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これでいいのだ <恋愛・現代>


「なあ、たまには出ようぜ?」


 と、中学時代からの友達の渡辺に、しつこく誘われて出席する事にした高校の同窓会。

 卒業以来、何度かやってたみたいだが、俺が今まで出席する事はなかった。

 なぜなら肩身が狭いから。

 で、案の定、会場に入って五分で後悔した。


 帰りてぇ。


 何の目的もないまま何となく受かった大学に、何となく通ったものの、何となく合わずに中退してから、俺はフリーター街道をまっしぐらに進んで行った。

 そして三十歳を目前に控え、未だにフリーターをやっている訳なんだが……。


「フリーターっていうか、それニートじゃないのか? 結局は親の脛かじってるだけだろ。男としてそれってどうよ? 情けないとか思わない訳?」


 目の前で俺に向かって偉そうに講釈垂れてんのは高校時代に何かと俺に突っかかって来ていた沖野だ。


 何なんだ? 俺が何したってんだ?

  

 昔から何度か考えてみた事だが、やっぱりわからねぇ。

 生徒会長だった沖野は有名私大に推薦で入学して、有名企業に就職して、立派な人生コースを歩んでいるようだ。

 へえへえ、羨ましい事で。


 もういい加減うんざりしてきた俺はこれ見よがしに耳をほじりだしたんだが、沖野には通じない。

 空気読めよ。

 この際、鼻もほじるか……と、思った所で、沖野の注意が逸れた。助かった。


「藤原!」


 沖野の張り上げた声に、俺は思わずドキッとしてしまった。

 別に沖野のバカでかい声のせいではなく、呼んだ名前に反応してしまっただけだ。


「ああ、沖野君……」


 後ろから近づいてくる声は、あの頃と変わりなく透き通って凛としている。

 恐る恐る振り向いた俺の前に立っていたのは、藤原真奈――高校時代に密かに好きだった相手だ。


「あれ?……相田君?」


 少し首を傾げて笑う藤原さんは相変わらず美人だ。

 眩しいな、くそ。


「聞いてくれよ、藤原。こいつさ、自称フリーターなんだぜ?」


 いつからお前に「こいつ」呼ばわりされるようになったんだ、俺は。

 そういや、沖野って高二の時、藤原さんに告白して振られたんだっけな?

 それを思い出したら、なんだか苛立ちも少し治まった。


「へえ~。フリーターってどんな事してるの?」


 そこ、食いつくか? できれば流して欲しかった。

 へらっと笑って答えるしかない俺の情けない思いを察してくれ。


「今は……スーパーで商品補充のバイトしてる」


「へえ~。毎日どれくらい働いてるの?」


 もう勘弁してくれ。

 隣でニヤニヤしている沖野に無性に腹が立つ。

 だけど、美人には逆らえないっつうか、なんつうか……。適当な事言って、この場から逃げ出せばいいのに、何となく名残惜しくて離れられない。

 俺も馬鹿だよな。


「いや、毎日働いている訳じゃなくて……月半分くらいかな?」


「え!? じゃあ……働いてない日は何してるの?」


 そこまで驚かなくても。


「本読んだり……ネットしたりかな?」


「ネットかあ……。私、あんまりネットってしないからよくわからないんだけど。パソコンも実は苦手で、仕事で使うメールや、エクセルとパワーポイントだけで精一杯っていうか……」


 いや、そこでなぜ恥ずかしそうにする? 恥ずかしがるのはダメ人間な俺の方だろ?

 って、わかっていても、沖野に言われるとやっぱり腹が立つ。すげえムカつく。


「三十にもなるのにネットばかりってどうかと思うぜ? それに比べて藤原はすごいって。確か、外資系の会社で今はプロジェクトマネージャーやってるんだよな?」


「え?……ああ、うん。本社はオランダなんだけど、日本相手の取引が多いから。でもエンジニアの人達ってマイペースな人が多くて調整にいつも困ってる」


「ああ、わかる。あっちの人達って、納期迫ってんのに平気で長期休暇取ったりするよな?」


「そうそう……」


 俺、やっぱ完全にこの場にいらねえよな? 

