009 【過去編】1999年7月23日(金) 深夜:最終決戦
1999年7月23日。
月山湖大噴水を起点に地球衛星軌道上に展開されたワープゲートは、
本来、冥王星外縁の重力場へと接続されるはずだった。
だが、ゲートは“切り替わった”。
接続先は、流留異影。
距離も、方向も、時間も、意味を失った非ユークリッド構造領域。
空は、巨大化した冥王星外縁の重力場を映し、
背後には、人類世界へ通じる薄い裂け目。
そこに、
無限を超える“気配”が満ちていた。
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世界中から選りすぐりの数百に及ぶロボット軍団は、円陣を組むように展開した。
周囲を取り囲むのは、大小無数の異形。
形と呼べるものも、輪郭と呼べるものもない。
誰かが、通信に小さく息を吐いた。
「……これが、向こうの“本隊”か」
返事はなかった。
返せる余裕のある者はいなかった。
戦闘は、始まった。
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時間は、崩れた。
計測ログ上、三十年。
だが、地球側では、わずか数時間。
装甲は削れ、
機体は沈み、
通信は、ひとつ、またひとつと消えていった。
モニターが悲鳴のように被害を書き出す。
インドの狙撃型機が大破、
ロシアの近接戦闘機が行動不能、
イラクの拠点防衛機が敵性存在複数を巻き込み自爆、
静岡県防衛機が敵軍陽動の為突貫、信号途絶。
戦況悪化率、七〇%。
指令機からの無線が、浮雲 平輔の座るコックピットに響く。
だが、もう誰の声なのかは、わからない。
全体を指令出来る機体が変わって何度目か。
彼は、グレート山形ロボのコアである山形ロボの操縦桿を強く握りしめた。
「……鎌田さん、早川。聞こえるか?」
返答は、ノイズだけだった。
浮雲は、静かに言った。
「悠、みんな、ごめん。」
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三動力炉。
霊子炉《如来》。
光子炉《観音》。
次元炉《菩薩》。
並列から、
絶対に繋ぐなと言われた、
直列接続へ。
警告音が、重なり合う。
計器の針が、設計限界を越えて、なお進む。
モニターの、グレート山形ロボのOSの名前の下に
取って付けたような、文字列が表示される。
《蔵王権現》
その瞬間、
機体の“出力”ゲージが高速回転。
山形ロボの在り方が、変わった。
音が、消える。
爆音でも、衝撃でもない。
“現実そのものが、息を止める”。
霊子炉《如来》が、最初に“目を開く”。
世界に存在する、すべての“意味”が、数値に変換される。
恐怖。
信仰。
敵意。
祈り。
それらが、光の粒になって、機体の内部へと吸い込まれていく。
次に、光子炉《観音》が、脈打つ。
心臓の鼓動のような周期で、
運動と熱と冷気が、ひとつの“流れ”に束ねられる。
大気が、わずかに、下へ引きずられる。
雲が、止まる。
最後に、次元炉《菩薩》。
空間が、“場所”であることをやめる。
距離と方向が、意味を失う。
上下も、内と外も、境界が溶ける。
三つの炉が、直列に繋がる。
それは、出力が上がる、という現象ではない。
“質が変わる”。
力ではなく、
“法則”になる。
CRTに警告メッセージとエラーメッセージが流れ、
警告音が悲鳴のようにコックピット内に木霊する。
画面が上下に流れ、激しい横縞が走る。
> 出力、許容範囲外。
> 構造体、崩壊予測――
浮雲は、スイッチを押し切った。
「月山おろし、最大出力!」
世界が、裂けた。
幽世と現世の間に強制的に壁が出来る。
霊子炉《如来》が、
邪神という“存在の定義”を、読み取る。
光子炉《観音》が、
それを“冷たい運動”として、世界に流し込む。
次元炉《菩薩》が、
その流れを、“逃げ場のない構造”として、固定する。
――地球を覆う、結界が、展開される。
戦う意思を失った人類は、
強制的に現世に帰還する。
この内側では、
幽世の論理は、成立しない。
信仰で生まれたものは、
信仰のまま、溶ける。
恐怖で形を得たものは、
恐怖のまま、崩れる。
邪神たちは、吠える。
だが、その声は、
もはや、世界に“意味として”届かない。
ただの、ノイズになる。
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だが、彼は、戻らなかった。
壁が展開される瞬間、
浮雲は、グレート山形ロボの外へと弾き出される。
流留異影の“こちら側”。
現世と幽世の、境目。
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そこに、
奈良 透が立っていた。
いつもの顔。
いつもの笑み。
いつもの、軽い声。
「やあ。思ったより、早かったね」
浮雲は、支給された護身用の刀を抜いた。
声が、震える。
「……奈良ァ!!」
信頼も、
友情も、
全部まとめて叩きつけるように、
一閃。
確かに、斬った。
奈良の右腕が、宙を舞う。
――はずだった。
次の瞬間、
自分の右腕も、同じように、落ちた。
奈良は、腹を抱えて笑い転げる。
「ははは!
