
写真でみた柚の弟は、線が細いを通り越して、少女のであった。あれで髪が長ければ、完璧に女と間違われる。
〝おれも女顔だが、碧はその上をいくな〟
多分、性格も女ぽいだろう。
じゃなきゃ、あんな顔にはならない。
「さてはじめるか、結」
審丹は持ってたスポーツバックを開けて、ロープを取り出した。
審丹は器用にロープを結って、輪を作る。
「なにしてるですか?」
「首つり用の縄作ってるのよ、柚ちゃん」
「首つり用って・・・・・・」
柚は弟の死を思い出したのか、小刻みに震えている。
「そんなに怯えるな。霊を依りつかせるには、そいつが自殺した方法を真似ないといけないだ。実際に首吊るわけじゃない」
俺がそう言うと「――そうだよね。いちいち死んでたら、お仕事にならないもんね」
俺は何も答えなかった。
たしかに実際に死ぬわけではない。
でも、擬似的には死ぬ。
死ぬんだ。
体から力が抜けていく。
膝が折れ、床に崩れ落ちそうになる。
和人がすかさず俺の体を支える。
「――結、今日は入るの早いな。このままやっちまうか?」
「――うん」
和人は俺の首に縄をかけ、ドアノブに結んだ。
「――結君」遠くで柚の声が聞こえてくる。
「大丈夫だよ、お嬢ちゃん。降霊状態に入っただけだ」
――しかしこいつ憑くと可愛い顔になるな。男でも犯りたくなっちまう。
和人が下品な言葉を吐いたが気にならない。
和人のいる世界が遠く――。
遥か遠くに感じる。
現実感が消失し、死が世界を覆っていく。
死んじゃおうよ。
姉さんが耳元で囁く。
このまま死んじゃおうよ。
俺を置いていったくせに、煩いよ姉さん。
僕は逝くよ。お父さん、お姉ちゃん。
お父さんとお姉ちゃんに復讐するために。
誰? 俺は、僕は、
誰なの。
混濁。
お姉ちゃん。
お姉ちゃん。
憎いよ。お姉ちゃんが憎いよ。
僕も愛されたい。
僕もお父さんに愛されたい。
お父さんは寂しかったの。
お母さんが死んで寂しかったの。
だからね、僕お父さんの事大好きだから。
――慰めてあげたの。
お父さん喜んでくれたよ。
いっぱいいっぱい喜んでくれたよ。
僕もお父さんに愛されて、幸せだった。
でもね、ある日気づいたんだ。
お父さんが本当に好きなのは、お姉ちゃんだって。
お姉ちゃんの事が本当に好きで愛してるから。
お父さんはお姉ちゃんとエッチしないだって気づいたの。
僕はいいんだ。
愛してないから。
お姉ちゃんより愛してないから。
エッチしても平気なんだ。
あははは、バカみたいだよね僕。
代用品に過ぎないのに。
お姉ちゃんより愛されてると勘違いしてた。
みんな死ねばいいのに。
みんな死んじゃえばいいのに。
殺してやる。
苦しめて殺してやろうと思った。
追い詰めて、追い詰めて。
殺してやる。
そのためには僕は死ななければいけない。
壊れかけたこの家を。
僕の死で本当に壊してやる。
だから遺書を書いたの。
お姉ちゃんに全部知って欲しくて。
お姉ちゃんを苦しめたくて。
遺書を書いたの。
それなのにお父さんが破っちゃったの。
酷いよね。
一生懸命書いたのに。
でも。
お姉ちゃんが口寄せ屋さん頼んでくれたから。
直接お姉ちゃんに言えるよ。
何から聞きたいお姉ちゃん?
お父さんと僕とのはじめてのエッチ?
それともお父さんがお姉ちゃんのこと想いながら、ひとりエッチしてたこと?
なんでも答えるよ。
死ねばいいのに。
お父さんも、お姉ちゃんも。
みんな死ねばいいのに。
死んで、死んで、死んで。
僕も死んだだから――
お姉ちゃんも死んで。
遠くで女の悲鳴が――。
意識が散り散りに千切れていく。
なにもかもよくわからない。
嘘。
嘘が。
姉さん?