 くそ! 渡辺はどこへ消えたんだ? 誘っておいて放置とか有り得ねぇ。


「ああっと……俺、渡辺さがして来るわ……」


 そう言って、なんとかその場から消えようとしたはずだったのに――。



   * * *



「へえ~、相田君の部屋って離れになってるんだねぇ?」


「ああ、出入りは母屋からじゃないと出来ないんだけどな」


 って、なんで藤原さんが俺の家に来てんだ? 何でこうなった?


「あ! エロ本、はっけ~ん!」


「いやいやいや!!」


 エロ本っつうか、エロゲ雑誌っつうか……何で、こんなとこに置いてんだ、俺!

 慌てて彼女から取り上げて背中に隠したが、この部屋に入れた時点で手遅れな事はわかっている。本棚にだっていくらでも似たような物が並んでいるからな。

 だが藤原さんは気にした様子もなく、部屋の中を興味深そうに見てからPCの前に置いていた雑誌に目を止めた。


「あ、これが言ってた……ボーカロイド? この子可愛いけど、なんでネギ持ってるの?」


「いや、それはその子の好物で……」


「へえ~。好物とかあるんだ? 面白いねぇ」


「公式じゃないんだけどな……」


「ええ?」


 あれから、なぜかボカロの話になって詳しく知りたいっていう彼女に、からかってるのかと疑いつつも説明したのだが、どうやら彼女は本気で興味があったらしい。 

 それで家に来る事になったんだ、そうだ。

 しかも、彼女の「へえ~」って言葉も最初は馬鹿にしてるのかと思っていたが、どうも本気で驚いていると言うか、感心していると言うかなんていうか……。


「ところで相田君ってさ、今彼女いるの?」


「は?」


 何だ? いきなりのこの話題転換は?


「いや……いないけど。っていうか、今までいた事ないっつうか……」


 って、何で俺は余計な事までカミングアウトしてんだ!? なんか……あれ?


「そうなんだ? へえ~」


 そこは感心するとこじゃないよな? というか、忘れてくれ!!

 それなのに、彼女は更に俺を追い詰める。


「じゃあさ、風俗は行った事ある?」


「ええ!?……いや……その……残念ながら、今まで機会がなくて……」


 正直に言えば、興味はあれども度胸がなくて行けないんですが。

 もういい加減、この拷問から解放してくれないかな? 沖野にこいつ呼ばわりされた時より居心地悪いっつうか……って、ここ俺んちだから逃げられないし、どうすりゃいいんだ?

 待てよ? これってひょっとしてチャンス? やっぱチャンスなんだろうか……だが残念なことに俺にはやはり度胸がないわけで……そもそも、離れとはいえ、母屋では両親が寝てるわけで……。

 それに藤原さんは酔ってるんだ。そこに付け込むのは男として……有りか?


「私……高校の時、相田君の事好きだったんだよね~」


「……は?」


 今聞こえたのは空耳?  

 じゃないなら、なんで俺? 顔も頭も良くなくて、藤原さんや沖野と違ってクラスの中でも埋もれていたタイプなのに。

 それになぜ今更このタイミングで告白なんだよ!? 高校の時に言ってくれれば……ああ、あの時の俺にこの事教えてやりたい!!


「いつも、休み時間でもずっと本読んでたから……邪魔したら悪いかな? と思って話しかける機会がなくて。でも渡辺君とかとは楽しそうに話してて……何話してるのかな? 私も入りたいなぁって思ってた」


 いや、ゲームとか、ラノベとかのバカな話ばかりだったんだけどな。まさか、そんな風に思われてたなんて……ん? 待てよ? じゃあ……。


「ひょっとして、藤原さんって沖野に告白された時に好きな奴の事とか聞かれた?」


「え?……ああ、うん。あれ? 何で沖野君に告白された事知ってるの?」


「……けっこう有名な話だよ?」


「ええ!?」


 驚いて目を丸くしている藤原さんが可愛くて、思わず抱き寄せたくなったんだけど……やっぱ酔ってる相手に手を出したらまずいよな? いや、決してビビってる訳じゃなくて……嘘です。本気でビビってます。

