表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

噛まない距離の、その先で


朝の教室は、昨日までと何も変わらないはずだった。


 窓から差し込む光も、ざわついた声も、黒板の前で準備をする先生も。

 全部、見慣れた光景のまま。


なのに……


 紅月さんが席に座る音だけが、やけに大きく聞こえた。


 僕の隣。

 それは今までと同じ場所なのに、昨日までとは違う。


 視線を向ける勇気が出なくて、ノートを開いたまま動けずにいると、

 肘が、ほんの少しだけ触れた。


 ぴくりと、互いに肩が跳ねる。


 紅月さんは何も言わず、すぐに肘を引っ込めた。

 でも、そのあと。


 机の下で、指先がそっと近づいてきた。


 触れるか、触れないか。

 噛まない距離より、ずっと繊細な間隔。


 小さく息を吸う音が聞こえて、紅月さんが囁く。


「……昨日のこと」

「夢じゃ、ないよね?」


 僕は答える代わりに、逃げそうになるその指を、そっと掴んだ。


 血じゃない。

 首でもない。


 ただ、手のひらの温度だけが、確かにそこにあった。


♦︎♦︎♦︎

昼休み

 

昨日のことがあって、今日は人のいない教室を選んだ。


 肘、そして制服が触れる。

二人の距離は昨日の昼よりも明らかに近い。


嬉しそうにお弁当を食べる紅月さんを横目にふとつぶやく。

「今日は吸う?」


 紅月さんは戸惑いながらも、

「え、いいの?」


 少し躊躇うように言った。


「いいよ、ここなら人に見られないし」


……ゴクッ


紅月さんが唾をのむ音が聞こえた。

僕の顔をまっすぐ見つめる。



紅月さんは一度だけ、息を整えるように唇を噛んだ。


「……じゃあ」

「少しだけ、ね」


僕は何も言わず、首元を差し出す。


背後から、体温が重なった。


そのまま、静かに抱き寄せられる。


首筋に触れた気配と、

ほんの一瞬遅れて伝わる、柔らかな痛み。


 

♦︎♦︎♦︎

⦅紅月蓮視点⦆

 


朝から、いつもと違う感覚だった。


翔君との距離が、まだつかめない。

肘が触れては離れて、そのたびに彼が小さく反応するのが、どうしようもなく愛しかった。


今も、こうして隣にいる。


――あぁ、幸せなのね。


彼の息遣いも、体温も、視線も。

感じるたびに、胸の奥が静かに満たされていく。


「今日は、吸う?」


その一言で、心臓が跳ねた。


血のことなんて、考えていなかったはずなのに。

なのに、喉の奥がきゅっと鳴る。


「えっ……いいの?」


自分でも驚くくらい、声が揺れた。


「いいよ、ここなら人に見られないし」


その言葉を聞いた瞬間、

迷っていた気持ちが、すとんと落ちた。


「……じゃあ、少しだけ」


背中に腕を回して、そっと抱き寄せる。


首筋に唇が触れた瞬間、

胸の奥が、甘く締めつけられた。


――美味しい。


でも、それだけじゃない。


彼がここにいる。

逃げないで、受け入れてくれている。


その事実の方が、

血よりずっと、私を満たしていた。

 

♦︎♦︎♦︎

⦅白銀翔視点⦆


強く抱きしめられたまま、逃げ場のない距離で血を吸われている。

首筋には甘噛みとは少し違うが不思議と心地よい感覚がする。


気持ちがいい。

それ以上に、安心してしまっている自分がいた。


この温度を、もう失くしたくない。


そう思った瞬間、

僕はきっと、もう戻れない場所まで来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