懐かしき日々(4)
「えいっ!」
可愛らしい掛け声とともに電光一閃。
最外壁まで綺麗に消し飛んだ光景に、彼らは石のように固まった。
◆◆◆
「さて、どうしたもんかなぁ。」
【世界樹(ユルグシラドル)】の第三層回廊を歩きながら、デュランは苦笑いを浮かべて頬を掻いた。
常なら明るい光に満たされているはずの回廊は、現在は幾らかの魔力回路の断絶により所々照明が消えたり、点滅を繰り返したりしていてだいぶ薄暗い。風通しが良すぎるように感じるのも、あながち気のせいだけとは言えないだろう。
コンテナが行き過ぎる広い回廊の端を三人で歩きながら、デュランは「弱ったなぁ。」と珍しく弱音を吐いた。
それに、デュランの背中におぶわれた少女が首をかしげて黒琺瑯の瞳でデュランを見つめる。
「おとーさんっ、困ってるっ?」
「え? あ、あー……うぅん、いや、ちょっとだけ、な。」
「ボクのせいっ?」
「いや、実験は成功だったよな、ザイオン?」
「え? そ、そうだな。成功だ。想像以上の威力だった。」
「ホントっ? おかーさんっ、困ってないのっ?」
「お、お母さん?!」
これまた珍しく明らかにうろたえたザイオンに、デュランが「ははっ。」と大きく笑う。
「俺がお父さんなら、やっぱりザイオンがお母さんなんじゃないか? 生みの親だしな。」
「うんっ! おかーさんだよっ!」
「い、いや、しかし、私は……、」
「俺もついに子持ちかぁ……。」
「デュラン、からかわないでくれ。」
「ん? やっぱり俺が父親じゃあ不足かな?」
「そっちの問題では……と、とにかく、この先の話をしよう。」
オークル色の肌をうっすらと赤らめて咳払いし、ザイオンは「最終的にシキに頼ってしまうのは気に入らないが、」と言葉を濁す。
今回のプロジェクトに関して、【レギオン】のメンバーの中で唯一関わっていないのがシキだった。ここ最近、【アッシュール・バニ・アプリの図書館(Library of Ashur bani apli)】の部屋に閉じこもって何かし続けているシキを邪魔しないよう気を使ったことと、たまにはシキの力を借りずにプロジェクトを成功させようという彼らの意地もあった。結局のところ最後にはシキ頼りになる現状に、デュランもザイオンもけっして納得していない。だが、今のところ何か突破口を開けるとすればシキの能力であるのも間違いなかった。
「ロアにはもう連絡を取ったのか?」
「あぁ、渋々だったがシキとの面会することは構わない、との回答だった。」
「渋々かぁ……すっかりシキが気に入っているんだな。」
「最近生意気になってきていて困る。」
「反抗期か?」
「AIがそれだけ発達したのだと思えば喜ばしいが、扱いにくくなりすぎるのも困りものだ。あれは一度どこかで挫折を経験させたほうが良いな。」
「本当にザイオンにとってロアは我が子なんだなぁ……良いな、そういうのって憧れるよ。」
「憧れる、か?」
「俺の研究ってまだ成果が出るような段階じゃないからなぁ、何か一つ自分の発明とか再現とかが欲しいな。」
「お前にもそう言う気持ちがあるのだな。」
「おとーさんっ、おかーさんっ、何のお話っ?」
「んー? プチにはまだちょっと難しかったかー。」
肩ごしに顔を覗かせたプチ・プーペの頭を、強いが優しさのあふれる手つきでくしゃくしゃと撫で、アドルフは笑う。
「プチのお兄さんの話だよ。」
「おにーさんっ?」
「あ、今思いついたんだけどさ、プチに内部補助専門の妹でも作ったら良いんじゃないか?」
「まだ増やすつもりか……。」
「え? あ、ごめん。ダメか?」
「駄目ではない。的確な考えだろう……が、その、それはつまり、まだ増やし、いや、あくまで機能面での意味でお前が提案しているのは承知しているが。」
「ザイオン?」
「ああ、もう。良い。必要性については同意だ。」
「ザイオン、もしかして何か怒っていないか?」
「……着いたぞ。」
答えず、ザイオンは「図書館」のプレートが掲げられた部屋の前で立ち止まり、ドアに手のひらを押し付ける。
『管理者コード:マスターを確認。同じく管理者コード:ガーディアンを確認。コード:プロトタイプドールを確認。どうぞ、お入り下さい。なお、図書館内における一切の破壊行為を禁止します。』
「破壊行為って……。」
「ここのセキュリティは彼に任せているからな。多方、先程の実験をカメラで見ていたのだろう。」
言いつつ目の前で左右に開いた扉の奥へザイオンは足を進めた。
そこは、巨大な卵型のドームになっていた。
規則正しい歯車の動く音。高い天井には各種の数値を示すモニュメントが一定の間隔をおいて軌道上を廻っている。床はすり鉢状に中央へ向かって傾斜し、成人の膝の高さまでなみなみと水――液状記憶媒体が湛えられている。そしてその巨大な水盤の上、部屋の中央に卵型のコントロールルームがぽつんと浮いていた。