 それにしても、そうか……沖野がやたら絡んで来るようになったのも……。 

 ぼんやりと当時の事を思い出していたら、急に藤原さんが正座のままズズッと寄って来て、膝詰めで説教が始まった。


「あのですね……今日は相田君が来るって聞いてすごく楽しみにしてたのです」


「はあ……」


「それが会ってみたら……カッコよくなってるかな? なんて期待した私が馬鹿でした。まさかもうすぐ三十歳にもなろうと言うのに、フリーター。まあ、それはいいんだけど、未だに親御さんの脛かじってるのはどうかと思います」


「……すみません」


 藤原さんって酔うと説教するタイプだったのか。にしてもどうすりゃいいんだ? 

 そう悩んでいたら……。


「と言う訳で、責任とって下さい!」


「は?」


「私の傷付いた心を慰めるべきです!」


「あの……どうやって?」


 あれ? なんか方向が変わってないか?

 そもそも、なんで俺が責任取らなきゃいけないんだ? とは言えない自分が情けないのだが。


「相田君から魔法使いになる権利をはく奪します!!」


「……ごめんなさい。意味がわかりません」


「ふふ~ん♪」


「いやいやいや……」


「相田君は二次元しか興味ない?」


「いや、そうじゃなくて……」


 完全に藤原さんは酔ってるから……この場合、俺は紳士的に……そんなもんどうやったらなれるんだ? 

 って、うお!? やべえって――。



   * * *



 と言う訳で、まさかの朝チュンです。

 彼女は早朝にもかかわらず、キッチリ支度を整えて俺の部屋のくすんだ鏡で化粧をしながらぼやいている。


「あー、やっぱりメイク落とさず寝たからお肌が最悪な事になってる……」


 「十分綺麗です」とは思ってても言えない俺でして。

 そもそも場数のない俺にはこの状況をどうすればいいか分からずに呆然とするしかないんだが……こんなものなのか? いや、もちろんすげえ気持ち良かったわけなんですが……あ、やべ、思い出したらいかん。ダメだ、落ち着け自分。


「さてと……あのね、相田君。私、昨日はちょっと酔っ払いすぎてました。迷惑掛けてごめんなさい。でも……うん。じゃあ、着替えないと出勤できないんで、もう帰ります。お邪魔しました」


「え? あ、ああ……」


 ペコリと頭を下げて立ち上がった彼女に続いて俺も慌てて立ち上がる。

 そうか、今日は月曜日だった。てことは、俺もバイトの日だ。


「げ、玄関まで送るよ」


「ん? ありがとう」


 微笑んだ彼女はやっぱり綺麗で……ああ、この場合は駅まで送るべきだったか? いや、家まで? さっぱりわからん。

 ――って、ちょっと待った!! まさか、この音は……?


「え……?」


「えっと……」


 母屋に入った途端、母との遭遇。

 最悪だ。

 そんな親子の間に流れる気まずい空気を叩き切ったのは彼女でした。


「おはようございます。私、藤原真奈と申します。ご挨拶もせずにお宅に上がり込んでしまい申し訳ありませんでした。大変、失礼な事とは存じておりますが、今は急いでおりますのでまた改めてご挨拶に伺わせて下さい」


「あ、……え、ええ。はい」


 母さんは明らかに動揺している。

 当然だ。

 俺も心臓が飛び出すんじゃないかと言うくらいにバクバクしているのに、何で彼女はこんなにも落ち着いているんだ?

 そうして無事に……って事もないが、彼女を見送った俺は朝食の席で気まずい思いをしながら黙々とご飯を食べて、バイトに出掛けた。



   * * *



「おかえりなさい」


「……ただいま」


 って、なんで藤原さんが俺ん家のリビングにいるんだ? 何でこうなった?


