私と彼と彼女の約束
『雲のような君へ』のミレディ視点です。
雲を読んでいなくても分かる内容になっていますので、こちらはこちらでお読みいただけると嬉しいです。
わたくしと彼との婚約は、私たち二人の約束から始まったものです。
わたくしたちの間にあったのは愛情ではなく、「彼女を自由にする」という使命感。
彼女に頼まれた訳ではない。
彼女に助けを求められた訳ではない、でもわたくしと彼、レオンは決めましたの。
あの公爵家から、レオンの家ではあっても王家から彼女を逃がすのだと。
彼女を虐げるだけの家族しかいない公爵家と、彼女を便利に使いたい国王陛下と王妃殿下や従者たち。
最愛の婚約者を失い絶望に沈んでいたわたくしは呆然としていました。そんなわたくしの存在は王家と実家にとって中途半端に邪魔になり、わたくしの扱いに困っていた。
死別でも婚約者を失った事はわたくしの瑕となったと見做した貴族も多くいました。
そんな中、彼女だけは温かかった。
堂々とわたくしを友人として、親友として迎え、受け入れてくれる。
当たり前のように話しかけ、学園でも王宮でも、どこでも柔らかな笑顔を向けてくれる。
彼女に言わせると「そんな事」だけど、その小さな1つ1つがわたくしを励まし、心強くしてくれた。
そんな『完璧な淑女』と呼ばれる彼女は、いつも理不尽な評価で貶められていた。
曰く、ちょっと真面目なだけだ、と。
曰く、公爵家に生まれただけだ、と。
曰く、たまたま王家と親交があっただけだ、と。
そんな環境だけで、あれほどの知識、自制が身につくものですかと声を大にして訴えたいですが……。
幼い頃に、彼女は素晴らしいと訴えた時に、「言わされているのだろう」と何故かなってしまい、逆に彼女を貶める結果となってしまった。
だから、わたくしとレオン、彼女、そして亡くなったエルリックは決めたのです。
自分たちだけで支え合って行こうと。
……なのに、エルリックは亡くなってしまった。
わたくしも、一緒に逝きたかった。
でも、彼女が生きて!と泣くから。わたくしが居なくなるのは辛い、と。
わたくしは生きても良いのだと、生き残ってしまったわ。
ずっと繋いだ命の使い道を悩んでいたけど、やっと見えましたの。
この国の大掃除はわたくしとレオンでやるから、彼女は自由にしようと、決めました。
もう、理不尽に耐える必要はないの。
もう、無能に見せるような真似はしなくて良いのです。
あなたは、あなたらしく、あの向日葵のような笑顔で過ごして欲しいから……。
今は「さようなら」を言いますわ。
大好きな、大切な、誰よりも大切なクリスティーナ。
どうか自由に羽ばたいて。
公爵家から身一つで放逐される前に、わたくしが準備を整えて王都の端で送りだした時、久々にあの屈託のない笑顔を見れて嬉しかった。
「ミレディ、ありがとう。そして、あなたに面倒を押し付けてしまってごめんなさい……。
私、これでも腕には自信あるから!
いざとなったらレオンとミレディ連れ出しに来るから!!
だから、だから……連絡、ちょうだいね?」
そんな可愛い事を言うクリスに思わず抱き着いてしまいましたが、レオンには内緒ですね。
きっとズルいって言われてしまいますわ。
さあ彼女が、クリスが安心できるようにわたくしも頑張りましょう。
◇◆◇◆◇◆◇
あれから、何年経ったでしょうか?
わたくしもすっかりおばあさんですわ。孫たちに囲まれる幸せを噛みしめていますの。
クリスは有名な冒険者となり、わたくしとレオンも結婚し、両陛下や腐っている王宮の大掃除に十年はかかりましたが、息子に王を渡す頃にはすっかりクリーンになったので満足ですわ。
「ミレディ」
「旦那様、どうしましたの?」
「ここは冷えるから、これをね」
そう言ってかけてくれるブランケットは温かくて、ホッと心まで溶けそうな柔らかさでふっと微笑むとレオンがココアも出してくれる。
「まあ、嬉しいわ。ありがとうございます」
「どういたしまして」
「今日は嬉しいことがいっぱいですわ」
レオンが笑顔で続きを促すので、クリスから手紙が来て近々こちらに寄ってくれるとの事、孫のミリヤムが素敵な押し花の栞をくれた事などを話すとレオンもまた嬉しそうな顔をしていた。
「ミレディ、私と一緒になってくれてありがとう」
「まあ、どうしましたの突然」
「いつも思っていたけど、ちゃんと言葉にしたくてね。私たちの関係は契約から始まったけど、私は数年もする頃にはすっかり君を愛していたよ」
「ふふ、以前もちゃんとお話ししてくださいましたわね。わたくしもずっとお慕いしていますわ、旦那様」
「ああ、君が居てくれて良かった」
やっぱり、今日は本当に良い日ですわ。
契約が繋いでくれた関係は、愛も繋いでくださいましたの。
読んでいただきありがとうございます。




