表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超板金 山形ロボ ―ロボットがランドマークになった街で、怪異が目を覚ます―  作者: bobson3b


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/200

045 2026年4月26日(日)_01 片桐一葉有給取得作戦

日曜日。

だが出勤。


それはいい。

本当は良くないが。


今、一葉は

資料管理室そのものを相手に、戦闘モードへ移行していた。

全身の筋肉痛は無視。


頭の中で、ギアが一段、跳ね上がる。

思考が加速する。

主目的はただ一つ。


——有給取得。


---


■ 混沌 める(まじか・める)

ブイチューバー。

一葉の、推し。

生配信。

久しぶりの配信。

しかも、平日の、日中。


「……有給……」


小さく呟いたその瞬間、

脳内で警報が鳴る。


有給!有給!ならば有給だ!

我には代休という必殺技もある!


---


混沌 める生配信の為の休日申請


児島の小言も、

若林の餌付け(名目は“差し入れ”、実態は“懐柔工作”)、

父親の、あの絶望したような視線も、

スマホで飛び交うオタク用語を必死に検索している石原も、

今までの蓄積が我慢限界を超え、

笑いのトリガーが引かれ、モニターの前で肩を震わせている新人・武田も、

そして——

勝手に“片桐観察日記”をつけている新人・今田。

……彼にはもうお菓子、もうあげない。

心の中で、きっちり線を引く。


すべて、今は無視。


---


県知事?

市長?

上からの圧力?


知らん。


権力には屈しない。

なぜなら——


「私は、納税者だから!」


心の中で、拳を突き上げる。


納税オブ・ジャスティス。


---


そのとき、

ふわっとした空気のまま、槌谷が口を開いた。


「そのブイチューバー……たぶん、配信ないですよ?」


一葉が、ぴたりと止まる。


「え?」


槌谷は、相変わらずゆるい口調のまま、

だが内容は、容赦がなかった。


「言い回し、言葉の選び方、間の取り方。

あれ、全部——奈良 透。

正確には、ナイアルラトホテップの癖ですね」


一葉の顔から、血の気が引く。


「……なにそれ、やだ」


槌谷は、にこりともせず、続ける。


「事務所の方には、もう連絡入れてあります。

“中の人が国家的に不適切”って。

前職、防衛庁ルートで」


さらっと言うあたりが、いちばん怖い。


---


その横で、槌谷は石原に書類の束を差し出す。


「石原さん、ご依頼の報告書、まとめておきました」


老眼鏡をかけ直しながら、石原が受け取る。


「おお……助かる」


槌谷は、そのまま一葉にも、もう一冊差し出した。


「はい、片桐先輩にも。参考資料です」


表紙には、

爽やかな笑顔の“奈良 透”。


だが、ページをめくった瞬間。


中身の大半は、

肉の塊みたいな成田仁。

だれだ成田仁って。

異形。資料写真。注釈。黒塗りだらけの報告ログ。

眼鏡がズレる。


「……夢、壊れた……」


一葉は、机に突っ伏す。


「イケメンなら、まだ我慢できたのに……」


今田がぼそっと。


「それルッキズムです。外見至上主義ですよ。」


知らん。


それを見て、

槌谷は、ほんの一瞬だけ、恍惚とした表情を浮かべた。


——“かわいいものが、かわいそうな目に遭う”。


その感情が、言葉にならずに、空気に滲む。


児島は、その様子を横目で見て、内心でため息をつく。


(……ああ、いい性格してるわ、この子)


---



一葉は、机の引き出しを躊躇いながら開けた。


アクリルスタンド。

ぬいぐるみ。

キーホルダー。

限定ポストカード。

イベント特典の、謎に分厚いクリアファイル。


両手で抱えきれないほどの“推しの残骸”を机の上に広げて、天を仰ぐ。


「……私のグッズ。

アクスタ。ぬいぐるみ。

こんなに集めたの」


一拍。


「なに?

なんで?

私、なにか悪いことした?」


---


ふと、思い出す。


投資系配信者だった奈良トオル。

声のトーン、間の取り方、言葉の選び方。


「……あの時も、そうだった」


一葉は、自分の耳を指で押さえる。


「私、声優なら……声だけで誰か当てる自信あるんだけど」


槌谷が、無言で視線を逸らす。


「……え?

うそでしょ。

これ、実はフェイク情報だよね?」


誰も答えない。

代わりに槌谷が無表情、だけど口角が緩んでる何とも言えない顔で

机の上に、ぴたりとタブレットを置く。



《成田仁 長距離観測映像データ》


一葉は、震える指で、再生ボタンをタップした。


---


再生。


画面に映ったのは——

どこかのメイド喫茶風のカフェ。

ネオンと間接照明、ポップな内装。

いわゆる“世界観重視型飲食店”。


カウンター席。


そこに、

体重百キロ超えと推測される中年男性。


パフェを前に、満面の笑み。


なぜか、

やたらとカメラ目線。

たまにウィンク。


店員が、ノリよく話しかける。


「余はバックベアードじゃ。下僕よ。今日のパフェ、どうじゃ?」


成田は、スプーンを突き立て、口いっぱいに頬張る。

長距離撮影なのに咀嚼音までしっかり聞こえる。

くっちゃくっちゃ。


「フヒフヒ!ヒホヒホ!

