011 2026年4月21日(火)_01 ちょっとした違和感
昼休み前。
片桐一葉は、コピー機の前でふらふらしていた。
文翔館の中庭は、今日も観光客でにぎやかだ。
レンガ造りの外壁、アーチ状の窓、重厚な石の階段。
明治期の県庁舎として建てられ、今は公益財団法人 山形県生涯学習文化財団が管理・運営している文化施設。
映画やドラマのロケ地にもなる、山形市の“顔”みたいな建物。
その奥の、
観光案内所でも、展示室でもない、
案内図にすら載っていない区画。
そこが、
一葉の職場だった。
正式名称。
山形県 総務部付属資料管理室(文化財・特殊記録担当)
――長い。とにかく長い。
「……名前だけで眠くなるんですけど」
ぼそっと言いながら、
児島室長の机に積まれていた書類の山に、肘が当たった。
ガサッ。
「あっ」
紙の雪崩。
ファイル、クリアホルダー、バインダー。
床一面に広がる、年代別の背表紙。
その中に、
一葉の目が止まる。
《1999年 最終決戦事案》
「……え?
なにこれ……陰謀論?」
思わず、声が出た。
「ちょっとちょっと、片桐ちゃん。なに見てるの?」
後ろから、声。
事務担当の先輩、若林さん。
アラフィフ、ふくよか体型、ゆるいパーマ、いつもお菓子を引き出しに隠してる“おばちゃん枠”。
「す、すみません!崩しちゃって……」
「もう、児島さんが本庁行ってる間に何してるのよー」
しゃがみ込みながら、
若林さんがファイルを拾う。
「石原さんに見つかる前に片づけよ。あの人、こういうのだけは目ざといから」
「……石原さん?」
一葉は、思わず聞き返す。
「警備の、おじいちゃん?」
「おじいちゃん言うな」
若林さんが笑う。
「一応、施設警備責任者。元・県警の人。
この建物の“裏”を一番よく知ってる人よ」
一葉は、床に落ちた別のファイルを手に取る。
「でも……なんで警備の人の名前が、こういう書類に?」
若林さんの手が、
一瞬だけ止まる。
「……あんた、変なとこ鋭いわね」
「え?」
「気のせいー。気のせい。ほら、早く」
二人で、無言で片づける。
沈黙の中で、
一葉は感じる。
――優しい。
――気さく。
――でも、どこか、線が引かれている。
「……なんか、私だけ、仲間外れ感ないです?」
ぽろっと言うと、
若林さんは、肩をすくめた。
「どこの世界でも、新人はだいたいそう感じるもんよ」
「これって、なにハラですかね。仲間外れハラスメント?」
「そんなのあるか」
くすっと笑う。
「気にしすぎ。ほら、給料もらって、推し活して、幸せならいいじゃない」
「それは、そうですけど!」
一葉は胸を張る。
「私は、スパチャとグッズのために、真面目に働いてるんです!」
「立派な動機だわ」
---
午後。
一葉の仕事は、
ひたすら数字を打ち込むこと。
県立中央病院付近・構造物周辺 観測記録(1998〜2003)
意味のわからない項目。
電圧、流量、振動、磁気、温度。
「……これ、オブジェの管理データだよね?」
画面を見つめながら、独り言。
「水道は普通に使ってるのに……
電力、逆に“売電”してる……?」
桁を見て、目をこする。
「……発電所レベルじゃん。
え、売り先どこ?
これ、給料上がらないのおかしくない?」
周りは、
誰も反応しない。
キーボードの音だけが、
静かに響く。
---
休憩時間。
中庭のベンチで、
石原が立っていた。
警備服。
背筋がやけにまっすぐ。
「あ、石原さん」
声をかけると、
ゆっくり振り向く。
「おう。新人さん」
「あのオブジェって、電気、作ってるんですか?」
石原は、
一瞬だけ、空を見る。
「……さあな」
「でも、数字おかしくて」
「公務員はな」
石原は、にやっと笑う。
「見たものを、全部信じると、疲れるぞ」
「え、それ深い系ですか?」
「ただの年寄りの愚痴だ」
---
地下深く。
観光客の足音が、
もう届かない場所。
完全にスリープしていない、
整備施設。
かつて、
この建物そのものが、
“中枢”として戦場に立った。
今はただ、
主の帰還を待つ王座のように、
深く、
静かに、
眠る。
---
「ま、いいや」
一葉は、画面に戻る。
「私は、真面目な公務員。
職務には忠実なのです」
キーボードを叩く。
定時へのカウントを内心行いながら。




