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懐かしき日々(1)

「さて、第四十八回名前決めようぜ大会の開催をここに宣言する。今回の議題はこいつだ」

 いつものように【円卓】に各々好きな物を持ちこんで着席したところでデュランは立ち上がり、パチンと指を鳴らした。

 その音を合図に彼の後方に浮かんだビットがシールドを張り、そこに一つの図面を映し出す。

 黒の地に緑の電子線で描かれた巨大な設計図――ナタリア発案の彼ら【レギオン】の拠点にして将来的には一大プラントとなる予定の建造物(名称未定)である。

 もっとも、今現在は彼らが雨風を凌いで生活するという一番基本的な欲求をかろうじて満たす程度の小規模な、建造物というにもおこがましい程のささやかな物だが。

 それでもこの計画に彼らが抱いている情熱、希望は計り知れない。

「前々から考えてきた俺達の家についても、やっぱ名前は必要だろう。って事で、名前考えてきた奴挙手」

「はーい」

 真っ先に手を上げたのはそもそも家を作ろうと言いだしたこの計画の発案者にしてデザイナー、ナタリアだった。

「ん、ナタリア」

「お名前をー、発表しまぁーす。ばばーん」

 口で効果音を言いながらのんびりとした動作で彼女は抱えていたスケッチブックをめくって他の六名へ見せるように掲げる。


 そこには、黒々と太く丸い文字で「チャッピー」と書かれていた。


「……いや、訳が分からないのだが」

 ポツリとこぼしたザイオンの言葉が場にいる全員の意見を代表していた。

 何故「チャッピー」。

 それにナタリアは不思議そうに首を捻り、

「えー? チャッピーですよぅ。チャッピー」

「意味は?」

「チャッピーはチャッピーなんですよぅ」

 パンパンと木炭でスケッチブックを叩きながらのんびりとした口調で主張を繰り返すナタリアに、その場にいた四名はスッと視線をその右側二人目に座ったシキへ視線を移す。

「……何故、皆で私を見る」

「え? ナタリア語を翻訳できるのはシキだけだから?」

「ナタリア語ってなんですかぁー。ウチ、ちゃんとしゃべってますよぅー」

「ナタリア、お前少し黙っててくれ」

「シキ……」

「そう言われてもな……」

 ナタリアを除く全員の視線を受け、シキは少し困ったように微笑んで「推測だが」と前置きして口を開く。

「ナタリアはこれにそう言うイメージを抱いているのではないか?」

「そうです!」

 シキの言葉に我が意を得たりと大きく頷くナタリア。

「この辺がババーンで、こっちがドドーンで、この辺はチャッピーなんです!」

「いや、意味分からないから」

 力説するナタリアの横で思わず突っ込みポーズをとるデュラン。

「えぇー、デュー君何で分からないのぅ? 良いですかぁ? もう一度言いますよぅ? ここがババーンで、こっちがドドーンで、この辺がチャッピーなんですぅ」

「……今の分かった奴挙手」

 疲れた顔を見合わせて沈黙する彼らの中でシキだけが手を挙げた。

 少し遅れてユーディスもソッとその隣で控え目に手を挙げる。

「えー……理解二票につき却下する」

「えー、どうしてですかぁ。議長の横暴ですぅ」

「お前の擬音語だらけの感性は分からん。はい、次」

「はい議長」

「……。アリス」

「ここはやっぱり古典から引いてくるべきね」

 ニヤリ、と笑みを浮かべて一拍間を置き、アリスは「あたしはバアル・ゼルブ……館の王を推すわ」と胸を張って宣言した。

 ついでにその動作につれて揺れた発育の良い胸に一瞬目を取られ、デュランは咳払いをして「ま、アホ女の提案にしちゃあ悪くないな」と呟く。

 それに「そうでしょう」とにこやかにアリスも頷き、

「ちょっと変えるだけでハエの王になるあたり、毒が効いてて素敵じゃない?」

「却下!」

「えー、何でよ馬鹿議長」

「ハエとかつけるな。俺らの家だぞ? ハエが寄ってきたらどうすんだアホ女」

「そんなの追い払うにきまってるじゃないバカ男」

「ふ、二人とも……喧嘩は良くないよ……」

「何よ。これは権限に物を言わせて意見を潰そうとする独裁的な脳筋アホ男への正当な抗議よ」

「誰が脳筋だこのアホ女。胸に常識に回す分の栄養でもとられたみたいな発言ばっかしやがって」

「はぁ? 何? 人の体型に何か文句あるわけ?」

「だからこれ見よがしに胸を張るな。脱ぐな。お前本気でアホだろっ?!」

「何よ。良いじゃない。脱ぐ自由すら与えない気?」

「変態かお前は。着ろ。見せるな」

「それは間違ってるわ」

 ビシっと正面から指差すデュランにうっとうしげに手を振り、アリスはこともなげに言う。

「アンタの目がつぶれれば万事解決じゃない。世界からゴミが一つ消えてとてもすがすがしい気分になるわ」

「……俺はお前が嫌いだ」

「あたしもアンタが嫌いよ」

「二人とも良い加減にしないか」

 【円卓】越しに視線に火花を散らした二人に制止の声をかけたのはザイオンだった。

「デュラン……今回の議長はお前だ。進行役が冷静に事を進めるどころか議題外の事を荒げてどうする。

 アリスもデュランで遊ぶな。それと肌を外気に晒すのは危険だから止めるべきだ」

「……すまん」

「そうね……こんな馬鹿男相手にあたしも無駄な体力と貴重な時間を割くなんてするべきじゃなかったわ」

