表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

離れないように


 朝の教室は、いつもより少しだけ騒がしく感じた。


 いや、正確には――

 昨日のことを思い出すたびに、僕の意識がそっちに引っ張られているだけかもしれない。


 紅月さんの気配。

 あの、噛まないまま近づいてきた距離。

「……今日もこれでいい」

 その声がやけに脳に焼き付いていた。


 考えないようにしているのに、教科書を開いても文字が頭に入ってこなかった。


「……おはよう」


 小さな声で、紅月さんが僕の席の横に立った。


 視線を上げると、彼女はいつもよりほんの少しだけ離れた位置に立っていた。

 近いようで、昨日より遠い。


「お、おはよう」


 それだけで、胸の奥がざわっとする。


 一瞬、昨日と同じ距離に戻ってほしいと思ってしまって、

 そんな自分に気づいて慌てて目を逸らした。


 紅月さんも、同じように視線を外す。


 まるで二人とも、

 “近づきすぎたこと”を意識しているみたいだった。


 少しの沈黙のあと、紅月さんがぽつりと言う。


「……あのさ。吸血姫って、意外と人目にうるさいんだよ?」


「え?」


「だから、その……昨日みたいに近づくの、学校ではあんまりよくなくて」


 そう言いながら、彼女は困ったように小さく笑った。


「別に、嫌なわけじゃないけどね」


 その一言で、胸の奥が少しだけ温かくなる。


 噛まない距離。

 触れないままの関係。


「だから、また後で」


 その一言が、少しだけ特別に感じられた。


 ♦︎♦︎♦︎

昼休み


 今日もいつもの場所で昼食を食べる。

隣に紅月さんがいるのにもすっかり慣れてしまった。


紅月さんの視線は僕の卵焼きに注がれていた。


「少し食べる?」


あまりにも欲しそうにしていたので思わず声をかけてしまった。


「……ん、もらう」


紅月さんは箸を受け取り卵焼きを頬張った。


「あ、それ僕の箸……」


「え……?」


紅月さんは一瞬固まったのち、みるみる顔を赤くして

「……血を吸うのと、あまり変わらないから」

と、あたふたしながら誤魔化す。


「ここなら人に見られないよ?」

僕は少し首元を見せながら揶揄う。


「……それ、ずるい言い方」


「あと、今日はあんまり見せないで」


 予想外の言葉に僕は慌てて首元を隠す。


「……そんなに隠されても気になるんだけど?」

 紅月さんは拗ねたように言った。


「昼は吸わないって決まりなの」


「それじゃあ近づいてもいいの?」


「……それは、別」


紅月さんは目の前にきて少し背伸びして

「吸えない分、我慢してるだけ」

 そう耳元で囁いた。


♦︎♦︎♦︎

放課後


「……今日は少し寄り道」

珍しく紅月さんがそう言ってきた。


今日は少し遠回りして帰ることにした。


「……この辺は誰もいない」


「……昼の続き、頭から離れなくて」


 その時の紅月さんは、何かを必死に抑えているような表情をしていた。


 翔は一歩踏み出し、

「……そんなに我慢するくらいなら」

 そう言って少し首元を開ける。


 紅月さんは息を荒げながら、首元に顔を近づける。


 ――あれ……?


 いつまで経っても噛まれる気配がない。


 ――震えてる?

 

「……ばか」

 掠れた声で、そう呟いた。


 紅月さんは首筋から離れ、僕の胸に額をつけた。

 

 ――可愛い……


 ふとそんなことを思ってしまう。


「……吸血姫なのに、こんな我慢する日が来るなんて」


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