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実験室の二人 【後編】 <恋愛・現代>


「……まさかのフリーター……」


「うん、まさかだったね……」


 俺は今、藤原さんの結婚式二次会に出席している。

 正確には相田さんになった訳だが、仕事ではそのまま旧姓で通すらしい。

 やっぱり花嫁姿の藤原さんはすごく綺麗だ。

 にしても、新郎がなんであれなんだ?

 いや、決して見た目が悪いわけではない。だが、いいわけでもない。

 高校時代の同級生と同窓会で再会して結婚――なんて話を聞いた時には、藤原さんの相手だからきっとイケメンエリートなんだろうって勝手に思っていたのだが。

 それは秋山や他の同僚達も同じだったようで、新郎の紹介ではなんとなくぼかしていた職業を沖野と言う二人の高校時代の同級生が明かした事によって、みんな驚いていた。

 でも、この沖野って奴はなんとなく気に食わない。



「――新居は藤原さんが去年買ったマンションなんだって」


「ああ、あのキャッシュで買ったやつか……」

 

「男前だよねぇ、藤原さんって」


「だなあ……。俺はでかい買い物は恐くて出来ねえ」


「年棒制の高給取りが何を言うかな~。マンションの一つや二つや三つくらい簡単に買えるでしょ?」


「簡単に買えるか、ボケ!」


「え~? Sランクのチーフエンジニアがそんなこと言っても嫌味にしか聞こえませーん。日本支社じゃ幸田さんだけじゃん、Sランク。チクショー!」


「チクショーってお前な……」


「よし! 今日は飲むぞ!! とりあえず新郎新婦に突撃インタビューだ!!」


「おい、秋山!」


 今日はっていうか、もう出来上がってるじゃねえか。そういやこいつ酒に弱かったな。

 だが、俺を巻き込むなよ。俺の腕に絡めた腕を離せ。

 なんか柔らかいのが当たる。

 結局、逃げられなかった俺は藤原さんとだけじゃなく、新郎の……相田君とそこから意外と話が盛り上がった。

 正直に言うと、かなり盛り上がった。


 まさか、この世代で初代ガ○ダムやエル○イム、マ○ロスの話が出来るなんて。いや、マ○ロスは俺的にプラスが一番好きなんだけど、相田君も同じとは。しかもそう! FSSは外せないんだよ!

 なんて話していたら藤原さんが嬉しそうに相田君を見ている事に気付いて、ああ、やっぱり好きなんだなぁって感じた。いいな、そういうの。


 この先は相田君がフリーター……じゃなく、パートをしながら主夫をするらしい。

 沖田っていう奴のように、とやかく言う奴も多いだろうけど俺は応援したいと思った。

 そもそも、藤原さんに結婚や出産で退職されるとかなり困る。変な意味合いじゃなく、優秀なPMの藤原さんに抜けられるとエンジニアとして開発に専念出来なくなるからだ。

 なんとなくいい気分になった俺は、そこから更に酒が進んでしまった。

 そして――。




 朝チュンだ。

 いや、違う。お互いにまだ最後の砦は残っている。

 ここは……俺んちか。

 なんで秋山が俺のベッドに下着姿で寝ているのかは覚えてないが、とりあえずシャワーを浴びてスッキリしよう。それから、考えよう。


「げっ!――やっちゃった!?」


 ベッドからそっと抜け出そうとしたら、後ろから秋山の悲鳴じみた声が上がった。


「やってねえ」


「そっか……そうだよね。よかった~。……って、なんでやらないの!?」


「お前……日本語勉強しろって言ってるだろうが。矛盾してんぞ?」


「だって、こんなにおいしそうな据え膳があるのに。少しは手をつけるのが礼儀じゃない?」


「意味わかんねえよ!! たった今、何もなくて良かったって言ってたじゃねえか!!」


「記憶ないのにやっちゃうのが嫌だったの!! 今はあるからいいの!!」


「記憶があるからって良い訳あるか、ボケ!!」


「じゃあ、やらないの?」


「だからお前……無茶言うなって……」


「私だって恥ずかしくない訳じゃないのに……」


「だったら何で――」


「楽しみに待ってるって言ったくせに……敵前逃亡か!! このスットコドッコイ!!」


「はああ!?」


 スットコドッコイって何だよ!? 今時使うか!?