「お前……後で覚えてろ。で、アリスの案はどうだ。賛成者は?」

 ぐるりと見まわし、デュランは「誰もいないんで却下な」と肩を竦め、

「って、お前自分で案出しておいて手挙げないのかよ!」

「別に良いじゃない。ほらさっさと先進めなさいよ、ぎ、ちょ、う、さ、ん」

「……お前、絞めるぞ」

「デュラン、提案をしても良いだろうか」

「あ、あぁ。悪い。よし、ザイオン」

「オーサカジョー、と」

「オーサカジョー?」

「あぁ、あの城か」

「うむ」

 直ぐに反応したシキにザイオンは無表情に頷く。

 が、生憎他のメンバーには心当たりが無いらしく互いに顔を見合わせるばかりである。

「シキ、説明頼む。ショートカット二十秒バージョンで」

「分かった……オーサカジョーというのは軍事建造物の固有名称。建材は石および木材。出典は『名跡年鑑』。複合連結型構造を有していたがのちに戦火によって灰燼に帰したと伝えられていたはずだ」

「……燃えて壊れちゃってるんだね」

 ぽつりと呟くユーディス。

「……あまり縁起が良くありませんね」

「すまん……それは把握していなかった」

 同じようにぽつりと呟いたレメクにザイオンが恥じるように顔を赤らめ「今の提案は無かった事にしてくれ」と肩を落とした。その悄然たる様子に慰めるようにナタリアが背を撫でる。

「なかなか決まらないな」

「まぁ、いつもの事だけどな……そういうシキは何か考えてないのか?」

「……。家、とか」

「いや、さすがにそれは……」

 相変わらずシンプルそのもののシキの意見にデュランは苦笑いし、視線を隣のユーディスに移すがこれまた黙ったまま首を横に振ってシキの後ろに隠れてしまう。

 これもある意味いつもの光景だ。

 デュランは嘆息しつつ今まで沈黙を保っているレメクへ顔を向ける。

「……レメク、お前どうだ?」

「今回はあまり下調べの時間がありませんでしたからね。サグラダ・ファミリアというのも考えたのですが……」

「ですが?」

「未完のうちに地殻変動で崩壊したという結末を迎えていました」

「それも微妙だなぁ……」

「ですね」

 オーサカジョーと良い勝負である。

「そういう君は何か案は無いのですか?」

「よくぞ聞いてくれた」

 尋ねたレメクにニヤリと笑い、デュランは「俺はユルグシラドルってのが良いと思う」と告げる。

 それに一同が首を捻る。

「ユルグシラドル……?」

「やはり何かからの出典ですか?」

「シキ、聞いた事ある?」

「……いや」

 尋ねたアリスにこちらも聞き覚えが無いのか唇に手を添えて考え込むシキ。

「……シキも分からないって事はオリジナル?」

「い、いや……ちゃんと根拠がだな」

「じゃあ、シキが知らない原典からひっぱってきたとか?」

「シキが知らないなんて無いと思うけど……」

 控え目に、しかし目にかたくなな光を宿して呟いたユーディスに、デュランは「おっかしいな」と首筋を掻く。

「確かにあったんだけどな……」

「あぁ、分かった」

 そこへポン、と手を打ち鳴らしシキが顔を上げてにっこりと微笑む。

「『グリームニルの言葉』のユグドラシル(世界樹)の事ではないか?」

「ユグドラシル?」

「ユグドラシル……」

「ユルグシラドル……って、要は読み違い?」

 

 間。


「だっさ……」

「うるせぇ! ちょっと読み間違えただけだろ!」

「ユルグシラドル、ユルグシラドル、ユルグシラドルー」

「だぁっ! 連呼するな!」

「はーい、あたしユルグシラドルに一票」

「お前絶対それ悪意だろ!」

「面白そうだからぁー、ウチもそれにしますぅ」

「悪くないのではありませんか? 捻りがあって」

「いや、レメク……別に捻った訳じゃなくてな……」

「他に案も無いのだ。世界樹もどきなのだし……」

「いや、もどきって」

 続々と投じられる賛成票にデュランは最後の望みをかけてシキを見る。

 そうだ、シキならばきっと。

 そんな彼の視線を受け、シキは無邪気に微笑む。

「私も賛成で」

「シキがそう言うなら僕も……」

「はい、満場一致で決定!!」

「アリスてめぇ!」

「ふっふっふ……民主主義って素晴らしいわねぇ、デュラン」

 かくして、後に【レギオン】の最高傑作の一つとして数えられることになる【ユルグシラドル(世界樹)】はこの後文字通り世界を支える礎となるのだが、それはまた別の話である。

 


◆用語解説

・レギオン

第零世代の七名で構成された一集団。

メンバーはデュラン、ナタリア、シキ、ユーディス、アリス、ザイオン、レメク。


・名前決めようぜ大会

レギオンの誰かが何かを発案・開発するたびに開かれる恒例の大会。正式名称は命名会議だが、其々が好きな名前で呼んでいる。

議長は持ち回り制。投票制。

第一回の議題はチーム名。


・円卓

会議の事。

この時点ではまだテーブルも椅子も無いので円座で座っているだけ。

後にユルグシラドル内上階部に設けられた作戦会議所兼談話室の名称となる。


・ユルグシラドル

ナタリア考案、設計の建造物。

元々は「活動する時に、雨をしのげる屋根が欲しいよね」というだけの琴だった。



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