墓守の女の子と幽霊ってセットなの?
「うん、このスープめっちゃ美味い!」
「ありがとうございます……!」
出されたスープを口に運びながら、俺はリリアからこの辺りの街の情報や、都市の情勢などを大雑把に聞いた。
ってか、この豆のスープまじで美味いな!
なんというか、素材の味を生かした優しい味がする。胃と心が温まると表現しようか。
あのクソ女神のせいで荒んだ心に染みる……。
「へぇ……じゃあリリアは、ここで墓守をしているんだな」
「はい。祖父から引き継いだ仕事でして……」
伏し目がちに言うリリアに、俺はスープを流し込みがら相槌を打つ。
「ふーん。そりゃ、大変そうだな」
「いえ、大変ではありません。墓守の仕事は楽しくはありませんが、辛くもありませんので……」
「そうなのか?」
伏し目がちに言うリリア。何か事情でもあるのだろう。
まあ、人間生きてれば人に言いたくない事情の一つや二つできるってもんだ。
そんな空気を変えるように、リリアはハッと顔を上げて続けた。
「は、はい。幸いな事に話し相手もいますし、ユウさんが想像しているほど大変ではないんです。それに働きが認められれば、ミッドレイで修道女として働けるとも言っていただけましたし」
薄く笑みを浮かべるリリアは更に続けて、この辺りの地理や情勢を、知っている範囲で教えてくれた。
この辺りは、大陸最大の都市のミッドレイがあり、現在地はそこから少し離れた街外れとのこと。
今は冬の手前と言うことや、近辺の魔物――どうやらこの世界にも、魔物やら魔法やら、ダンジョンやらがは存在しているらしい――は、比較的大人しい部類であり、ここ数十年はずっと平和とのこと。
魔物を狩る、冒険者ギルドがあることなどなど、有益な情報をたくさん聞くことが出来た。
ちなみに、今はリリアのお祖父ちゃんが着ていたという、作業用のシャツとズボンを借りていた。
しっかりとした生地と造りの服で、それでいて動きやすさを重視しているよう。
このまま戦闘もこなせるくらいの耐久性もありそうだし、ありがたい限りだ。
「えっと、そろそろユウさんが何者かを教えていただいてもよろしいでしょうか? 空から降ってくるというのは、何か特殊な事情があるからだと思うのですが……」
「俺が何者か、ね」
リリアの質問に、俺はどうしたものか頭を巡らせる。
確かに、空から全裸の男が降ってきたというのは、我が事ながらとても信じられない光景であろう。
それに加えて、そいつはこの世界の事情に全く詳しくない。
不信感が募っていくのは当然と言えば当然だ。
せめて普通の登場だったら、遠くの島国から見聞を広めるために、ずっと旅をしているということで通せただろうが……うーん。
ここでありのまま、俺が今まで経験してきたことのあらましを説明するのも一つの手だろう。
元はこの世界の住人ではないこと、七日後にこの大陸へ巨大隕石が落下してくること、女神の存在やら、その辺りの諸事情――だが、話しても信じてもらえないだろうなと心の中で自虐的な笑みを浮かべる。
荒唐無稽なことだし、自分の世界が滅びると言われて、はいそうですかと二つ返事で信じてもらえるとも思えない。
長い旅をすることが前提の前回の冒険では、仲間からの信頼を勝ち取るために、俺の腹の内にある思いや過去を話もしたが、今はそんな時間も惜しい。
さて、どうしたものか……。
「あの、ユウさん、どうかされましたか?」
「あ、あぁ……別にどうもしてないさ」
と、言いながら思考を巡らせる。
だが、考えれば考えるほど、思考は袋小路に入り、今この場での正解をはじき出せなくなっていく。
「――おい……嬢ちゃん、この男は誰だ?」
と、そんな意識の隅っこで突如、聞き知れない男の声が聞こえる。
視線を上げると、そこには真っ白な布を頭から被り、目に当たる部分が上手いこと切り取られた――化け物がいた。
「――あ、ミハエルさん。こんばんは」
「あぁ、ご丁寧にどうも――って、そんな場合じゃなあああぁぁい!」
笑顔を浮かべるリリアに、白い化け物は、低温イケボで突っ込みを入れる。
この声は……そうだ、日曜洋画○場のナレーターとかできそうな勢いの、イケオジのボイスだ。
そんなイケオジボイスの化け物は、俺へ指を向ける――のはいいのだが、捲れた布の内側から筋骨隆々の腕とか、異様に鍛えられた胸筋とかが見えるんですけど……。
なんか、着ぐるみの内側を見てしまったような感じ。
大変気分が悪い。
「なんで男を連れ込んでいるんだ! お父さん、そんなことを許した覚えも、育てた覚えもありませんよ!?」
「それは……その、ユウさんは行き倒れていたので、聖職者の端くれとして助けるしかないと思いまして……」
「行き倒れていたとか、そんなの関係ありません! なんてはしたない! 夜に男を家に連れ込むなんて……破廉恥だ!」
「は、破廉恥なんですか……私?」
「えぇ、破廉恥だ! とてもエッチだぜ、お嬢ちゃん!」
まるで、夜中に帰ってきた娘を叱るお父さんのように、烈火のごとく怒りをぶつける、真っ白な化け物が、そこにはいた。
……え、なにコイツ?
