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20/21

鏡華

 あの後、森を後にした俺たちは、ミッドレイのギルドへ足早に戻った。

 依頼の達成と、報酬を受け取るためだ。


 俺たちの報告を受け、安堵したように胸をなで下ろすギルドの職員や、俺たちの帰りを待っていた冒険者の狂喜乱舞。

 同時に、ギルドから派遣されていた職員も帰還し、俺たちが依頼を達成したことをしっかりと証明してくれた。


 その後、祝賀会と称して打ち上げを始める冒険者を尻目に、王冠を被ったおっさんが描かれた金貨を受け取る。

 ちゃっかり無精卵をリリアが持って帰って来るというファインプレーもあって、倍額の報酬ももらう事ができた。


 そのまま俺たちは、そのままリリアの家に帰宅。

 宴を開こうとするミハエルを無視して、俺とリリアは眠りについた。


 そして、翌日。


 リリアは日課にもなりつつある墓守の仕事の手伝いを終え、俺たちは再びミッドレイに来ていた。


 昨日と何一つ変わらない喧噪――


「――ここか」


「そうですね。ギルドの方から頂いた地図によれば、この建物で間違いは無い筈なんですが……」


「あー、なんて言うか……その、アレだな?」


 半信半疑、という風のリリアの言葉。

 まあ、そうなってしまうのも仕方ないといえる建物が、俺たちの目の前に建っていた。


 オンボロ。


 この一言で全てが表せてしまうくらいに、古びた木造建築物だった。

 周りの建物は石造りというのが拍車を掛けている。


 浮いているというよりも、その建物だけ風景から切り離されているようだった。


 この世界の文字で書かれた看板は、ところどころハゲて文字が見えなくなっているし、扉も金属部分の錆や長年の雨風による風化が激しいように見える。


「……とりあえず入ってみるか」


 立ち止まっては何も始まらないと、踏み出した俺に二人も続く。


「こ、こんにちわー……」


 扉を開けると、錆びたもの同士が擦れる甲高い音と一緒に扉に付けられた鈴が軽やかな音を奏でた。


 中は、意外と整理されていた。

 しかし、それも意外との範囲の中であり、視界に入りきらないくらいの武器が至る所に飾られ、立てかけられている。


「いらっしゃい。お客なんて珍しいね、買い物かい?」


 その音に呼応するように、店の奥から男の声が聞こえた。

 見ると、カウンターに足を乗せて胸元に本を置いていたた中年の男が、ニヤリと笑みを浮かべているのが見える。


 短く刈り揃えられた髪は金髪、瞳は碧眼。

 分厚い革製の作業服を着崩し、タンクトップから見える体はがっしりと引き締まっていた。


 紫煙を吐き出す男に、俺は歩み寄る。


「ここは武器屋で間違いないっすか?」


「おうともさ。看板はハゲてるし、建物はオンボロ極まりないが、商品は一流のものしか取り揃えない、歴とした鍛冶屋兼武器屋・ヴェイルって言ったら、この辺りじゃマイナーな名さ」


