住む世界が違う、なんてよく言うけれど
キャラクター紹介
俳優・祐木大良/上里真平(ゆうきたいら/うえさとしんぺい)
一般人・轟夕貴
祐木大良。
職業、俳優。
今、テレビやSNSでその名前を見ない日はない若手俳優だ。
昭和を思わせる濃い顔立ちにしっかりとした骨格、着込んでいても分かる逞しい肉体。時代の流行を逆行するような外見の彼は、スカウトされて俳優界へと飛び込んだ。
老若男女から好かれるハツラツとした飾らない人柄はバラエティやトーク番組でウケ、彼をモデル起用した商品は大ヒット。電子の時代にもかかわらず、彼が表紙を飾った雑誌は即完売したそうだ。
さらに祐木大良の人気を強固なものにさせたのは、彼の確かな演技力。
端正な顔立ちからは想像のできない、怒りに燃えた表情やすべてを失った絶望の表情、複雑な心境を表した無の表情は、芸術性の高い作品で見事なまでに発揮された。ポップなコメディ色の強い作品でも、彼の柔らかな表情筋はフルに発揮され、はじける笑顔の下で光る重厚な役作りに観客は魅了された。
「ゆうき、たいら――」
俺はぼんやりとテレビの中の祐木大良を見ながら、その名前を呟いた。
祐木大良――本名、上里真平。
彼は、祐木大良は、真平は――俺の恋人だ。
真平がスカウトされた日のことを、今でもよく覚えている。
あれは俺が大学四年、真平が三年の頃。その時、俺達はすでに恋人同士で、所属しているサークルの次回活動場所の下見に二人で行った時のことだ。
「すみません、ちょっといいですか?」
そう真平に声をかけた男性は、すぐ近くでドラマ撮影をしていた俳優の事務所の人間だった。
彼と話した真平は数分後、なんとそのドラマに飛び入りエキストラ出演を果たしたのだ。主演俳優が逃げる途中でぶつかる通行人役という、チョイ役もチョイ役だったのだが、その時の演技やルックスが評価されてスカウトに至ったのだ。
――そこから先は、早かった。
真平はあれよあれよという間にスター街道をブチ抜けていった。
何かしらのショートドラマの脇役。地上波ドラマの準主演。新作炭酸飲料水CMの主演。モデル活動。時代劇映画の準主演。スペシャルドラマの主演――。
そして、去年公開されたサスペンス映画では、ついに主演に抜擢された。
……といっても、ダブル主人公のうちの一人なのだが、まあ主演でいいだろう。
あまり俳優やタレントを知らない俺でも知っている錚々たる役者陣の前に立った真平の映画ポスターを街中で見た時には、さすがの俺でもグッとくるものがあった。
公開初日はスクリーンの一番前の真ん中の席で、俺は恋人の晴れの姿を目に焼き付けたのだ。
映画自体は空前の大ヒットとはいかず、ヒット止まり(それにしたってすごい)だったが、祐木大良の知名度と人気は空前の大鰻登りとなった。
「うわ~、華やかだなぁ」
テレビの中で、真平は俺でも惚れ惚れするような美男美女の中に混じってトーク番組に出演していた。以前公開された、真平主演サスペンス映画の第二作目の公開の番宣出演のようだ。
(かっこいいな)
鮮やかな深緑のスーツを身に纏い、左右の美男美女にも引けを取らない魅力を放つ真平。
柔らかな笑みを浮かべて話す真平は俺の知らない人みたい。
(対して、俺は……)
スカウトされた真平を横目に、俺は堅実で平凡な道を歩んでいた。
大学生活を勤勉に過ごし、就職活動を乗り切った、社会人としての道だ。
就職した会社は中小企業ながら業界では大手と言われるような会社だが、俺のような新卒採用は久しぶりだったようで、ピチピチの若者は大歓迎を受けた。
覚えることも多く、目が回るくらいに忙しくはあったが、毎日が充実していた。
(けど――)
真平との時間は、まったくと言っていいほど取れなくなってしまった。
祐木大良が人気になればなるほど、俺が充実すればするほど、芸能界と世間一般の世界にいる俺達は、どんどんとすれ違って言ったのだ。
俺は土日祝日休みで、お盆と正月にはまとまった休みがある。勤務時間は朝の八時半から夕方の五時半まで。
対して真平は、休みは不定休。勤務時間もその時によって大きく前後する。撮影のために長期間県外に行くなんてザラで、この前はなぜかアラスカに行っていた。
「ま、しょうがないよな」
口に出した言葉が、たった一人しかいないアパートの天井に吸い込まれていった。
もう、しばらくデートしていない。
以前なら、二人の休みがあったら近所の商店街をブラブラと歩いて、少しテーブルがベトつく中華店で天津飯を食べていた。たまに遠出をして、そこでいつもとは違う少し高い飯を食べて。少し長い休みが取れたら、お互いの疲れを癒すために温泉に行って。