 訳わかんねえうちに、秋山は下着姿のままベッドから飛び出して服抱えてそのまま出て行った。……出て行った!?

 あ、風呂場に入ったのか。

 すぐに服を着て戻って来た秋山は一言もしゃべらず鞄を持って今度こそ出て行った。

 マジ、意味わかんねえ……。


 とにかくシャワー浴びようと起き上がって風呂場に行ったら、なんか……造花? 秋山が着ていた服に付いてた物が落ちていた。

 あいつ……日曜の朝からあの服で電車に乗ったら目立つよな。車で送れば良かったか……。

 いや、まだ間に合う。

 俺は急いで適当な服を着ると、車のキーを持って飛びだした。

 くそ! 借りてる駐車場遠いんだよ!

 そう思って走りだしたら………いた。


「秋山!――って、逃げるな、ボケ!!」


 声かけたら走って逃げるとか有り得ねぇ。俺は変質者か!

 だが、あっちはなんか……とんがった靴。こっちはスニーカーで体格差別にしても勝てない訳がない。すぐに追いついた。


「おまっ……ハア……無駄に走らすなよ……」


 くそー、日頃の運動不足が祟った。

 秋山も膝に手を置いて呼吸してるあたり一緒か。


「……わかんない……」


「……は?」


「……駅への道が……わかんない……」


 迷子か!!

 いや、確かにここら辺は入り組んでて分かり難いんだけど……半泣き状態で言うなよ。

 反則だろ、それ。なんか可愛く見えるじゃねえか。


「……車で送るから」


 それからナビに従い車を走らせる間、気まずい沈黙が続いたのだが、たぶんあと少しで到着という所で秋山が外に視線を向けたまま呟いた。


「前に……」


「ん?」


「幸田さんは女っぽい人よりはさっぱりしたタイプが好きらしいって聞いて……でも気がついたら私……がさつな女になってた……失敗した」


「……失敗って――」


「まあ、それが地なんだけど」


「って、おい!!」


 しまった。思わず突っ込んでしまったが、秋山の言ってる事って要するに……。

 突然の告白にパニクりそうになる。運転中にそれはやばい。


「秋山、あのな……」


 そう言いかけたものの、何を言えばいいのかわからなくて結局は言葉に詰まってしまった。

 秋山はチラリと俺を見て、また窓の外に視線を戻す。


「せっかく同じ課になれて、実験机も隣になれたのに……幸田さん、私の存在に気付いてないみたいに黙々と仕事してるから……キレました」


「キレるなよ!!」


「だって、三十歳も過ぎて今更どうやって恋愛すればいいのかわからなくて! 気がついたら小学生並に逆行しちゃったの! そしてアパートはあれだから、もうそこでいい!!」


 秋山の勢いに押されて俺は何も言えないまま、言われた通りに車を止めた。

 そして簡素な二階建てアパートを見て驚く。


「……お前、ここに住んでんのか?」


「そうだけど?」


「ここ……女一人で住むには不用心じゃないか? お前の給料ならもっと良い所に住めるだろ?」


「大学時代から住んでるから。たまに下着を外に干したらなくなるぐらいで、あとは大丈夫」


「大丈夫じゃねえだろうが、それは!」


「もう十年以上住んでる私が大丈夫って言うんだから、大丈夫なの! 幸田さんには関係ないし!! バカな事言って、すみませんでした! 送ってくれて、ありがとうございました!」


「ちょっ――!」


 それだけ言ってさっさと車から降りてしまった秋山に、待てよとは言えなかった。

 引き止めて何を言えばいいんだ?

 秋山が部屋に入るまで見送ってから家に帰ったけど……なんか、もやもやする。

 いつもは心が無になるガ○プラ作りも集中できなくてやめた。

 それから逃げるのはやめにして、秋山の事を考える。


 あいつはずっと俺にとって職場の後輩で、いつも苛々させられるがなぜか憎めなくて……いや、どちらかと言うと、俺自身楽しんでたか?

 しかも、あいつがあんな不用心そうなアパートに住んでるって知って、すげえ心配になってる俺は何なんだ? 関係ないと言われた言葉がこんなにも胸に刺さってる俺は?

