何かしらの陰謀が渦巻いているらしい……
そして、時は少し流れて、深夜。
「――それで、なんで女神様が俺の目の前にいるんだ?」
「お聞かせしておきたい情報と謝罪をしに来ました」
「情報と……謝罪?」
俺の最後の記憶では、リリアの家のソファーで寝ることが決定して、そのまま泥の中に沈むように眠った。
休むのも仕事だと、意識が完全に深層に落ちたところで、目の前にこの女神が現れたと言うわけだ。
それにしたって、目の前の女神はとんでもないことを口にしたような気がする。
謝罪って――
「――とうとう、俺を不当に扱っていることが上層部にバレて、待遇の改善とかをしてくれるようになったのか?」
「いえ……それに関して言えば、むしろ上の者たちは『あの人間は使えるじゃないか! もっとこき使ってやれ!』と言ってます」
「……聞いた俺が馬鹿だった」
クソ女神の言葉に、俺はがっくりと肩を落とした。
そんな俺に気を使った風もなく、女神は続ける。
「そんな事よりも――少し問題が起こっているのです」
「問題?」
俺の返答に、女神は頷いた。
「はい。本来であれば、ユウさんの転移を予定した場所は、ミッドレイの中心地――噴水広場だったんです。昼間は親子連れやカップルで賑わいを見せる、観光名所ですね」
「……あのさ、一つ質問をしてもいいか?」
女神は不思議そうな表情を浮かべながらも了承する。
「えぇ、どうぞ。なんでも聞いてください」
「前回も今回も、俺は全裸で転移させられてるんだけど、これって嫌がらせなのかな?」
「あぁ、それですか?」
女神は綺麗な笑みを浮かべる。
「嫌がらせじゃありません。街のど真ん中で全裸の男が右往左往してる姿って、なんだか可愛くないですか? 特にユウさんが裸で転移すると、視聴者の私からすれば、面白くてたまらないんです」
殴ろう。
俺は密かに心に誓った。
「お前の笑顔が悪魔の微笑みに見えてきたよ」
てへっ、と手で頭をコツンとする女神。
「小悪魔なので」
「お前は女神だろ」
俺は息を吐き出した。
「それで、俺の本来の転移先が街だったって言ってたけど……実際のところは、パラシュート無しのスカイダイビングだったぞ?」
危うく死ぬところだったし。
ってか、それなら手配ミスで俺は殺される寸前だったわけだし。
俺の若干怒り気味の声を気にした風もなく、女神は続ける。
「そう、そこなんです。完璧な私がミスをするはずが無いと思って、ユウさんの身に何が起こったのかを、先ほどまで調べていたんですよ」
「その自信はどこから出てくるんだ?」
「そしたら、一つ分かったことがあるんです」
俺のツッコミを無視して、女神は続けた。
そろそろ泣いていいか?
「私が本来想定してた座標にユウさんを転移させたその瞬間——ユウさんの転移座標が『何者かによって書き換えられていた』んです」
「書き換えていた? それに何者かって……?」
俺の質問に、女神はそれまで見せたことがないほどの、神妙な面持ちで頷いた。
その雰囲気の変化に、俺は一瞬気圧されてしまう。
「はい。これはあくまで可能性の話なのですが――今回の任務ではそちらの世界の住人から、何かしらの妨害を受ける可能背が浮上してきました」
「邪魔か……だから、情報と謝罪なのね」
自分のせいで、転移の位置がずれたわけでも、ましてやそれが上空になったりもしていないと。
そうした事を『人為的』に行った者がいるから、警戒をしておくように、っていうことらしい。
情報は、その存在について。
そして、謝罪とはその存在の妨害によって転移の座標をイジられてしまったことについて、だろう。
俺は短く息を吐き出した。
「ま、なんとかなるだろ」
楽観視する俺に、女神は表情を硬くする。
「どうであれ、私たちの『女神の秘技』に介入できる……言わば『神の領域』に土足で踏み込めるような人間ということです。これまでのユウさんの活躍から考えれば、問題は無いかもしれません。しかし、だからといって油断も許されません」
失敗すれば、俺もろともこの世界は消滅する。
言葉にこそしなかったが、女神の瞳はそう物語っていた。
ふざけた雰囲気のない彼女の言葉ほど重いものはない。
俺はいつの間にか浅くなっていた呼吸を元に戻すように、ゆっくりと息を吐き出す。
「神の領域においそれと踏み込めるようなヤツが現れたとなっちゃ、流石に俺も油断はしないさ」
「そうしてくださると助かります」
女神は笑みを浮かべた。
「ユウさんなら、この世界も救えると信じていますので」
「……お、おう」
では、と女神は頭を下げ、虚空へと消えていく。
いや、別に普段とのギャップにキュンとしたとか、そういうんじゃないからね!
俺だってあんな、腹黒クソ女神なんて、まっぴらごめんだ!
もっと素直で、清楚で、愛らしい女の子が良い……良いに決まってる!
「それにしても、だな」
開始早々、トラブルの連続だ。
装備無しでのスカイダイビング、神の領域に踏み込む者からの邪魔、筋肉芸術家の幽霊――と、戦闘がないのにこの濃さだ。
それに、前回の世界の冒険の最中にこうして女神が助言なり、介入なりをしてくることはなかった。
今日の『イレギュラー』は、俺が思っている以上に、ヤバイ状態なのかもしれない。
だとしても、冒険に危険や異常事態は常に発生し続ける。
それに柔軟に対応し続け、例え殺されそうな場面になったとしても、冷静沈着であり続けられた者が生き延びるのだ。
不幸や不平等な現実は、いついかなる状況でも自分の身に降りかかってくる。
問題は、それにどうやって対処するかだ。
「考えすぎるのもよくない、か」
俺はそのまま眠るため、意識を闇の中に沈めていった。