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懐かしき日々(3)

「彼女」の話

 「真理に最も近き人々」「突き詰め過ぎた者たち」など、称された当人たちにとっては噴飯ものの大仰な呼称で呼ばれる7名からなるグループ――【騒がしいものたち(レギオン)】が、元はたった2人の者から始まったという事実は意外と知られていない。

 そして、その事実を知る者であっても、その2人の創設者のうち1人が「万能ジェネラル」シキであることはすぐに答えられても、残りのもう1人が誰であるのかまでを答えられる者は滅多にいない。

 内輪レギオンでは有名な話だが、外部にはあまり知られていない功労者。

 己の研究以外に興味が無く、己の世界のみに囚われていた彼らを、その天然混じりの口説き文句で片っ端から引き込んだ立役者。

 まとまり無かった彼らを【レギオン】として成り立たせている影の精神的支柱にして彼らの拠り所。

 およそ【レギオン】に所属する者であれば頭が上がらない相手、生体構造学および生理化学、運動力学など「人間強化」分野の専門家スペシャリスト――デュラン。

 引き締まった長身に、一度見たら忘れられない印象的な色の瞳を持つ彼は、その研究成果こそ他の6名に比べて圧倒的に少ないものの、果たした役割はけっして小さくは無い。

 他のメンバーには無い独自の視点と柔軟な発想力。表に出ることが無くとも文句も言わず、他人のために助力することを惜しまないその姿勢。それらをザイオンは密かに尊敬していた。


「メイドが欲しいんだ。力を貸してくれ。」


 我が子達の中でも一番手のかかる問題児、【自律思考型汎用アッシュール・バ高速演算補ニ・アプリの助装置(図書館)】の世話メンテに取り組んでいたところへやって来たデュランの問題発言に対する反応が咄嗟に思い浮かばなかったのは、そう言う理由からだった。

 ずっと閉じこもって作業をしていたせいで聴覚に異常が出たのだろうか。

 それとも度重なる激務にデュランの気がおかしくなったのか。

 右手に持った点検用の「ロッド」と呼ばれる棒状の検診器を脇に置き、ザイオンはゴーグルを上げて彼の顔を見上げる。

 それに軽く首を傾げる仕草をするデュラン。

 稀有な色合いをしたその目には純粋な疑問しか浮かんでおらず、造作の端正さよりもまず人の良さが目立ってしまう顔には軽い疲労は見えても狂気や欲望の色は見当たらない。

 つまるところ、ザイオンから見てデュランはいたって正気に見えた。

(だが、先ほどの言葉は「メイド」と聞こえた気がする……)