いいねえ、いいねえ。
“僕の腕を斬るための動き”、ちゃんと完成させてきたじゃないか。
僥倖だよ、これは」
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浮雲は、歯を食いしばる。
だが、ここは幽世。
物理よりも、
意思が、先に立つ場所。
彼は、迷わなかった。
足元に転がる、
黒く変色した“奈良の右腕だったもの”。
それを拾い上げ、
自分の断面に、押し当てる。
融合。
痛みは、意味を失った。
境界が、消えた。
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浮雲は、一歩、踏み込む。
脳裏に浮かぶのは、
村山の居合神社。
一度だけ、見た型。
老いた達人の、
吸い込まれるような動き。
まるで、
対象が斬ってくださいと言わんばかりに
軌道に吸い込まれる
“刃は、振るものじゃない。
通すものだ”
浮雲は、その通りに、動いた。
居合いの手刀。
月山おろし――その原型。
奈良の頸が、
静かに、宙を舞う。
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首だけになった奈良は、
それでも、嗤った。
> ようこそ。
> 無限の戦場へ。
>
> 君には、永遠に踊る資格をあげよう。
そう言って、
影の中へと、溶けて消えた。
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浮雲は、膝をつく。
右腕だった“それ”を、
ゆっくりと、自分のものとして定着させる。
周囲を見渡す。
残っていたのは、
九名。
現世と幽世の、瀬戸際。
誰かが、言った。
「……帰れないな」
別の誰かが、笑った。
「最初から、そのつもりだろ」
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九人は、円になる。
機体すでに現世に帰ってしまった。
だが、
彼らの“意思”だけは、
まだ、生きていた。
誰かが、静かに言う。
「……創るか」
「何を?」
「俺たちの“愛機”だ」
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世界が、応えた。
虚空から、
影が集まる。
闇が、形を持つ。
装甲が、
世界が歪みながら、組み上がる。
フレームが、
心臓のように、脈打つ。
漆黒の箱。
漆黒の戦鬼。
九体の、黒い愛機。
それは、
守護神ではない。
英雄でもない。
ただ、
“強い意志を秘めた存在”。
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浮雲を包むように、
黒い山形ロボが、完成する。
背中に、
本来は存在しない翼が、展開する。
影でできた、翼。
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前方には、
無限。
後方には、
人の世界。
浮雲は、
ただ一度だけ、振り返る。
遠く、
青い空の気配を、思い出す。
そして、前を向く。
「……行くぞ」
九つの影が、応える。
「ここから先は、
俺たちが“壁”だ」
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無限に立ち向かうために、
人は、鬼になる。
浮雲は、
低く、言った。
「――たとえ、
細胞の一片でも。
あちら側に、
人の世界へは、渡らせない」
そして、
黒い翼が、
闇を切り裂いた。
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時に西暦2025年。
時間が捻れた幽世では 二百二十七万七千六百年が経過していた。
九人の戦鬼は、
誰かに語られずとも、
未だに戦っている。