「えっと、リリアさん? 俺置いてけぼりを食らってるんだけど?」
「坊主の話はから後で話を聞くからよぉ、ちぃっと待っといてくれや。それでも邪魔してくんならよぉ、殺しちゃうしかなくなっちゃうよ?」
俺が質問に、鋭い視線を向けてくる真っ白筋肉オバケ。
ドスの効いた声で言われ、俺は思わず姿勢を正してしまった。
こんな声でね、そんなことを言われるとさ……まるで某ヤクザゲームをやっている気分になっちゃうよ。
この化け物に聞いても無駄そうだな、と脳が判断して俺は諦めてリリアに視線を向けた。
「……リリア、この面白ピエロ筋肉オバケは何者なんだ?」
「あっ、えっと……こちらは幽霊にして、自称・稀代の天才芸術家のミハエルさんです」
なんでも、去年にここへふらっと現れてから、リリアに取り憑いた幽霊らしい。
生前は、この大陸で知らないものはいないくらいの超売れっ子の芸術家だったとのこと。
ミッドレイにも、ミハエルの作品を展示した美術館があるんだとか。
いや、それは分かったようで分からないんだけど――
「――つまり、どういうことだ?」
一つ一つの特徴が尖りすぎてて、よく分からんことになってる。
そんな俺の疑問の声に、ミハエルは不気味に笑った。
「お嬢ちゃんが言った通りさ。おれっちは一回死んで、でもまだこの世に未練があって成仏できずにいる、迷える天才芸術家! 愛と一瞬の芸術に全てを燃やした――そんな魂なわけだなだッ!」
そう言いながら真っ白筋肉オバケ改め、ミハエルは白い布を脱ぎ捨てながら名乗った。
そこにいたのは――不敵な笑みを浮かべる、四十くらいのイケオジだった。
上半身は裸で、鍛え抜かれた鋼の肉体を持つミハエルは、俺の反応を伺うように、筋肉をピクピクさせている。
うわ、暑苦しぃ……。
それにこいつの情緒はどうなってるんだ?
もうどこから突っ込めばいいか分からなくなった俺は、肩で大きく息を吐き出した。
「そうか……まあ、それはどうでもいいんだけど」
「どうでもいいのか!? おれっちの最上級のアイデンティティを目の前にして、そんな淡泊は反応は無いんじゃないの!? ほらあるじゃん、ツッコミどころが渋滞起こすくらい、たくさんあるじゃん!!?」
淡泊って言われても、前の世界で魂魄系とか幽霊系の魔物とか遭遇したことあるし……驚けって言われても無理というか、なんというか。
まあ、こんなにキモくて変なのは初めて会うけど。
なんとなく事情は察したし、ただの変なおっさんだと言うことが分かれば、もう問題は無い。
これ以上時間は無駄に出来ないし、するつもりもないから。
それにしても――
「――無駄にテンション高いな、お前」
「ちっちっちっ、それは違うな坊主。おれっちはテンションが高いんじゃなくて、常に、ウザいくらいハイテンションなだけだ!」
指を左右に振りながら、決めセリフのように言うミハエル。
正直結構ウザい仕草だ。霊体でなければ殴っているだろう。
……っていうか、本当に幽霊なのか?