全部、真平が俳優デビューして数年でできなくなった。
家の中でだらだらと過ごして、くっつきながら映画を見て、ゲームをして。
お互いに触れあって、抱きしめて、一緒に寝て。
世の恋人同士ができることが、ほとんどできなくなって、それが当たり前になって、できた時にはラッキーなんて思うようになってしまって。
――しょうがないのだ。
だって真平は、祐木大良なのだから。
そして俺は、ただの一般人なのだから。
「わ。うまそ」
トーク番組は中盤。
真平は何かしらのコーナーでクイズを正解したらしい。賞金である高級寿司を、うまそうに食べている。
それを見ながら、俺は手元に視線を落とした。
豚肉の生姜焼きにちょっとした漬物、豚汁に五穀米。テレビの中の華やかなマグロやエビ、アワビにウニ等の寿司に比べて、豚アンド豚の、なんとも平凡な庶民飯だ。
(まあこっちも美味いけどさ)
――食べるものも。着るものも違う。
周りにいる人間も、過ごす毎日だって違う。
(こういうの、なんていうんだっけ)
……そうだ。思い出した。
恋愛作品でよく聞くセリフ。
御曹司と貧乏学生。イケメンハイスペ生徒会長とただの生徒。イケメン激めろハンサム男前と平凡。
芸能人と、一般人。
テレビに視線を戻す。
キラキラとした直視するのもまぶしい世界。華やかな世界。対して俺の、堅実だが、地味でぱっと映えない世界。
それらを表す言葉はただひとつ。
「住む世界が違う――」
――そこまで言って、俺は、小さく笑った。
それと同じタイミングで、俺のスマホが小さく震えてメッセージが届いたことを知らせる。
内容は、見なくても分かる。
(……住む世界が違う、なんてよく言うけれど――)
恋愛作品の登場人物達と同じく、俺達もそうなのかな、なんて、少しも思わなかった。
なぜなら――
「今終わった!これから帰ります!」
メッセージの送り主は、祐木大良――真平だ。
ただの帰宅報告なのに、文末には涙目の絵文字が五つもある。
俺はそれに「了解」の意のスタンプをポンッと送って台所に立った。
(――全然、不安に思わないんだよなぁ)
正確には、思えない、が正しいが。
――なぜなら、真平は世の社会人にも引けを取らない、報連相の使い手だったからだ。
「今日は新潟で撮影です!先輩の好きなお菓子買って帰るね」
「いってきます。先輩の寝顔可愛かった」
「食器洗剤終わっちゃったので買ってきて欲しいです。グレープフルーツの香りでお願いします」
「布団干したら先輩の匂いした。早く会いたいね」
「京都でめちゃくちゃ可愛いマグカップ見つけたんだけど、おそろいで買ってもいい?」
「夕食は前に話した事務所の芦澤さんと食べるね。絶対に終電までに帰るので、玄関の電気だけつけておいて下さい!」
「アラスカのオーロラきれい。でも君のほうがキレイだよ。きゃっ」
「早く会いたい」
日々細かに来るメッセージの内容は、今日はどこの誰と撮影で、今日はここに行ってあれを食べて、など……たぶん奴は、スカウトされずにあのまま社会人になっても成功していただろう。そう思わせるほど事細かに俺に報連相してくるのだ。
報連相と聞くと業務報告のような淡々としたものがイメージされるけど、実際は子供が「聞いて聞いて!」とまとわりついてくるイメージのほうが近い。
しかも「先輩の声が聴きたいから」という理由でほとんどが電話で、それが無理ならメッセージという感じだ。
対して俺は、事細かな報告、さらには長文で感情を表す絵文字やマークたっぷりの真平からのメッセージに、いつもスタンプひとつや一言だけで返事をしていた。
(こういうの、普通は逆じゃないのか)
豚汁の鍋に火をつけながら苦笑する。
普通、華やかなほうからの連絡がまばらになって、華やかでないほうが縋るようにたくさんメッセージを送るもんじゃないのか。
まあでも、そのおかげで「あの頃はよかった」なんて古い写真を片手に昔を懐かしむ思いをしなくてすんでいるんだけれど。
(……そっか。不安に思わないんじゃなくて、『不安に思わせてくれない』んだな)
髪を切った時には、どうせアパートで会うのにわざわざサロンから
「先輩の真平が、より先輩好みになりましたよ」
と産地直送写真を送ってくるので、世間の誰よりも先に祐木大良のニュービジュとやらを見ることができる。なんなら、さっきのトーク番組で着ていた深緑のスーツも収録日に
「グリーンのスーツなんて初めて着ました」
と、これまたキメた写真付きで送ってくれている。しかも四枚だ。
まったく、と苦笑ではない笑みがこぼれる。
(俺が、『カッコいい真平が見れて嬉しい』、なんて言ったばっかりに、こんな毎回送ってくるなんて)