 今朝、帰った時とは違う服でソファに腰掛けた彼女はいかにもキャリアウーマンって感じに見える。

 改めて挨拶に来るって本気だったのか……。


「仕事……定時に終わらせれたんだ?」


 俺が帰って来た事にホッとしたらしく、母さんはそそくさとリビングから出て行った。

 それで二人きりになってしまった俺は何を言えばいいのか分からず、結局どうでもいい事を口にした。


「ん? 定時って言うか、うちはフレックスだから。いつもは本社との時差の関係でまだまだ仕事してる時間なんだけど、やっぱりこういう事は早くきちんとしたいから」


「そうなんだ……」


 別にわざわざ改めて挨拶なんて良かったのにな、なんて思っている俺にまた彼女は突然の質問をした。


「ねえ、相田君って子供好き?」


「は?」


「嫌い?」


「いや……どちらかと言うと好きかな? 甥っ子、姪っ子見てても可愛いし……」


 姉二人の子共達を思い浮かべれば自然と頬が緩む。

 だが、何なんだ? この質問の意図がわかんねぇ。


「私も好きなんだ、子供」


「そうなんだ……」


「でも、今の仕事もすごく好きなんだ」


「そうなんだ……」


 もう何て答えればいいのかさっぱりだ。


「私ね、子供はすごく欲しいんだけど、今の仕事は海外出張も多くて、子育てしながらは難しいと思うの。それで、子育てしてくれる事を条件にお見合いもしてみたんだけど、中々いい人に出会えなくて。やっぱり結婚は好きな人としたいよね?」


「ああ、それはそうだよなあ……」


「だから相田君、私と結婚してくれないかな?」


「は?」


「ダメかな?」


「いやいやいや、ちょっと待って!! あのさ――」

「待つ必要なんてないでしょ!? こんなに素敵なお嬢さん相手に!!」


「母さん!?」


 突然の逆プロポーズにうろたえる俺だったけど、更にいきなり乱入して来た母さんに驚愕した。

 って、今まで聞き耳立ててたのかよ!?


「私もお父さんも、死んでもお葬式もしてもらえず、押入れで白骨化するなんて嫌よ!?」


「二人の年金食い潰す気はねえよ!!」


 今まで、そんな風に俺の事見てたのか……まあ、月に五万しか入れない俺が偉そうに否定できるものでもないんだが。


「相田君に久しぶりに会って、ガッカリもしたけど、やっぱり好きだなって思ったの。相田君の子供なら産みたいって程に。私、家族を養っていけるくらいは十分稼いでるから、相田君が主夫してくれたらすごく理想的だなって」


 相変わらず動じることなく落ち着いて微笑む藤原さんはやっぱり美人で……だが、このおいしい申し出に飛び付くのは男としてどうかと……。情けなくないか?


「その……いきなり子供産みたいって言われても……」


 答えを言い淀む俺を、母さんは鬼の形相で睨みつける。


「女にとって、その相手の子供を産みたいと思うかどうかはとても重要な事なのよ!? あなたみたいに情けない男相手にここまで言ってくれて、何を迷う事があるの!?」


 いや、だから情けない事はわかっていたけど、母親にこうもハッキリ面と向かって言われるときついな。 


「私、昨年買ったマンションがあるけど、もし相田君がご実家から離れたくないなら同居でも構わないよ?」


 いやいや、どこの箱入り息子だ、俺は。

 側では母さんが期待した目で俺を見てるし、こんな旨い話を断るのは馬鹿だろうか? うん、馬鹿だよな? 

 情けないとか、今更だし、何より俺もやっぱ藤原さんの事が好きみたいだ。

 何もかもが逆になってしまっているけど……愛があればいいよな?


 頷いた俺を見て、彼女はホッとしたように笑った。

 ああ、なんだ。やっぱり藤原さんも本当は不安だったのか。

 そう思うと、情けない俺だけど、絶対この先彼女を守っていこうと心の中で密かに誓った。……金銭面以外で。


 それから驚くほどの速さで俺達は結婚した。

 結婚式には沖野も招待したのだが、その時には嫌味も笑って聞き流せるようになっていた。

 俺に甲斐性はないけど、愛だけはたくさんあるから。

 彼女と過ごせば過ごす程に限りなく生まれる愛に、世間から何と言われようと自信をもって言える。


 俺達はこれでいいんだよ!!




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