なんか、幽霊にしては無駄に人格が残っているって言うか、人間の部分が残りすぎてる気がする。
俺の知っている幽霊系の奴らって、人間と話すことはおろか、感情の起伏とかも存在しない――ただ、そこに『存在しているだけ』の存在だった。
まあ、そうだとしても幽霊であれば確かめる方法はいくらでもある。
例えば――殴るとか。
「ほっ」
「ぃった――くなぁい!」
本当に幽霊かどうかは、触ればわかる。
それは、三年間の異世界生活で学んだ教訓だ。
俺の放った拳での一撃――多分、普通の人が真正面から受ければ気絶をするくらいの威力はある――は、ミハエルの眉間を、風切り音だけ響かせてすり抜ける。
触れない。
っていうことは、本当に幽霊なんだ。
「って、急に何するんだよ! おれっちが幽霊じゃなかったら、反応出来ずに気絶してたぞ!?」
「幽霊かどうかを確かめたかっただけだよ。あとはお前がウザかったから、当たれば憂さ晴らしになるかなって」
「もーやだ! この人恐いよ嬢ちゃん! 助けて、アタシあの人にむちゃくちゃにされて殺されちゃうわ! やだ、もーやだ!」
そう言いながら、リリアの背後へと隠れるミハエル。
いや、隠れるのはいいんだけど……さりげなくリリアの胸の方に手を持って行こうとするのは止めた方がいいと思うんですよ、変態幽霊さん。
俺は息を吐き出して、苦笑いを浮かべるリリアに視線を投げた。
「それで、何の話してたんだっけ?」
「あっ! おれっちの渾身のオカマギャグを無視しやがったな!」
「無視をしたんじゃない。反応するに値しなかっただけだ」
「あー、もう怒ったもんね、完全にプッチーンって脳みそが言いましたよ、言っちゃったよ? プッチーンって言う脳みそ、無いんだけどね!」
言いながら、一人で笑い出すミハエル。
大丈夫か……コイツ?
「ミハエルさんのことは放っておいても問題ありません。いつもあんな調子で、一人でギャグを言って、一人で笑ってらっしゃるので」
そ、そうなんだ……。
それは何というか、気の毒というか、かわいそうになってくるから、相手になってあげようかなって思ってしまう。
しかも、さっきのギャグ、某海賊マンガの骨の船員が使うギャグみたいだったし。
死人のギャグは万国はおろか、万異世界共通のものなのかもしれない。
「――それで、俺の話だったよな?」
俺は思考を未だに自分のギャグで笑っている可哀想な幽霊から切り離し、それまでの流れに戻した。
頭のおかしなヤツは放っておくに限る。
相手してもしょうがない。
俺の言葉に、リリアは頷く。
「はい。何者かを聞こうとしたところで、ミハエルさんが乱入してきました」
「そうだった。んで、どう説明したかなんだけど……」
「それについてなんだが、ちょいとお前さんに聞きたいことがある」
と、俺がどう説明したもんか考え始めた時に、真剣な表情をしたミハエルが割って入ってくる。
「聞きたいこと?」
先ほどまでのふざけた雰囲気から一転、張り詰めた糸のような鋭敏さが、ミハエルからは感じ取れた。
聞き返した俺にもただ頷いただけなのが、彼の真剣さを物語っている。
「別に大した質問じゃないんだがな……」
俺とリリアの視線がミハエルに注がれる。
もったいぶるように息を吐き出し、ミハエルは俺に視線を向けた。
「………………………………………………」
「………………………………………………」
「………………………………………………」
いやね、多少もったいぶるのはいいんだけど、それにしても無駄にその間が長い。
リリアなんて呼吸忘れて、顔がぷるぷるしている。
いや、可愛いなおい。
早く話してくれないかな?
そんな俺の思いが通じたのか、ミハエルの唇が動く。
「――お前さん、一体何者だ?」