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恋人になった朝

守るための距離感

 昼休みが終わり教室に入った瞬間、

 さっきまでとは違う視線が、確かに混じっていた。


 誰かが見ている。

 でも、誰がとは分からない。


 それが一番、嫌な感じがする。


 席に着くと、紅月さんはすでにノートを開いていた。

 目は合わない。

 けれど、隣にいる気配だけは、はっきりと伝わってくる。


 ――近い


 でも、触れない。


 その距離が、今日はやけに不自然に感じた。


「ねえ」


 前の席の女子が、後ろを振り返る。


「白銀くん、最近さ――」


 その一言で、心臓が跳ねた。


 紅月さんの指が、ノートの端をきゅっと掴む。

 何も言わないけれど、緊張が伝わってくる。


 「最近、ずっと一緒じゃない?」

 「昼もさ、二人でどっか行ってたよね?」


 教室のざわめきが、ほんの一瞬だけ静まった気がした。


 否定するべきか。

 笑って誤魔化すべきか。


 考えるより先に、紅月さんが小さく息を吸う。


「……席、隣なだけだよ」


 淡々とした声。

 感情を削ぎ落としたみたいな言い方。


 その横顔が、昨日よりずっと遠く見えた。


「ふーん?」


 女子は軽く笑って、前を向く。


 それで終わったはずなのに――


 胸の奥に、冷たいものが残った。


 正しいはずの距離が、怖かった


 恋人になったことは、

 まだ、誰にも知られていない。


 はずなのに、

 この関係は僕らだけで留めて置けないのかもしれない。


 ♦︎♦︎♦︎

 放課後


 放課後(加筆案)


 昇降口を出ると、空が思ったよりも低かった。


 いつもなら、横にいるはずの影がない。

 それだけで、足音がやけに大きく聞こえる。


 ポケットの中で、スマホが震えた。


 画面を開かなくても、誰からかは分かっていた。


『少しの間だけ距離、取らないと……』


 短い文章

 言い訳も、理由も書いていない。


 でも、紅月さんがどんな顔で打ったのか、

 嫌でも想像できてしまった。


 既読をつけるのが怖かった。


 指先が止まったまま、

 画面だけを見つめる。


 ――正しい選択なんだろう。


 昼休みの視線、教室での、あの空気。


 全部、紅月さんが一人で背負おうとしている。


 それが分かるからこそ、

 簡単に「嫌だ」とは言えなかった。


 胸の奥が、じわじわと痛む。


 恋人になったばかりなのに、

 もう会えない理由ができてしまったみたいで。


 ふと、校舎の方を振り返る。


 もう誰もいないはずなのに、

 窓の一つひとつが、こちらを見ている気がした。


 ――距離を取る。


 それは離れることと、

 何が違うのか。


 スマホを握りしめたまま、

 僕は、ゆっくりと歩き出した。

 


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