少女は一人空を見つめていた
季節は、冬の三歩ほど手前。
それまでの収穫時の時期から一転、住民はこれから来るであろう冬に備えて、食べ物やら薪やらを家に貯め込む時期だ。
比較的温暖な気候である、情報と人材と資源が一カ所に集まる都市・ミッドレイであったとしても、冬の厳しさというのは平等に訪れるのだ。
まだ降雪の時期ではないが、北風は日に日に冷たさを増していた。身に纏う外套越しに、その冷たさは肌で感じることが出来る。
「……はぁ」
少女——リリアは、そんなミッドレイから少し外れた場所にいた。
いつも場所で、いつも通りの習慣。
フードの奥の瞳は紅。髪は初雪を思わせるような白銀。
黒のフードとは対照的な真っ白な肌は、その背格好と合わさって、退廃的な雰囲気を併せ持っていた。
スレンダーな体躯に、少し低い背丈と合わさり、実年齢の十六よりも若く見える。
今にも風に吹かれて消え去ってしまいそうな、そんな雰囲気の少女だった。
かじかんだ指を、自分の吐いた息で暖めながら今日のするべき事を頭の中で反芻する。
といっても、複雑な工程や、難解なことをするわけではないので、これもまた一つのルーティーンみたいなものだ。
いつか、祖父が言っていた言葉を思い出す。
『お前は、もっと幸せを望みなさい。普通を望みなさい――』
自分に……こんな薄汚れた、しがない『墓守』に何を望めと。
祖父のその言葉は絡みついた薔薇の棘のように、少女の心を静かに蝕んでいた。
『――お前は、幸せになる権利があるのだ。好んで自ら、孤独の道を歩む必要なんて、ないんだから』
孤独。
そして、幸福とは少女にとって罪と罰みたいなものだ。
そうあるように、きっと神に宿命づけられたのだろう。
「幸せ、か」
なぜか、その言葉を口にすると、急に空しくなってくる。
冬に暖を求めるような、春に雪を望むような、悪漢の善意に縋るような、聖職者に背信を求めるような。
そんな、無い物ねだりのようであったから。
自分は、きっとこうやって『無い物』を望んで、死んでいく。
普通なんて、普通に生きてきた人にしかわからない。
普通でない人が駄目みたいな風潮が、一番嫌いだった。
どこに行っても、どこに居ても居場所なんてない自分には、きっと一生掛かっても理解なんて出来ない概念なのかもしれない。
「……仕事しなきゃ」
無駄なことを考えすぎた。
季節の変わり目は、無駄なことを考えがちになってしまうから嫌いだった。
視線を、自分の前に広がる『仕事場』へ少女は視線をゆっくりと持ち上げた。
目の前にあるのは、荒れた大地と墓石――そして、まだ何も入っていない人間サイズの穴が数個に空いている。
自分の足下には、今朝運ばれてきたのであろう、真っ白の布に包まれた人間サイズのものが三つ置かれていた。三つは同様に、少し腐った臭いを充満させている。
土に混じった、腐臭。
そして時刻は、太陽が地平に沈む一国ほど前。仕事の時間だ。
冬は、太陽の沈む速度の関係でどうしても時間に余裕がなくなってしまう。
太陽が沈み切る前に仕事を終わらせなければならないため、ちんたらと仕事をしていたら夕食にありつく前に自分が『夕食』にされてしまう。
早速仕事に――
「――ぁぁぁぁぁああああああああああああっっっ!?」
そう思っていた少女の視界の先で、何かが落ちてき――いや、落ちた。
――ドオオオォォォン。
と、まるで何かが爆発したような衝撃が目の前で起こる。
派手な音と絶叫を上げながら、どうやら誰かが空から落ちてきたようだ……しかも、もの凄い速度で。
「……え?」
自分の目の前で起こったことを冷静に分析して、少女はようやく目の前で起こっていることを認識できた。
恐る恐る、落ちた場所に少女は近づく。
すぐに逃げ出したい気持ちもあったが、声からして人間となれば、何がどうなってるのかくらいは知る権利があるだろう。
空から落ちてきた人は、どうやら自分が『掘った穴』に落下したようだった。
いや、掘ったにしては綺麗な長方形に『えぐり取られた』ような穴だったが――それが少女の特技みたいなモノだった。
と、そんな事より――少女は、逸る鼓動を押さえつけながら、人が落下してきた穴をのぞき込んだ。
昨日降っていた雨の影響で柔らかい土になっているとはいえ、あんなにすさまじい衝撃と供に落ちてきたのだ。
今も土煙を巻き上げているから判然としないが、もしかしたら死んでしまっているかもしれない。
いや、死んでいなければ不自然だ。
それくらいの衝撃だった。
そうなれば、自分の仕事が増えるだけか。
別段増えたところで、三つが四つになるだけだから、特に問題は無いが。
土煙が晴れると――そこには、大の字で寝そべる男がいた。
「――っはぁ!? い、生きてる……のか、俺……?」
どうやら落ちてきた人は、自分をまだ認識していないようだ。
意を決して、少女は落ちてきた人間に声を掛ける。
「あ、あの……だ、大丈夫ですか?」
「……だいじょ――ばないか、な……ガクッ」
心配をする少女とは裏腹に、その人間――なぜ冬を目前にして全裸なの男――は、落下の衝撃で気絶をしてしまう。
「え――えっと、どういうこと……?」
つぶやく少女、気絶する男。
それは、孤独の氷を溶かす出会い。
少女の止まっていた運命は静か回り、絡まり、そして確かに動き出した。