 鉄面皮と同僚に揶揄されるぴくりとも動かない表情筋の下でザイオンは困惑を覚える。

 メイドが欲しい。まあそこまでは彼の隠れた性癖が現れた可能性も無くはないので、認可スルーしよう。

 しかし、「力を貸してくれ」とは、一体どういうことなのだろう。

 まさか、ザイオンにメイドになれと言っているわけではないのだろうが――

 念の為、確認してみるとデュランは驚いた顔をして大きく首を横に振った。


「まさか。研究で忙しいのにメイドの仕事までしてくれなんて頼めないさ。」

「あぁ、なら良い。しかしだ、デュラン。それでは一体何を私に手伝えと言っているのかが不明なままだぞ。話によっては断らせてもらうが。」

「断られる可能性があるは勿論しょうがないと思っているよ。ザイオンにはザイオンのやりたいことがあるしな。」


 相変わらずの良い人ぶりを発揮しつつ、デュランは「でも、俺はザイオンの力を借りたいんだ。」と苦笑する。

 人(たら)しぶりも健在のようだ。


「それで、どうしろと言いたい。オーディションの審査員には私は不向きだぞ。人を見る目がないからな。」

「そこは自慢げに言うところじゃないと思うぞ……いや、俺も見る目は自信無いし、メイドは外から募集するつもりはないんだ。」

「賢明だな。」


 彼らの研究はどれも今の技術水準から大きくかけ離れた内容ばかりである。

 それだけに、うかつに外に漏らすわけには行かない、機密の塊だ。

 それがゴロゴロと廊下にすら転がっているこの【世界樹ユルグシラドル】内に、おいそれと外部者を招き入れるわけにはいかない。

 しかし、それがお互い分かっているだけに冒頭の「メイド欲しい」発言が謎なのだ。


「そもそも、何故メイドが必要だと?」

「あー……うん、ちょっと言いにくいんだけどさ。ザイオン、最近ここ、だいぶ散らかっていると思わないか?」

「……。すまない、今から片付けるとしよう。」

「待った待った! そうじゃなくて、そこをメイドにどうにかしてもらえれば皆楽だろ、ってこと。」

「否、楽だからと自分ですべき仕事を他人任せにするべきではない。」

「あ、うん。そうなんだけどさ……。」


 生真面目に否定したザイオンに、困ったように頬を掻いてデュランは頷きつつ迷いを見せる。


「どうした。まだ、他にメイドが必要な理由があるのか。」

「あぁ、そうなんだ……その、実はさ、ザイオンには、特別なメイドを作って(・・・)欲しい(・・・)んだ。」

「……作る?」

「外部から募集できないなら、内部で作れば良いだろ。」

「確かに……その通りだが……。」


 メイドを作る。

 響きは変態的だが、技術的にはここにいる他のメンバーならば可能だろう。

 しかし、そうなるとまた疑問が出てくる。

 ザイオンはその疑問を率直にデュランにぶつけてみる。


「しかし、何故私に頼む。そういう事ならばユーディスかアリスの分野では?」


 人工生命を研究の主体に置くユーディス。あるいは人工知能及び学習プログラムを研究の主体に置くアリス。

 メイド作りをテーマにするならば、機械工学専門のザイオンよりも彼女たちの方が適任ではないだろうか。

 しかしそれに、デュランは苦笑するだけでなかなか口を開かなかった。

 その様子に、ザイオンは(これは、何か隠しているな。)と確信を深める。

 彼女たちに内緒で作りたいというのならばまた問題がひとつ増える。


「我々はチームワークが重要だと、普段はお前が言っていたはずだが。」

「あ、そうだな。ごめんな、そういうつもりじゃないんだ。」

「では、どういうつもりか説明して貰おうか。」

「……そうだよな。隠したまま頼み事するなんてやっぱり良くないよな。」


 迷った挙句、デュランは頷いてザイオンの目を正面から見据える。


「あの二人に頼まないのは、メイドの作成目的のせいなんだ。」

「作成目的、とは?」

「出来るだけ恒久的に、継続的に一定のパフォーマンスで動ける。尚且つ、こちらが制御できるようなタイプじゃないと困るんだ。壊れても代替機をすぐに動かせるような……。」