 それにしても、なんで急にキレるんだよ。『楽しみに待ってる』って……。


「――あっ!!」


 ごろりと床に寝転がっていた俺は慌てて起き上がった。

 思い出した!! 確かに言った!! 

 けど、ちょっと待て。それでいきなり、あれはないだろう? 物事には順序って物が……。

 そんなもの……いらねえよな。

 今頃になってやっと気付いたこの気持ちを抱えて、そんな呑気な事をやるつもりはない。

 俺は急いで適当に荷物を詰めると、車のキーを持って飛びだした。




「ここにはインターフォンもないのかよ。お前、せめてチェーン掛けてからドアを開けろよ!」


「いきなり訪ねて来て説教? っていうか、何の御用ですか? 新聞なら間に合ってます」


「……新聞じゃなくて俺は? もう間に合わない?」


「何……言ってんの?」


 秋山は怪訝そうな顔をしたけれど、俺は構わずに続けた。

 分かってる答えなら早く出した方が良い。


「認める」


「……何を?」


「俺の中ではお前が一番の女だって認める」


「ちょっ、ちょっと待って……いきなり……そのセリフはずるいって……」


 驚いたように見開かれた秋山の目に、一気に涙が溢れてこぼれ落ちた。

 ずるいのはお前だ。その涙は反則だって。

 秋山を思いっきり抱きしめたい衝動を、とにかく俺は必死で抑えた。


「秋山……いくらでも待つが、できたら中に入れてくれないか? ここはちょっと恥ずかしい」


 なんか俺、犬に吠えられてる気がする。その犬を連れたおばさんの視線も感じる。

 秋山が泣いているから、不審がられているみたいだ。

 そして、入れてもらえた部屋は外観よりも綺麗で、女性らしく片付いた部屋だった。……すごい量のDVDとマンガだが。



「ところで……幸田さん、その荷物は何なの?」


 やっと落ち着いたらしい秋山が俺の抱えていた荷物を見て訊いてきた。


「ん? これは二,三日分の着替えと仕事道具」


「……何でそれを?」


「俺、当分ここから出勤するから」


「何で!?」


「心配だから。絶対ここは不用心だって。今までは大丈夫でも、これからは分からねえし……なんなら、秋山が俺んち来るか?」


「ちょっと待って!! それって……急すぎて、ついていけない……」


「そこは頑張ってついて来い。俺達はもうのんびりしてられる年じゃないだろ?」


「ど……どういう事?」


「結婚しよう」


「ええ!?」


「ま、返事は今でなくてもいいよ。楽しみに待ってるわ」


「――信じられない。なんでいきなりそんな結論になるの?」


「結婚は結論じゃなくて過程だよ。この先ずっと秋山と一緒にいたいっていう答えが出たから、それに辿り着くための。というわけで、マンション買いに行こう」


「なんでマンション!?」


「俺もお前も趣味の物が多すぎる。本当は家建てた方がいいとは思うけど、セキュリティ面で不安があるからな。俺、出張が多いし、安心していたいんだよ」


 半ば呆然とする秋山を連れて、その日のうちにセキュリティのしっかりしたマンションを購入した。部屋数もマンションにしては多いし、収納もしっかりあるから、まあ上出来だろう。

 自分でも驚く程の決断だが、目的があればでかい買い物も意外と出来るもんだ。



 それから、藤原さん以上の速さで俺達は結婚したが、会社の皆は誰も驚かなかった。

 なんでも、いずれこうなると皆わかってたとか……。

 どうやら俺だけが、俺の気持ちを分かってなかったようだ。

 ちょっと間抜けだけど、それでも今は秋山と――真帆と過ごす毎日が満ち足りて幸せだから良しとしよう。



「――って、真帆! 俺のプリンまで食ったのかよ!?」


「誘惑に負けました。すみませんでした。とってもおいしかったです」


「信じられねえ……この女、サイアク」


「よく言われます。あなたに」


「……」


 何も変わってねぇ。

 でもまあ、今は……二人分食っても大目に見るべきか。


「で、今日の検診どうだった?」


「順調だったよ。……私の体重増加以外は」


「ダメじゃねえか!!」


「明日から頑張ります」


「……」


 色々と頭の痛い事は多いが、それでもやっぱり幸せで、あの時出した答えは間違ってなかったと俺は確信している。





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