ザイオンに続いて部屋に入り、デュランは中空を見上げて問いかける。
「ロア、シキは暇か?」
『ノー。私たちは多忙だと回答します。』
「いや、ロア、少し休憩しよう……久しぶりだな、デュラン。」
声と共に中央の卵に切れ目が入り、ゆっくりと上部が中空に浮かび上がると、中からシキの姿が現れた。【神酒】に浸かっていたのか、髪の先からはぽたぽたと雫が滴っている。
それを見て、デュランは呆れたように片方の眉を吊り上げた。
「お前、また食事抜いて研究してたな?」
「必要な栄養はとっている。」
「経皮摂取の【神酒】だけじゃダメだって言っているだろ? ロアと一緒にやるのが楽しいのは分かる。だけど、たまにはオレンジルームに顔出して皆と食事しないとお前の体に悪いし、会えない俺たちも寂しいぞ。」
「……そうか、すまない。」
「ロアもシキばっかり構うのは良くない。ザイオン、音信不通で寂しがってるぞ。」
「おい、デュラン。」
「拗ねてただろう? 自分よりもシキとばっかり過ごしてるって。」
「違う。似た者同士なのだろうとは言ったが寂しいとは言っていない。」
「言ってないだけだよな。良いんじゃないか? 折角の大事な子供なんだからさ。」
「う、うぅ……お前のそういうところが私は苦手だ……。」
『……イエス。新規情報として入力を完了しました。申し訳ありません、マスター。』
「も、もう良い。」
「照れる話じゃないだろ?」
「煩いぞ、鈍感男。」
「仲良し親子って良いよな。」
ニコニコと笑いかけるデュランの人の良さそうな、整った顔に一発拳でも入れてやろうかと悩みつつ、ザイオンは話の矛先を逸らすべく髪を拭いているシキに話しかける。
「シキ、早速ですまないがこの子の調整の件で話がしたい。」
「あぁ……状況はロアが実況してくれたから理解している。予定通りの能力は備えていたが、予定通りの能力しか出せなかった……そうだな?」
「あぁ。」
外壁まで打ち抜いたその威力がオーバーキルであったわけではない。同じことをするだけならば、デュランの方がよほど強力な力を扱える。起動実験で見せたプチ・プーペの実力は予定通りの威力だった。
問題は、力が使えることと力を扱えることとはまた別、ということだった。
「普通は赤ん坊の頃から徐々に力の使い方を覚えながら強い力を手に入れていくんだが、プチの場合は事情が特殊だから……まだうまくセーブできないみたいなんだ。」
「ごめんなさいっ、おとーさんっ……。」
「良いんだよ、これから段々学んでいけば良いんだからな。」
しゅんとしょげた「娘」の頭をよしよしと撫でるデュランを横目に、ザイオンは冷静に「しかし、慣れるまでの間の問題がある。」と指摘する。
「学習機能を働かせるには、この子を機動状態に置いておく必要がある。しかし、その間ずっと甚大な被害が及ばないよう見守っていることは私たちには不可能だ。このままの状態では、遠からずここ【世界樹】は崩壊する試算が出ている。」
「ロアも私も同意見だ。」
ザイオンの言葉に頷き、シキは「こちらから制御を施すのが一番確実だろう。」と淡々と判断を下す。反応したのはデュランだった。
「ハーネスって……それじゃあプチが自由に動けなくなるだろ。」
「自由に動かれては拙いからこその相談ではなかったのか?」
「今のまま、自由に動いたらそこらじゅうが壊れる。けれど、自由に動くこと自体を制限したいわけじゃないんだ。」
「手加減を知らない子供に手加減を教えるのならば、実際に加減した状態を経験させるのが一番効果的だ。製造段階ならば、出力段階をいくつかに分けて設定することも可能だったかもしれないが……一度自我を組み込んだ機体を再分解、再構築するよりはよほど優しい手法だと思うが?」
「それは、そうだけどさ……。」
「ハーネスならば時期が来れば取り外すこともできる。それとも、姉妹機で幾つか実験をした後、制御方法を改めて模索するか……。」
「姉妹機って……聞いていたのか。」
「あぁ、聞こえては拙かったか? ロアと居ると大抵のことは把握できてしまうのだが……そうだな、プライバシーの問題もあるし、皆のいる場所は見ないようにするようロックをかけようか。」
「いや、プライベートルーム等、一定の箇所には既に通常時はロックがかかっている。これ以上は不要だろう。それと、姉妹機の話は良いかもしれんな。」
ロアが今までの会話の概略をウィンドウに表示しているのを眺めながら、ザイオンは「姉妹機」の単語にマーカーをつける。
「これから新しく作る機体にならば、今回の実験の成果を含めて色々な機能を盛り込める。この子には1機に色々と盛り込みすぎた感があるから、姉妹機は分業制にするのも1つの手だな。」
「かと言って、迎撃用をまた作るのは材料面でも金銭面でも足りないものが多すぎないか?」
