街へ行ってみよう!
最悪だ。
これまでの人生の中でトップクラスの目覚めの悪い朝だ。
「はぁ……」
多分、今の自分の顔はとてもげっそりとしているだろう。
そんな確信があった。
隣を歩く――というよりは、浮遊をしているミハエルは、そんな俺とは対照的に清々しいほどの笑みを浮かべていた。
「そんなに怒るなよ? 逆に考えるんだ、おれっちの顔が至近距離で見られたっていう、眼福な出来事だったって!」
「どこが眼福だ! 朝目が覚めたらおっさんの顔が至近距離にあるとか、目に毒以外の何物でも無いわ! てめぇは俺を殺す気か!」
突っ込む俺に、ミハエルは楽しそうに笑う。
そんな会話を繰り広げながら、俺はリリアが居ないことに気が付く。
外にでも出ているのだろうか?
ミハエルに付き合ってるの馬鹿馬鹿しいと思った俺は、そのまま外の方へ歩き出す。
「んー……良い天気だな」
今日は、清々しいまでの晴天だった。
外に出た俺は、少し肌寒い風を浴びながら体を伸ばす。
体は幸いな事に一日で治った。
前の世界での時から感じていたが、骨折とかの重症でない限り寝ていれば一日で治ってしまう。
丈夫な体に生んでくれてありがとうお母さん。
今私は異世界にいます。
そんな風に自分の身体を確認していると、少し遠くに人影が見える。
リリアだ。
そんな彼女は俺の存在に気がついたらしく、ささっと身を翻しながら微笑んだ。
うん、今日も可愛らしいね。素晴らしいことだ。
「あ、ユウさん。おはようございます」
「おう、おはよう」
そのまま姿勢を戻すリリアは、どうやら作業しているようだった。
何か悩んでいるのか「うーん」と小首を傾げながら考え事をしている。
「朝早いな。もう仕事をしているのか?」
「はい。ミッドレイの案内もありますし、本日分の仕事は早朝に全て片付けておこうと思いまして」
「おぉ、嬢ちゃんは相変わらず偉いねぇ。おいちゃんは、そんな健気な姿を見ているだけで、元気いっぱいになっちゃうよ」
リリアの言葉にミハエルは感涙の涙を流す。
ふつうにキモい。
「……今更だけど、幽霊なのに昼間にも出てくるんだな」
「昼夜逆転していた俺っちにとって、今が夜みたいなもんだからな! つまり今が、俺っちのとっての夜だ! つまり、幽霊にとって絶好の活動時間というわけだ!」
なんで自慢げなのか分からん馬鹿から視線を切り、せっせこと作業をするリリアに視線を向けた。
「今は何をしているんだ?」
「今はですね、どこに穴を作ろうか迷っているんです」
「へぇ、穴を……作る? 掘るじゃなくて?」
「まあ、見てれば分かるさ」
聞き返した俺の言葉に答えたのは、ドヤ顔のミハエル。
なんとも腹の立つドヤ顔である。
と、視界の先でリリアが、地面に向かって両手を向けた。
どうやら両手に魔力を込めているようで、後ろ姿からも集中しているのがよく分かる。
「――ここ掘れ、ワンワン」
リリアは小さく、でも確かにそう呟く。
一体どんなものが見られるのだろうか、そしてまさか今のが呪文なのだろうか――
「――ッ!?」
そう、思ったときだった。
ズンッッッ!
という空気の振動と一緒に、リリアの前に存在していた地面が綺麗な直方体の形に『消失』していた。
そう――『消失』である。
攻撃魔法で抉られたわけでも、地面を何かで掘ったわけでもない――文字通りの『消失』だった。
「……は?」
まるで、その空間自体を、高次元の化け物が『喰らった』ような、もとより最初からそこには地面なんて存在していなかったような――そんな異質のものだった。
土煙すら上がることはなく消え去った穴を見つめながら、俺はなんとか開きっぱなしになっていた口を閉じる。
「なん……え? 何が、一体何が起こったんだ……?」
こんな所業が人間に出来て良いものなのか……?
リリアやミハエルが言っていたことは本当だった……穴を『作る』っていうのは、何も間違っては居なかったのだ。
呆然とする俺に、その光景を見慣れているミハエルが、自慢げに笑いながら視線を向けてくる。
「なっ! スゲぇだろ!? こんなに綺麗に穴を作れるのは、大陸中を探しても嬢ちゃんくらいなもんだぜ!」
「そ、そんな……逆に、私にはこれくらいしか取り柄が無いので……」
「これくらいって……」
充分すぎるくらいの取り柄だと思いますが……?
驚きを隠しきれない俺に、なぜだかミハエルが得意げに胸を張った。死人の癖にいい胸筋してやがるな。
「嬢ちゃんの魔法は、物質とかそんなまどろっこしいもの関係無しに、さっきの呪文を唱えれば『その空間ごと、その世界から消し去ってしまえる』能力なんだぜ! こりゃ穴掘るのが仕事の墓守には、願ってもない魔法だよな!」
え、えぇ何それぇ……?
ミハエルの説明を聞いて「アハハ、そ、そうすっかぁ……」と、空笑いが俺の口から出た。
恐らくリリアに自覚はないだろうが、これは言うところの『概念系』の魔法だ。
しかもその『概念系』の魔法の中でもトップクラスの殺傷能力に加えて、防御不能とかいうメリット付きの代物だろう。
この世界の常識とか法則というものを理解していないだけになんとも言えないが、少なくとも俺が前にいた世界の住人にこんな芸当ができる奴は存在しない。
そんなことが出来てしまったら、お偉いさんからの魔の手が昼夜問わずやって来ることになるだろう。
曰く、この魔法はリリアの爺さんから『継承』された魔法とのこと。
この仕事以外に使ってはいけないよ――と、リリアの爺さんが死ぬ直前に託してくれたいわば遺品みたいなモノらしい。
もしかして、リリアの家系はとんでもない魔術師の家系なのかもしれないが――まあ、この世界に来たばかりの俺にはわかり得るものでもない。
「……一つ質問なんだが、いいか?」
「なんでしょう?」
小首を傾げるリリア。なんだか俺、こんなあどけない表情すら恐く見えてきちゃった……。
「もし――もしもの、仮定の話なんだが、その魔法を人間のいる場所に使った場合はどうなる? 人間だけは殺さない、みたいな感じになるのか?」
「そ、それは……」
俺の質問に、リリアは困惑の表情を覗かせる。
ミハエルが視界の端で「なんて恐ろしいことを考えるんだ、コイツ……ッ」と、まるで獣でも見る目で俺を見ていた。
と、すぐに申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません、まだ人に使ったことがないので、分かりません……」
「そうか……出来ることなら、一生使わない方でくれると助かるよ」
とは言ったモノの、俺の脳裏には一つの考えというか、そういった類いの閃きが浮かんだ。
もしかしたら、リリアの『魔法』を必要とすることがあるかもしれない。
と、そんな感じでワイワイ話しながら作業を進め、昼前に鳴る頃には俺たちはミッドレイに向かうことになるのだった。