おいちい!」


満面の笑み。


——そして無駄に、音声がクリア。


---


一葉の脳が、静かに、停止する。


「……チーン」


次の瞬間。


「あーーーーーーーー!!」

「あーー!!ー!!!」


机に突っ伏し、慟哭。


心の底から、魂ごと引きずり出すような叫び。


---


その光景を見て、

槌谷は、さらに一段、恍惚の領域へ沈む。


武田は、腹を押さえて、呼吸困難。

「……む、無理……酸素……」


今田は、目を輝かせてメモを取る。

「芸術点、高すぎません?これ。悲劇として完成度が……」


---


そこへ、

たまたま通りかかった浮雲。


「……なにを、している?」


誰も説明しない。

できない。


一葉は、机に突っ伏したまま、か細く呟く。


「……私の推しが……邪神だった……」


浮雲は、数秒、考え込む。


「……それは、

……大変だな」


本気で同情しているのが、余計につらい。



---


一葉は、机に突っ伏したまま、うめくように言った。


「……メルカリで売る。

メルカリで売る。

そうだ、メルカリで売ろう……」


ぬいぐるみを一体、持ち上げる。

アクスタを光にかざす。


希望が、そこにあった。


---


今田が、ふと、眼鏡を押し上げる。


「……それって、税関係どうなるんですか?」


一葉の動きが止まる。


「……は?」


今田は、悪意ゼロの顔で続けた。


「戦闘回数、片桐先輩、かなりこなしてますよね。

多分……高収入ですよね。

副収入、申告、大丈夫ですか?」


「なに?

なに??」


---


その瞬間、

総務・会計の斎藤が、椅子を引いて立ち上がった。


表情、無。

声、低温。


「説明します」


一葉の魂が、半歩、後ずさる。


---


斎藤は、ホワイトボードに、淡々と書き始める。


1.片桐さんの立場

「あなたは地方公務員です。

給与は“給与所得”。

これは年末調整で基本的に完結します」


一葉、うなずく。

ここまでは知ってる。


---


2.メルカリの売上

「これは“給与”ではありません。

原則、“雑所得”扱いです」


一葉の顔が、曇る。


「ただし——」


斎藤は、間を置く。


「営利性、継続性、反復性がある場合、

税務署の判断で“事業所得”と見なされることもあります」



---


3.金額のライン

「給与所得者の場合、

副収入が年間20万円を超えたら、確定申告が必要です」


一葉の脳内で、

ぬいぐるみとアクスタが音を立てて崩れ落ちる。


「……20万?」


---


斎藤は、さらに追撃する。


「今月の給与と手当、

このペースで出撃が続けば——」


タブレットを操作。


「月収70万円に到達する可能性があります」


---


一葉、跳ねる。


「70万!?

やっほーい!!

新しい推し探す!!」


児島が、湯のみでコーヒーをすする。

若林は、チョコパイをスナック感覚で頬張る。

完全に他人事。


---


斎藤、無慈悲に続行。


「所得税率が、変わります」


ホワイトボードに、段階的に数字が並ぶ。


5%

10%

20%

23%

33%


「年収が上がるほど、

税率も上がります。

住民税は、別途、一律約10%です」


一葉の笑顔が、凍る。


---


「さらに」


斎藤は、資料をめくる。


「メルカリの売上が継続的と判断された場合、

住民税の申告も必要です。

未申告の場合、

追徴課税、延滞税、最悪の場合、懲戒案件に発展する可能性もあります」


---


「やめて」

「やめて」

「やめて」

「聞きたくない」

「許して」


一葉は、机にしがみつく。


---


最後は、

泣きながら、撃沈。


---


児島は、湯のみで静かにコーヒーをすする。


「……納税は、正義だからね」


若林は、チョコパイの袋を丸める。


「シングルマザー的には、

“引かれる前に喜ぶな”が人生の鉄則よ」


---


早川は、顔面蒼白でスマホを打っている。

元妻・綾へのメッセージ。


「……一葉の金銭教育、

やっぱりちゃんと、やり直そう……

大丈夫だ。情報漏洩には抵触しない。

でも、本人が、税で死にかけてる」


---


顧問のご老公ズは、立ち上がる。


「昼だ」

「ラーメン行くか」

「今日はニボニボしたのがいいな。」

「魚のアラ使ってるとこ、並ばないか?」


戦場を後にする、歴戦の老人たち。


---


一葉の書類は、

涙で、ぐしゃぐしゃに濡れていた。


---


そこへ、

浮雲。


デリカシーゼロの声。


「……つまり、

お前が稼げば稼ぐほど、

国が強くなる、ということか?」


一葉、顔を上げる。


「黙れぇぇぇぇ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SF / ロボット / 地方都市 / 行政・公務員 / 都市伝説
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