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姫君は人魚に愛される 〜政略結婚から逃げたら、人魚の娘に求婚されました〜  作者:


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07. 縁談破棄の誓い

 滝壺の前で、ヨルは思い詰めたような表情で、ただ滝の水が流れるのをずっと眺めていた。


(今日こそ、言わなければ……)


 ガイアム王国との縁談を受けるから、ひかりとは結婚できない。

 そして遠くに行くから、会うこともできない。

 その絶望的な事実を、ひかりに突きつけなくてはいけない。


 ヨルは、重い胸から深く息を吐き出して、意を決したように声を出した。


「ひかり……いらっしゃいますか」


 震えるヨルの声の呼び出しに、月光色の髪を煌めかせながら、ひかりはすぐに、ぱしゃんと水面から顔を出した。


「呼んでくれてありがとう、ヨル。どうしたの……何だか、悲しそうだね」

「ひかり、ソファに……一緒に座りましょう」


 ヨルは、水滴が滴るひかりの細い手を力強く握りしめて、ソファに導いた。

 ソファに並んで腰掛けると、ヨルはひかりの手を両手で包み、重い口を開いた。


「ひかり……あなたにお伝えしないといけないことがあります。私はあなたと結婚することはできません」


 その思ってもいなかった言葉に、ひかりは動揺して叫んだ。


「なっ、なんで……? ヨル、ひかりのことが嫌いになっちゃったの……っ!?」


 ヨルは首を振りながら、大粒の涙をこぼしながら否定した。


「違うんです……っ、私、ひかりのことを、愛しています……っ。でも……国を守るために、姫として、他国に嫁がないといけないのです……っ」

「……っ、じゃあ、ケッコンしなくて……いいから、ひかりも連れて行って……ねぇ、海は近いの? すぐ会える?」


 ひかりが縋り付くように言った言葉に、ヨルは首を振った。

 窓の外に見える山を示しながら、ひかりにとって無慈悲な事実を告げる。


「私が嫁ぐ先、ガイアム王国は……あの、山の、上です。川なら、近くに、あるそうなのですが……」


 ひかりはヨルの肩を強くつかみ、叫んだ。


「川じゃ意味ないんだよ! 海じゃないと魔力が回復できないんだもんっ……ねぇ、なんとかならないの……っ」


 そう言いながら、ひかりはヨルの腕を掴み、ソファに押し倒した。


「ひ、ひかり……」

「ひかりのことはどうだっていいっ! ひかりは別にいいの、ヨルがとっても欲しいけど……ヨルじゃなくても、きっと耐えられる。でも、ヨルはダメなの。ヨルは、絶対にひかりじゃないとダメなんだよ……っ」


 ヨルの心臓が激しく脈打つ。

 ひかりが何を言っているのか、その意味するところはわからなかった。

 だが、その切羽詰まった声からは、愛しか感じなかった。

 動揺するヨルに、ひかりはさらに切実な声を零した。


「ねぇ……山になんて行かないって、そう言ってよ……じゃないと、ひかり、もうヨルをここから離さないよ……」


 その言葉は、決してただの独占欲から来る言葉ではなかった。

 まるで命をかけてヨルを守ろうとしているかのような、狂おしいほどの愛を、ヨルはその言葉から確かに感じ取った。

 ひかりの悲しそうな声に、ヨルも涙を流しながら答える。


「だって、私が、山に、ガイアム王国に嫁がないと……我が国を、戦争の災禍から守れないんです……っ。私が嫁げば、ガイアム王国が我が国を守ってくれるんです……っ」


 そう言いながら涙するヨルを、ひかりは力を込めてぎゅっと抱きしめ、安堵させるように微笑んだ。


「この国を守ればいいの? そうしたらヨルはいなくならないの? それならひかりが守るよ……っ。ひかりは魔法が得意なんだよ。なんだってできるよ……戦争を仕掛けてくる国を滅ぼしてあげるよ」


 その悪魔のような囁きは、ヨルの絶望した世界に、一筋の救いの光を灯した。


「ほ、本当に……っ? 私……ひかりとずっと一緒にいてもいいのですか……っ?」

「いいんだよ……ヨル、ずっと一緒にいよう……ヨル……っ」


 ヨルはひかりの身体を、世界のすべてを捨てて命綱に縋るように、強く抱きしめ返した。


「ひかり……っ! あぁっ……愛しています、私の、ひかり……っ」


 しばらく抱き合った後、ひかりは少しだけ身体を起こした。

 ひかりはヨルを押し倒した体勢のまま、その瞳をまっすぐに見つめる。


「ヨル……ひかりは、ヨルのことを信じてるんだけど……ごめんね、おまじないだけ……させて」


 ひかりはそっとヨルの胸元、心臓の鼓動が聞こえる胸の中心の肌を、愛おしむように冷たい指で撫でた後、そこに引き寄せられるかのように唇を寄せた。

 ヨルの脳内には、以前ひかりが魚を食べていた光景が思い浮かんだ。


(食べられっ……!?)


 身体が固まるヨルの緊張をよそに、ひかりは優しくその場所に唇を寄せた。

 ちゅ、と小さな音を立てて、まるで傷口を吸うかのように、ひかりが肌に吸い付いた。


「んっ……ひかり、何、を……」


 突然の唇の柔らかい感触を肌に感じ、ヨルはどきりとした。

 ひかりの温かい口内のぬめりとした感触が肌に触れた瞬間、ヨルの心臓の内側から熱いものが脈打つように広がり、心臓の全体を温かい何かが包んでいくのを感じた。

 しばらくして唇を離して顔を上げたひかりの瞳は、不安そうに影を落としていた。


「……これは、おまじない……でしかないから。ねぇ、本当に山にはいかないでね。ずっとずっと一緒にいようね。約束だよ……」


 ひかりは心配そうに何度も確認するように言った。


 ヨルの少しずつ落ち着きを取り戻してきた頭の中で、ひかりに関する疑念がぐるぐると渦巻いた。



 ―― ヨルは、絶対にひかりじゃないとダメなんだよ……っ


(それは……どういう意味なのですか?)



 ―― なんだってできるよ……戦争を仕掛けてくる国を滅ぼしてあげるよ


(ひかりにそんな力があるなら、それが私たちに牙を剥く可能性は……?)



 ―― ごめんね、おまじないだけ……させて


(おまじないとは、何なのですか? あなたは私に、何をしたのですか?)



 ぐるぐると、答えのない疑問が回る。


(私は、ひかりを信じて……愛して、いいのですよね……?)






どさくさに紛れて告白するヨルさん……騙されやすそうなヨルさん……かわいいね

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