「……。デュラン、それはメイドの話か? その言い方ではまるで、」


 言いさして、ザイオンは事態を飲み込む。

 つまり、そういうことだ。

 デュランは困った顔で、笑って頷く。


「うん、あんまり不安にさせたくなくてさ……かえって心配させたり、勘ぐらせたりさせちゃってゴメンな。」

「私に兵器を作らせるつもりなのだな。」

「あ、普段は掃除とかみんなの資料の整理とか運搬をするのが目的だぞ。」


 慌てたように手を振って言うデュラン。

 どうやらそれで「メイド」という話になったらしい。


「普段から皆に慣れ親しんで欲しいんだ。いざという時に皆を守れるように……。そのあたりの学習機能はアリスに頼むつもりなんだ。」

「何故そんなものを求める。今までのままで良いのではないか?」

「うーん……まあ、俺も本当はそう思っているよ。」

「擬獣対策なら既にしてある。もっと【世界樹】の防壁を強化せよというのならばそうするが……。」

「そうじゃないんだ。その辺りの設備のメンテナンスについてはいつもザイオンに感謝してるよ。」

「では、何が足りないというのだ。」

「……。仮想敵が違うんだ。」


 声を落としたデュランに、唐突にその真意を悟ってザイオンは絶句する。

 青褪めたザイオンの肩に、ぽんと温かなデュランの手が乗せられた。


「落ち着いて聞いてくれ。あくまで仮想なんだ。本当にそうなるとは限らないし、俺もなって欲しくない。」

「……何故、我々が狙われなければならない。十分に貢献もしている。むしろ彼らにとって何一つ得にはならないはずだ。」

「それも分かってる。ただ、俺たちは(・・・・)分かってるんだ。」

「……。」

「説明しようにも説明できないことだから、仕方ないんだけどな。」

「しかし……。」

「それに、いつかは必要になるんだ。俺たちだって不老不死じゃないんだからさ。」


 デュランの言葉にザイオンはハッとして顔を上げる。

 死亡の可能性。それは、最前線で擬獣と戦い続けているこの男こそ、最も死ぬ可能性が高いのだ。

 彼が道半みちなかばで倒れれば、ザイオンたちを守るものは何一つ無くなってしまう。


「誰だって最後は死ぬ。生きてるんだからしょうがないよな。でも、俺が居ない時も、皆が居なくなった後も、誰かがこの【世界樹】を守っていなかきゃならない。少なくとも、この【世界樹】の外でも普通に生活できるぐらいに環境が改良されるまではそうしなくちゃ困るんだ。その為には、ザイオンが作ってくれる代替可能な体を持ち、普通の人間よりも長く動けて、強い何かが必要なんだ。」

「……。」

「頼む、ザイオン。お前が一番こういうことで頼りになるんだ。頼む。」

「……分かった。しかし、そういう事ならば先に言って欲しかったな。」

「言うとザイオンがそういう顔するだろう?」


 言われてザイオンは自分の顔に触ってみる。

 いつもどおり、にこりともしない鉄面皮がそこにあった。


「普段と変わりないと思うが。」

「困った顔してる。心配もしている。責任重大だって緊張もしてるだろ。」

「……顔に出ているのか。」

「俺から見たら、ザイオンはいつでも結構分かり易いと思うけどなぁ?」

「……だから、お前は苦手だ。」

「ん?」

「お前を尊敬する、と言ってんだ。」

「うぇっ?! え? なんだよ急に? いきなり言われると、その、照れるんだけど……。」

「な、何だその反応は。お前はおかしい。」

「え? どうしてザイオンまで照れてるんだ?」

「煩い。私にも分からん、ほうっておいてくれ。」

「ご、ごめん。」


 全く変わらない鉄面皮のまま、冷静で起伏の少ない声のまま軽く眉をしかめたザイオンにデュランは「弱ったな。」と笑って頬を掻く。


「えぇっと、内部は頼んでも良いかな?」

「分かった。そういう事ならば引き受けよう。」

「外部についてはアリスとユーディに聞いてみるよ。あ、人型で考えてくれ。」

「サイズは。」

「子供サイズの方が警戒心を煽らなくて良いんじゃないかな……リーチの短さとかパワーは他で補う形で。」

「了解した。」

「ありがとうザイオン、助かるよ。」

「……何、たまにはお前に頼られるのも悪くはない。」


 その後、紆余曲折あって、その「メイド」のデザインを任せたユーディスと(主に)アリスの、悪ふざけと思い込みと偏見と趣味により、銀色の髪に黒い琺瑯ほうろうの瞳、白い肌にバラ色の唇の美少女メイド「プチ・プーペ」は、【世界樹】に住む【レギオン】達専用のメイドとして誕生することになる。



 その後の運用テストでまたひと悶着が起こるのだが――その話はまた別の機会に話すとしよう。






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