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触れないままで


昼休みの出来事のせいでずっと紅月さんを意識してしまう。

ノートを閉じる音がした。今なら言える気がして、口を開いた――けれど声は出なかった。


♦︎♦︎♦︎

 

放課後


チャイムが鳴ると同時に紅月さんが無言で裾を引く。


「また一緒だ」

「やっぱり付き合ってるんじゃないの?」

教室を出ようとした時、背後から問いかけられる。


――この関係の名前?


翔は言葉を詰まらせた。

今の紅月さんとの関係がなんなのか上手く形容できなかった。


♦︎♦︎♦︎

帰り道にて


二人は横に並んで人気のない道を歩いていた。

お互いに話しかけることもなかった。

だが、二人の距離だけはいつもより近かった。


あんなに泣き続けていた蝉の声も今だけは静かな気がした。


ふと手が触れる。


どちらもビクッと肩が跳ね、反射的に距離をとった。


「ねえ、なんで吸わなかったの?」


紅月さんは少し考えるようにして


「……なんとなく、その方がよかった。」



 そう言って、紅月さんら少しだけ視線を逸らした。


紅月さんは一歩だけ近づいた。

さっきまで空いていたはずの距離が、いつの間にかなくなっている。


「どうしたの?」


「別に」

視線はまだ逸らしたまま、紅月さんは言った。


紅月さんの気配が首元に近づく。

けれど、唇も牙も触れない。

甘い香りと、微かに触れる吐息が、肌をくすぐる。


「……今日もこれでいい」


 その声は昨日よりも小さく、少し震えていた。


♦︎♦︎♦︎

⦅紅月蓮視点⦆

――近づいただけで、こんなに意識してしまうなんて……自分でも少し腹が立つ。


そんなことよりも、今は彼の体温が気になっていた。


急に距離を詰められたのに、逃げる素振りすら見せない。

そんな無防備な首筋を見ると心臓の拍動が早くなる気がする。


――噛まないって決めたのに。

それなのに、どうしてこんなに近づきたくなるんだろう。


血の匂いじゃない。

彼そのものが、私の胸をくすぐる。


――吸血姫のくせに、こんなことで動揺するなんて。

でも、彼にだけは……少し、弱くなってもいい気がした。


 彼が少しでも動けば、触れてしまいそうな距離。

それが怖いのに、離れたくないなんて……自分で自分が分からなくなる。


ほんの少し、息を吸うだけで彼の匂いが胸に入ってきた。

血の甘さじゃなくて、もっと柔らかい、落ち着かない匂い。


――噛まない。

今日は、ただ一緒にいたいだけ。

それなのに、こんなにも心臓がうるさいのはずるい。


もし今、彼が私の名前を呼んだら……

たぶん、私は吸血姫でいるのを忘れてしまう。

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