桜散る
春風に誘われて、桜の花片が散っていく。
美しい。
それは本当に美しい春の景色。
しかし枝から離れてしまったら、それはどんなに美しかろうと、たんなる死骸だ。
春の風に誘われて、無数の死骸が舞ってる。
春の生暖かな風が強く吹けばふくほど、地には桜色の死骸が積み重なっていく。
俺の体にも、桜色の死骸が降り積もっていく。
「姉さん」
死骸に埋もれながら、逝ってしまった大切な人を呼んでみる。
いくら呼んでも答えてくれないのに。
死者を呼んではいけないのに。
それなのに俺は、貴女を呼んでしまう。
〝貴女が憎い〟
そして堪らなく愛しい。
「――結君」
姉の声。
まさか。
「姉さん?」
「ぶぅー、結君のお姉ちゃんじゃなくて、頼れる学級委員の柚ちゃんでーす!」
姉の声とは似ても似つかない声だった。
眠気で粘ついた眼を半開きにしてみると、学級委員長の姉川柚がしゃがみ込んで、俺の顔を覗き込んでいた。
とんでもない間違いを犯してしまった。
よりによってクラスメイトを、姉と間違えてしまうなんて。
あまりの恥ずかしさに、開きかけた瞼を再び閉じた。
「なんでせっかく開いたお目々閉じちゃうの? ひょっとして恥ずかしいのかな結君?」
俺は断固として無視したが、姉川柚はしつこかった。
「ねえ、目開けてよ。結君がシスコンなのは結君ファンの女の子には黙っておくから」
――ねえってば。
姉川柚は、俺の体をしつこく揺する。
「煩い! なんでそんなにしつこいだよ」
「結君が寝たふりするから、わたしもしつこくなっちゃうの! 全部結君が悪い」
――わたしは一切悪くないもん。
姉川柚は宣った。
「起きるよ、起きればいいだろう」
起き上がり、桜の花片を払う。
桜の花片はハラハラと舞い落ち、そして汚泥によって穢された。
「はじめから素直に起きればいいのよ」
と言った後「でもぐっすり寝てたおかげで、結君のファーストキス盗めたから、寝ててくれたほうがよかったかも」
「なっ、なにを言ってるだ、お前!」
あまりのことで声が震える。
「――冗談だよ、結君」
姉川柚は真顔で返した。
この女は――。
俺が怒りで震えていると。
「ひょっとして、キスしなかったの怒ってるの?」
姉川柚は小首をかしげた。
「なっ、わけないだろう。もういいから、用件話せ、用件」
「花村先生が呼んでるから、職員室きてよ」
そんだけか。
逆らうのも面倒くさいし、眠気も覚めたので、俺は職員室に行くことにした。