「ここの管理補助用ではどうだろうか。今回この子に破壊されて気づいたのだが、いざという時にここを管理・補修できる人材がナタリアほぼ1人というのは問題ではないか?」
「あー、確かに……じゃあ補修にどうせなら治療も加えて何か考えてみるか。」
「それまでプチ・プーペにはハーネスをつけておく。それで良いか?」
「ちょっと可哀想だけど仕方ないかな……ほかに良い案が出てきたら外してやれば良いか。プチもそれで良いか?」
「うんっ。」
「それでは、プチ・プーペ自身でも外せるようなアタッチメントタイプのハーネスを設計しておこう。デザインは他に任せる。私はそう言ったセンスが無いからな。」
「あ、うん……確かに無いよな。」
「同意だ。」
万能の名をほしいままにするシキではあるが、名付けやデザイン(機能面を除く)のセンスは壊滅的なのは【レギオン】内では有名な話だった。
「でもそんなに直ぐに作れそうなのか?」
「ああ……今ロアと共同で行っている研究の途中成果が役立ちそうだ。」
「そう言えば今なんの研究をしているのか聞いてなかったな……何やっているんだ?」
「世界を解析する試みだ。」
「随分と壮大なテーマだな。」
呆れたように腕を組んだザイオンに、シキは少年のような微笑みを浮かべる。
「楽しいぞ。ものが存在する背景に一体どういう仕組みがあるのかを探るのは。」
「解析するとどうなるんだ?」
「例えば、仕組みさえ理解すれば、火のないところに火を出現させることもできるようになるはずだ。」
「正しく魔術、か。」
古い文献で読んだ単語に思いを馳せ、ザイオンは「ともかく目下、迫っている問題については解決できそうなのだな?」とシキに念を押す。
「パワーセーブだけならばすぐにでも。」
「セーブの加減はできるのか?」
「できる。どれぐらいが良い?」
「外壁まで打ち抜くのも問題だしなぁ……100分の1?」
「1,000分の1でも良いのでは?」
「あー、そっちかなぁ。なぁシキ、いくつか段階分けして試作品作れないか?」
「分かった。それではそのようにやってみるとしよう。」
「研究中悪いな、頼むよ。」
「構わない。ほかならぬお前の頼みだからな。では、始めようかロア。」
『イエス、マイフレンド。』
「……いつのまに友誼を結んだのか。」
「息子の友人としては良い方なんじゃないか?」
「う、む……親としては少々複雑だ。」
腕組みしたまま無表情に唸ったザイオンにデュランは可笑しそうに笑って、「さてと、」と背中の少女人形を背負い直す。
「完成までどうするかも考えないとなぁ。いつまでも俺が背負ってるわけにもいかないし。」
「む、そうだな……すまないな、デュラン。」
「良いって。万一プチの力が暴走しても、俺なら平気だし。」
手足がちょっと吹き飛ぶくらいなら【ベルセルク】で何とか治せるしなー、と気楽な発言をするデュランにザイオンは「冗談にしては笑えないな。」と無感動に言う。
「いや、今なら8割くらいなら。」
「そんな話を聞かされる私の身にもなってみろ。」
「あ、ごめん。」
「ボクっ、おとーさんをエイッてしないように、がんばるっ!」
「おお、頑張れよー。あともうちょっと腕緩めような。」
ぎゅっと首に抱きつく――ぎりぎりとチョークスリーパーを決めているプチ・プーペの腕をタップしつつ、デュランは苦笑する。
「調整できるようになったらお母さんともこういうことができるからなー?」
「はぁいっ!」
「お前がお母さんと呼ぶな。」
「プチのお母さんだろ?」
「おかーさんっ! おとーさんっ!」
「ははは、お父さんだぞー。」
「調子に乗るなデュラン。肝心の問題が未解決のままだ。」
「そうだなぁ、どうしようか。」
【世界樹】の回復にも時間がかかるしな、とプチ・プーペを背負い直し、デュランは苦笑する。
「片っ端から壊れてちゃ、そのうちナタリーとレメクが倒れそうだ。」
「今日だけでも十分倒れそうだったがな。」
「後でみんなで謝らないとな……機嫌直してくれるかなぁ。」
「誠意を込めるしかあるまい。」
「だな。じゃあ、プチもハーネスできるまでの間も適度に動かして、適当に崩壊したところで止めて、を繰り返すしかないか。」
「……お前はたまに鬼のようなことを言うな。」
「鬼ってなんだっけ?」
「辞書を引くかシキに訊け。」
「おとーさんっ、オニなのっ?」
「らしいぞ。」
「わーいっ! オニっ!」
ボケボケの会話を繰り広げる父娘に呆れつつ、ザイオンはふと自分の唇に触れて、普段はピクリとも動かない口の端がごく僅かに上がっていることに気づいて目をみはった。
(まあ、私も「親」だからな……。)
言語のインプットとアウトプットの訓練を兼ねてか、しりとりあそびを始めたプチ・プーペとデュランの少し後ろを歩きつつ、こんな時間がいつまでも続けば良い。そう、ザイオンは無意識に願っていた。