ユメの中の夢
『お姉ちゃんは、なんで――になったの?』
見知らぬ男の子の声だった。
声のした方に目を向けると、その男の子はベッドから体を起こして、窓から入ってくる木漏れ日に目を細めている。
そんな中で不意に呟いた言葉が、それだったのだ。
しかし、一部分が靄が掛かったように聞き取れない。
何になったのか聞き返そうとするが、しかし――
『どうしたの急に?』
それに答えるようにアルトの声が、柔らかい笑みを混ぜる。
それが自分の声では無いと一瞬で理解することが出来た。
そこに俺の意思はなく、言葉を発することも出来ない。
誰かの夢を見ているのか。
少なくとも自分にはこんな記憶はなかった。
男の子は、小首を傾げながら自分……いや、お姉ちゃんと呼んだ者の方へ視線を向けた。
俺の視線は、その女と連動するようにその少年の無垢な瞳と絡む。
『急でもないよ? ずっと不思議に思ってたんだ。お姉ちゃんは何でも出来る。それこそ、冒険者さんとか騎士様とか……あと学者さんにだってなれたってみんな言ってる』
『それは――まあ、そうかもしれないけど……』
困惑する彼女の様子を察して、男の子は言葉を続けた。
『だから不思議なんだ。お姉ちゃんは何でも出来るのに、なんで――になったんだろって思ったんだ』
『不思議に、ね――確かに、何でだろうね』
彼女の苦笑いの混じった言葉に、少年は弱々しい表情を浮かべる。
『後悔、してない?』
『……してないよ』
手に持っていた本を閉じると、彼女は思案するように細く息を吐き出した。
そして結論に至ったように、男の子へ視線を向ける。
『後悔なんて全くしてない。だってそれは、私にしかできないことだったから』
『お姉ちゃんにしか出来ないこと?』
視線がうなずく。
『うん。人にはそれぞれ使命があって、私の役目はたまたま――だっただけなの。だから後悔なんてしてないし、する気もない』
言い終わって、自分が臭いセリフを言っていることを理解した彼女は、照れを隠すように咳払いをする。
『だからそんな顔しないの。私は君の側にいられて幸せだし、他の選択肢に今更したいとも考えてないわ』
彼女の言葉に、男の子は表情を輝かせる。
それはとても微笑ましい後継で、見ているだけの俺すら心温まる光景だった。
そんな、儚い夢。
『僕も、お姉ちゃんみたいな――になれるかな?』
『――っ』
問われた彼女は一瞬顔を歪めながらも、すぐに笑みを取り繕う。
「うん、きっとなれるよ――」
意識が浮上してくる。
「……んっ」
開け放たれた窓から入ってくる、冷たくも新鮮な空気。
まだ微睡みの中にいたいという気持ちを抑え込みながら、瞳を開けると――
「――ッッッ!?」
「おはよう! 良い朝だな、ユウ!」
と、俺の目の前にあったのは、むさ苦しいおっさんの顔だった。しかも至近距離で、キスできるくらいの距離で。
「ぎッ――」
「ぎっ?」
ミハエルは俺の言葉を繰り返す。
至近距離で、口と口が触れあうくらいの距離で、毛穴が見えるくらいの距離で。
状況を脳みそが理解していくにつれて、俺の背筋に冷たいものが走って行く。
「――ぎぃやああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?」
最悪の目覚めだった。