訪問
なんの変哲もない住宅地の一角に、姉川柚の家はあった。
家の作り自体はごく平凡だが、ほかの家と比べて家も庭も広かった。
土地持ちなのか、それともほかの家より裕福なのか、付き合いの薄い俺にはよくわからない。
「おっ、金持ってそうな家だね」
閑静な住宅地に似合わない極彩色のシャツを着た和人は、柚の家を見て舌舐めりせんばかりに喜んだ。
元ヤクザの和人は、金の匂いには敏感である。和人が金を持ってると踏んだ以上、柚の家は裕福なんだろう。
〝施設育ちのおれにはピンとこない〟
人里離れた山奥で、インターネットどころかテレビもラジオもない施設で育てられた俺には、世間の常識というものが欠落している。
金銭感覚もない。
なにせ金というものに触れたのは、和人と暮らすようになってからなのだから。
「結、お前隙き見て、柚ちゃんに突っ込んどけよ。上手くいきゃあ一生物の財布になんぜ、こりゃあ」
「和人と一緒にすんな」
「馬鹿、オメーは施設育ちだから金には無頓着かもしれねーけど、金ってのは大切なんだぞ。とくに俺等みたいな根無し草には」
そう、いくら和人を否定したいところで、俺も同類なのである。
生まれつき根無し草で、その上霊媒体質。
まともな生活は送れない。
まともに暮らせる自信もない。
俺には姉さんが憑いてる。
俺の感傷にふけている間に、和人はチャイムを押して、柚を呼び出していた。
「今日はよろしくお願いします」
緊張しているのか、柚の顔色はいつもより白かった。
〝姉さんに似ている〟
色白だった姉さん。
青白くなってしまった姉さん。
やだな。
俺を置いて勝手に逝ってしまった人のことなんて忘れたいのに。
忘れることができない。
柚に案内され、自殺した弟の部屋に案内された。
ドアの前には、少年がだらしなく座っていた。
首にはロープが巻かれていた。ロープのもう一方はドアノブに結ばれている。
柚の死んだ弟の顔にはなんの表情も浮かんでない。一瞥すると、柚の弟は姿を消した。
「――右目が疼くな。結、なんか見えるか?」
専門外の審丹には見えないが、気配を感じるぐらいはできる。
「チラッと見えた。すぐに消えたけど」
「碧がいたの!?」柚は怯えて叫んだ。
「ああ、ドアの前に座り込んでた。だがすぐ消えたよ。あんまり気にするな。依巫がなければ奴らは何も出来ない」
幽霊のほとんどは無害だ。大抵の連中は無言でジッとしているだけだ。
一般人が思っているような、祟ったり、呪ったりはしない。
奴らはただいるだけだ。
幽霊が危険な物と化すのは、依巫を得たときだけだ。
だから口寄せは危険なのだ。
「そこに碧がいたんだ」
柚はぽつりと呟いた。
「何か言ってた?、苦しそうだった」
「幽霊は何も言わないよ。依巫を得ない限りね」
「そうか・・・・・・」
言葉とともに、柚の瞳からは涙が零れた。
俺はポケットからハンカチを取り出した。
「ほら、ふけよ」
「――ありがとう、結君。結君ってクール系を気取ってるけど、実は熱血屋さんだよね」
「――クール系なんて気取ってないし、熱血でもないよ」
――アホなこと言ってないで早くやるぞ。
俺が急かすと、柚はウンと小さく頷いてドアを開けた。