「マイナーなんすね……」


 突っ込みつつも俺は、その言葉に安堵の笑みを浮べる。

 古い建物過ぎて、もしかして場所を間違えたんじゃないかとか、すでに潰れているんじゃないかとか、色々な可能性が脳裏を過ったが、どうやら問題ないようだ。


「よかったですね、ユウさん」


「あぁ、そうだな」


 声を潜めながら言うリリアに、俺も頷く。


 そう、俺たち――って言うよりも、俺は新しい武器を買いに来ていた。

 依頼達成の報酬を受け取った俺は、ミッドレイで武器を買うならどこで買うべきかを聞き、ここまでの道のりを記して地図をもらった。


 昨日のドゥクライ戦で痛感したことだが、これからどんなことが起こるか分からない以上、自分に適した武器を手に入れておくことに越したことはない。


 それに、あの群青の少女のこともだ――もし、今貸し出されている武器で闘うことになった場合、善戦することは出来たとしても確実に勝つことは難しい。

 彼女は大人しく見ていろと言っていたが、そんなことをしようものなら、あのクソ女神が黙っていないだろう。


 俺は確実に魂を消されるだろうし、それだけはご免だ。

 あの子には悪いが、俺は諦めるわけにはいかない。


 それに、世界が滅ぶと言われて何もしないでただ指を咥えて見ていろなんて、男が廃るってもんよ。

 例え愛着や郷愁なんて無い世界だったとしても、それが滅ぶ運命を見過ごす理由にはならない。


「それで、どんな武器をお求めだい?」


「えっと――」


 俺は、希望する武器の特徴をヴェイルさんに手早く伝えた。

 なるべく軽く、扱いやすく、ギルドから支給されたオンボロの剣以上のものであれば文句は無い。


 そんな俺の要望を聞いたヴェイルさんは、ゆっくり煙を吐き出して立ち上がった。


「あぁ――それなら、この剣とかどうかな? 軽くて切れ味抜群で、折れやすいことが特徴だ。ちと癖が強いが、扱うことが出来たならどんな名剣にだって引けを取らない一振りになる」


 ニタリとした笑みを浮かべて、自身の背後の壁に掛けてある剣を手に取って俺に渡す。

 それは試されているようで、彼から『この剣を扱うことが出来るかな?』と、挑発されているようだった。


 その挑戦受けて立つように、剣を手に取った俺は――


「――軽い」


 その剣の軽さに、思わず言葉を漏らす。


「軽さは普通の刀剣の半分以下。柄に使われている材木も、超稀少な木材の『雲木うんぼく』ってのを使ってるからな。普通の重さに慣れてるヤツだったら、軽すぎて扱うことすら出来ないさ」


 刀身を感じさせないくらいの軽さだった。

 いや、感じさせないと言うよりは、本当に刀身が無いみたいだ。


 それほどまでに、異常な軽さだった。


「その剣の銘は『鏡華』って言ってね。俺の爺さんが打った、爺さんの作品史上一番軽く、一番斬れて、一番折れやすい剣さ」


「鏡華……」


 ヴェイルさんは視線だけで剣を抜くように言う。

 俺はそれに従うように、柄を握り込み――再び息を飲んだ。


 胸の中に沸き起こるのは懐かしさ。

 それまるで愛剣を彷彿とさせるような、手に吸い込まれるような感覚。

 