可愛いな、なんて自然に思ってしまう。
そして、愛されているな、とも。
俺の恋人は、俺に不安に思う隙を与えてくれないのだ。もしそんな隙があったら、あいつは見逃さずそこに愛を詰めてくるだろう。
そういう人間なのだ。
「あ――」
カチャ、と、玄関の鍵が開く音。
俺は音のするほうへ小走りで向かい――
「おかえり、真平」
「夕貴先輩っ、ただいまです!」
出迎えの言葉が終わった瞬間に抱き着いてくる恋人を、受け止めた。
「お疲れ様」
食べるものも、着るものも、周囲の人間も、過ごす毎日だって違うけど、この暖かさと重さは変わらない。
ずっと俺が好きで、俺も好きな、俺の恋人。
「先輩もお疲れ様です……はあぁ、先輩の匂い……」
「嗅ぐな」
「あと生姜焼きの匂いもする……」
スンスンと赤い鼻を鳴らす真平の頭を、引きはがさない程度の力で押す。
真平の鼻先が首元に当たってくすぐったい。
「あれ、もしかして今日は豚汁もある?」
「うん。今日帰るって言ってたから作っといた。お前豚汁すきだろ?」
「大好き!作ってくれた先輩も大好き!」
リビングではトーク番組が終盤を迎えたようで、祐木大良が「この番組の後は、公開映画第一弾の『密談』が地上波初登場です。ぜひ見てください」としっかりと役割を果たしている声が聞こえた。
真平が俺の首にぐりぐりと額を擦り付けながら言う。
「あ~先輩また俺の出てる番組見てる~。も~恥ずかしいのに~」
「何を恥ずかしがるんだ。この番組の後でやる映画も見るんだからな」
「え、『密談』見るの!?DVDもBlu-rayだって持ってるのに!?」
「見る。真平初主演映画は何回見ても味がする」
「スルメみたいに言うじゃん……」
「そろそろ離せ。豚汁の鍋、火にかけたままなんだ」
「やだぁ~!まだ先輩とくっついてたい~!」
「っ、ばか、触んな!」
外から帰ったばかりの真平の手が、裾を出したままにしていたシャツの中へと侵入してくる。室内で温くなっていた俺の肌が、冷たい真平に触れられて粟立つ。
「あ、鳥肌立ってる。ふふ、夕貴先輩は鳥肌も可愛いね」
「ッしんぺ、離せって……!」
「ふふ、やだ~」
「ぅあ……っ」
もうしばらく荒れなくなった柔らかな唇が俺の首筋に触れる。役作りで鍛えて大きくなった体が、俺を包み込むように抱きしめる。冷たい指が、俺のヘソをくるりと優しくえぐって――
『それでは始めましょうか――』
「フンッ!」
「ぎゃ!」
リビングから聞こえてきた祐木大良の声を耳にした瞬間、俺は目の前の恋人を大外刈りで払った。
ふん、伊達に役作りで格闘技を学んだこともあって、受け身はきれいにとれているようだ。
「え、先輩……今、可愛い恋人に大外刈りかけました?」
「祐木大良と豚汁が俺を呼んでるから」
「いやいやいやいや!俺!俺俺!豚汁はともかく、祐木大良は俺ですが!?」
フローリングで這いつくばる真平を置いてキッチンへ向かう。
危なかった。もう少しで吹きこぼすところだった。
真平の分の五穀米と豚汁をよそり、生姜焼きをレンジで温めなおす。
「うう……祐木大良は俺なのにぃ……先輩は俺より祐木大良を愛でるんですね……」
「豚汁冷めるぞ」
メソメソグズグズしながらテーブルについた真平へ、俺はちらりと視線を向けた。
――まったく、本当にこいつは手のかかる恋人だ。
「――この後、デザートもあるから早く食べろ」
「え、デザート?なんですか?」
「……祐木大良には関係のないデザートだ」
これ以上は言わせないよな?
そう無言の圧力をかけて睨めば、真平のグズグズ顔はそのままに、ボフン!と音がする勢いで赤くなった。
……その顔やめろ、俺も恥ずかしくなる。
「おっ、俺は上里真平ですので……!」
「……そうか」
「はい!なので夕飯もデザートもおいしくいただきます!」
「そうしてくれ」
真平は顔を赤くさせたまま、「いただきます」と素直に夕食を食べ始めた。
(――ふふ)
チラチラとこちらを見ながら、顔の赤みは引いたもののまだ耳だけは真っ赤な真平を見ながら、俺は心の中で小さく笑った。
……もう、付き合ってから五年は経っているのに、真平は本当に全身で俺に好きと伝えてくれる。
どんなに真平と俺との住む世界が遠くなっていっても、まったくと言っていいくらい不安に感じないほどに。
「ふはっ」
ついに我慢できずに噴き出してしまう。
「先輩?」
「俺も大好きだよ、真平」
全身で伝えてくれる恋人に言葉で伝えれば、テレビの中と同じ顔が、またボフンッと赤くなった。
以前Xでつぶやいたネタを小説として書き直したものになります。
こういう話が大好きです。