 長年使い込んだような、違和感の無い感触だった。


 柄を引き、刀身を露出させる。

「わぁ……」

「おぉ、すげぇなぁ……」


 刀身を見たリリアとミハエルは、同時に感嘆の声を漏らした。


 屋内のわずかな光を反射させ、まるで鏡面のように曇り一つ無い刀身を露出させた剣に、俺も思わず呼吸を忘れて見入った。


 まるで水晶をそのまま県の形に削りだしたような、淡い乳白色の刀身。

 差し込んでくる陽の光を反射させる透き通った剣は、武器というよりも宝飾品のような雰囲気をまとっていた。


 触れれば砕けてしまいそうな、そんな繊細さを感じさせる。

 それでいて内に隠した狂気的なまでに鋭い棘。


 軽く、斬れて、折れやすいと言うのは、この刀身の薄さを見れば一目瞭然だった。


「振ってみるか?」


「いいんすか?」


「いいも何も、振ってみなきゃ武器との相性なんて分からないだろう? それに、後から文句を言われてもうちは返金対応とかしてないからさ」


 そう言われ、俺たちは店のすぐ目の前にある空き地へと向かった。

 それほど広区はないが。剣を試しに振るには全く問題ない広さがある。


 ヴェイルは、その空き地の端に於いてあった木製の丸太を、アキチンの中央に立てると、視線を俺の方へと向ける。


「ほれ、振ってみろ」


 俺は言われるがまま剣を構える。

 呼吸を整え、左足を半歩後ろへと退き、膝を軽く曲げた。

 三歩分の間合いの先にある標的へ、静かに狙いを定める。


 慣れ親しんだ水平の斬撃――


「――ッ」


 一歩、踏み込んだ瞬間に右手を振る。

 甲高い風切り音と、腕が巻き込んだ風の音が混ざった歪な重音が鳴った。


 剣先は、一瞬にして標的である丸太へと迫る。


「ッ!?」


 俺は、想定していた衝撃が来ないことに、思わず驚きの息を漏らした。

 本来であれば、どんなに切れ味の良い剣だとしても、斬り合った瞬間に発生する反作用が、右手を震えさせるはずだった。


 しかし、それがない。

 腕に残るのは、空振りをしたような感覚。


「――凄いな、想像以上だ」


 丸太は、綺麗に両断されていた。

 切り飛ばされた上の丸太が、地面に落ちたと同時に、ヴェイルは手を叩きながら俺の方へ歩いてくる。


「……ヴェイルさん、この剣」


「これまで、その剣を振ってきて丸太を斬れたのは何人かいるが……剣を折るどこか、刃毀れを全くさせずに切り飛ばしたのは、お前さんが初めてだ」


「剣が……折れる?」


 俺の返答に、ヴェイルは笑みを浮かべる。


「あぁ。爺さん曰く、下手くそが使うと、刃毀れする前に折れるようにしてあるらしい」


「……なんとも、剣士泣かせな」


 ヴェイルさんの言葉に、俺は苦笑いを浮かべる。

 俺の手の中に握られる剣に視線を落としながら、一つ疑問が浮かんだ。


「もし折れてたらどしたんです? もしかしたら、俺がその下手くそで、剣を真っ二つに折ってた可能性だってあるじゃないですか」


 俺の質問に、ヴェイルは咥えていた煙草を、口元から離しながら笑う。


「あぁ、それなら別にその心配はしてなかったさ。長年、武器を扱う奴らの立ち居振る舞いを見ていれば、ある程度の実力とかは分かるものなのさ」


「そうなんすか?」


 俺の質問にヴェイルさんは快活そうに笑う。


「ははっ、まぁたまに外れるがな。それが言えばお前さんは、そこいらの奴らとは比べものにならない修羅場を潜り抜けてきたって顔してる。俺がそいつを握らせたのは、お前さんで四人目さ。お前さん以外の三人は、もれなくその剣を見事に折ってくれたがな」


 笑いながら煙を吐き出して、ヴェイルさんは言った。

 続けて、折っても簡単に直せるように爺さんはしてたがと笑みを深める。


 俺がヴェイルさんに見せたのは、剣を握る前までに見せた情報だけで、そこまで分かってしまったのか。

 凄まじい観察眼だ……たまに外れるらしいけど。


 それにしてもこの剣は凄まじい切れ味だった。


 それこそ、切れ味だけで言うなら他の追随を許さないくらいの業物だろう。

 俺も冒険者の端くれとして様々な武器を見たり触れたりしてきたけど、これほどの切れ味の剣は振ったことがない。


 俺の心は決まっていたが、問題が一つある。

 これだけの業物――それに加えて、お爺さんの形見のような品が、安くないわけがなかった。

 もしかしたら、売ってすらもらえないかも知れない。


「お代は――」


 俺がそこまで言いかけて、ヴェイルさんは俺の言葉を手で塞いだ。


「いらないさ。爺さんには、その剣をキチンと扱える猛者が現れたら、その時は後腐れ無く譲ってやってくれ、って言われてるんだ」


「そ、それは……本当に良いんですか?」


「あぁ、俺が打った剣じゃないしな。店で飾られてるよりも、誰かの役に立てる方が剣も喜ぶってもんだ」


 そう言うヴェイルさんの男気に惚れた俺は、整備用の道具と防具を一式購入したのだった。


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